なぜ、権力に抗え抗えないのか?独裁政権に仕えた家族との体験から考える
1990年生まれ、インドネシア・スラウェシテンガ州出身のマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作「沈黙の自叙伝」は、自国の近現代史を寓話的に描き出した一作だ。
そう書くと、インドネシアの歴史という受け止めで、興味が遠のいてしまうかもしれない。
でも、本作が映し出す世界は、ここ日本にも着実につながっている。むしろ既視感を覚えるかもしれない。
とある農村に絶対的権力者として君臨する将軍の男と、親の代から彼に仕える青年の奇妙な関係からは、「権力」「支配」「忖度」といったことがいかにして生まれ、人の心にどのような影響を及ぼすのかが、静かに浮かび上がる。
世界でも大きな反響を呼んだ本作を通して、なにを伝えようとしたのか?ムバラク監督に訊く。全五回。
インドネシアの経済発展、
確かに当たってはいるけれども、必ずしも当たってはいない
前回(第四回はこちら)、自国での反応などについて訊いた。
では、インドネシアというとここ数年で経済が発展。国がどんどん豊かになっているイメージがある。
ただ、本作をみると、そのようなことを感じる場面がほぼない。
そのあたりはなにか考えたことがあったのだろうか?
「確かにインドネシアはマクロで見ればGDPが着実に成長しています。世界の要人を集めてのG20も開催されました。
いろいろな意味で世界からいま注目を集めている国といっていいかもしれません。
ただ、経済発展に関していうと、確かに当たってはいるけれども、必ずしも当たってはいないといいますか。
発展しているのは、ほぼ都市部や大きな工場のあるエリアに限られている。
そのほかの多くの地方は、決して豊かになっていない。
都市部と地方では、そうとうな格差があります。
たとえば、本作の中でも描いていますけど、ラキブの兄はシンガポールに出稼ぎにいっている。
プルナに阻止されてしまいますけど、ラキブも出稼ぎに行こうとする。
それはなぜかというと、地方では働き口がないんです。
仕事がないから、結局、海外に流れていくんです。
実際、インドネシアからすごく多くの人たちが、たとえば香港や台湾、中東といった国に出稼ぎに行っています。ご存知かもしれませんが、日本も出稼ぎ先に入っています。
ですから、今現在のインドネシアの経済が発展してるっていうのは確かです。でも、都市部に限定したことであって、地方の視点でみると必ずしも発展しているとは言い難いというのが正しいところではないかと。
経済発展を国民全体が享受できているとは言えないのではないかと思います」
主人公ラキブに託したこと
では、最後になるが、物語はラキブの視点で描かれていく。
その中で、彼は権力をもつプルナの良い面も悪い面も目にすることになり、そのときどきで大きく感情が揺らいでいくことになる。
このラキブに託したことはあったのだろうか?
「はたからみると、ラキブはプルナとだんだんと対峙していくように見えるかもしれない。
それは確かなんですが、実のところ、ラキブの反発はプルナの権力に対してではないんです。
ラキブがプルナと対峙するきっかけになるのは、アグスにほかならない。
アグスは権力を振りかざすプルナにノーをつきつける。
そのことを知ったプルナはアグスに暴力という制裁を下す。それをラキブは見てしまう。
そこでラキブは、何も考えずにプルナに言われるまま、アグスを探し出してしまって、このようなひどい事態にまきこんでしまったことを後悔する。自分の浅はかさを恥じる。
そこからラキブは変わっていく。人と人は対等であるべきということに気づく。そのことをラキブを通して、描きたい気持ちがありました」
(本編インタビュー終了)
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第一回はこちら】
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第二回はこちら】
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第三回はこちら】
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第四回はこちら】
「沈黙の自叙伝」
監督:マクバル・ムバラク
出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラほか
公式サイト https://jijoden-film.com/
全国順次公開中
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