独裁政権に仕えた家族との経験から権力への忖度を問う。母国での意外な反応とは?
1990年生まれ、インドネシア・スラウェシテンガ州出身のマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作「沈黙の自叙伝」は、自国の近現代史を寓話的に描き出した一作だ。
そう書くと、インドネシアの歴史と受け止めて、興味が遠のいてしまうかもしれない。
でも、本作が映し出す世界は、ここ日本にも着実につながっている。むしろ既視感を覚えるかもしれない。
とある農村に絶対的権力者として君臨する将軍の男と、親の代から彼に仕える青年の奇妙な関係からは、「権力」「支配」「忖度」といったことがいかにして生まれ、人の心にどのような影響を及ぼすのかが、静かに浮かび上がる。
世界でも大きな反響を呼んだ本作を通して、なにを伝えようとしたのか?ムバラク監督に訊く。全五回。
インドネシアでは『怖い』といった感想を抱く人が多かったです
前回(第三回はこちら)、タイトルを「自叙伝」とした理由を明かしたムバラク監督。
自国を痛烈に皮肉ったとも言える内容だが、インドネシアで本作は上映されたのだろうか?
「はい。すでにインドネシアでは公開されています。
加えると、今年の1月中旬から、Amazonプライム・ビデオで東南アジアエリアであれば視聴できるようになりました。
いただいた感想はいろいろとありますけど、印象的なところですと、たとえばあるインドネシアの方はこう感想を伝えてくれました。『ゴーストは出てこないけれども、ホラー映画みたいに怖い』と。
どういうことかというと、将軍のプルナがある意味、ゴーストよりも怖い存在で。
身の危険を感じてずっとその恐怖におびえながらみていたといった感想を述べる方がいらっしゃいました。
それから、これまででお話ししたように、今回の作品の根底に流れるテーマというのは、インドネシアはすでに独裁国家体制は崩壊した。けれども、いまだにその影響が色濃く残っていて、どこか人々の中に強いもの、権力を握る者になびいてしまって、いまだに権力側に忖度してしまっている。実は、権力サイドにうまくコントロールされて、独裁政権時代とかわらず権力サイドに統治されていないか、という問いがあります。
わたしたちはまだ独裁者の影響のもとにいて、いまだ統治されているのではないか。その問いを投げかけたかった。
このテーマというのは、おそらくインドネシアの人々にとって特別でも珍しいものでもなく、ありふれたことというか。
普段の生活でうすうす感じていることだと思います。
でも、そのことについて改めてテーマに持ち上げて、明らかにしようとするような映画はこれまでなかった。
プルナのような存在を真正面から取り上げて、描いている作品もほとんどない。
でも、実際に、自分の周りにプルナのような存在がいる市民は大勢いる。プルナのような存在に、日々で脅威を感じながら生きている人がいっぱいいる。
だから、彼らからするとものすごく身近な恐怖に感じられる。
おそらく日本をはじめ諸外国だと、自分の国と照らし合わせて、権力者の横暴を許してはいけないとか、プルナのような存在とどう対峙するべきなのかとか、そういった社会問題としてとらえた感想が多くなると思うんです。
でも、インドネシアでは『怖い』とか『ただただ緊張した』といった感想を抱く人が多かったですね」
2017年という少し前の設定にした理由
ひとつ気になることとして時代設定を少し前の2017年としている。これには何か理由があるのだろうか?
「2017年にこだわったというわけではないです。
ただ、インドネシアは1998年までスハルトの独裁体制が続いた。その独裁が崩れて今日に至っている。
つまり独裁体制が終わってから20年以上経つわけですが、いまだにその影響が色濃く残っている。
独裁体制の影響を引きずっている。そのことをどうなのか問いたかった。
そう考えたとき、たとえば直近の2022年と設定して、独裁体制が終了して20年以上たった現在もかわっていないのではないかと問うのではなく、ワンクッション置きたいというか。
現在より少し前の今回の2017年という設定にすることでひとつ段階を踏んで考えてほしかった。
独裁体制が終了して、物語の中の2017年でも実は社会はかわっていなかった。で現在と照らし合わせてみると、6年前とほとんどかわっていない。独裁体制の影響がいまだに続いている。そのようにもうひとつ段階を踏んで、この状況を考えてほしかったんです。
ということで、脚本を書き始めたのが2017年だったので、その年の設定にしました」
(※第五回に続く)
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第一回はこちら】
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第二回はこちら】
【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第三回はこちら】
「沈黙の自叙伝」
監督:マクバル・ムバラク
出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラほか
公式サイト https://jijoden-film.com/
全国順次公開中
写真はすべて(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film,Cinematografica, NiKo Film