独裁政権下、国家に仕えた家族のもとに生まれて。権力者と支配される側の忖度について考える
1990年生まれ、インドネシア・スラウェシテンガ州出身のマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作「沈黙の自叙伝」は、自国の近現代史を寓話的に描き出した一作だ。
そう書くと、インドネシアの歴史という受け止めで、興味が遠のいてしまうかもしれない。
でも、本作が映し出す世界は、ここ日本にも着実につながっている。むしろ既視感を覚えるかもしれない。
とある農村に絶対的権力者として君臨する将軍の男と、親の代から彼に仕える青年の奇妙な関係からは、「権力」「支配」「忖度」といったことがいかにして生まれ、人の心にどのような影響を及ぼすのかが、静かに浮かび上がる。
世界でも大きな反響を呼んだ本作を通して、なにを伝えようとしたのか?ムバラク監督に訊く。全五回。
独裁政権下で公務員として働いていた家族のもとで育って
はじめに本作の出発点は、自身の家族にあったとのこと。ムバラク監督はまず自身の置かれた家庭環境についてこう振り返る。
「わたしの父は1960年代半ばから、1990年代後半までの約30年間もの間、インドネシアの独裁政権下で公務員として働いていました。
さらに言うと、父だけではなく、叔父や叔母も公務員です。つまり身内のほとんどが政府のために働いていました。
ですから、幼いころからわたしは父をはじめ親戚が国家に忠誠を誓う姿を目にしてきました。
それが当たり前の環境で育ってきました。
その姿を見て『国に忠誠を尽くすことが人を立派にすること』と教えられました。
それはとても正しいことであると、何の疑いもなく思っていました」
自身の家庭環境に疑問を抱き、「権力」について考えるように
ただ、10代に入って独裁政権が終わり、そこから考えが少しづつ変わっていくことになる。
「いま話した環境で育ってきましたから、国家の支配的な価値観が、わたしたち家族の支配的な価値観にもなっていることに気づかなかったし、ある意味、それがふつうだと思っていました。
でも、社会が変わりはじめて、自身もティーンエイジャーという多感な年ごろに入ると、いろいろな情報にふれて、物事のことを知る。
すると、いろいろと疑問がわいてくるわけです。
中でも、わたしは『権力』の存在に疑問を持つようになり考えるようになりました。
そのことがなぜ自分の中でひっかかるようになったのか、大きなきっかけはありません。
ただ、小さなことが積み重なって疑問に抱くようになりました。
たとえば、こんなことがありました。
あるとき、わたしはモスクにお祈りに行きました。
モスクに入るときは当然履いていたサンダルを脱ぎます。
モスクに入ってお祈りが終わり帰ろうとしたら、自分のサンダルがなくなっていました。つまり誰かが履いていってしまった。
そのことを父に話したら、『高いサンダルなのになくすとはなんだ』『ちゃんとなくさないように管理しておかないとダメだろう』とすごく怒られたんです。
わたし自身がなくしてしまったり、壊してしまったりしたならば、怒られても仕方ないと思うんですけど……。
でも、誰かが履いていってしまったのを自分のせいとされると、子どもであっても納得できない。
それでなんともモヤモヤした気持ちでいたんですけど、少しして明らかにわたしのサンダルを履いている子を見つけました。
すぐに父に伝えました。『誰々が僕のサンダルを履いている』と。
すると、その子の名前をきいた父は『あの子かあ』みたいな感じで、わたしを怒ることなく『まあそれはいいよ、また新しいの買ってあげるから、もうあのサンダルのことはいいから』と言ったんです。で、その子は軍人の息子だった。
当時はそのことがわからないですから、また疑問に思うわけです。『なぜ、なにもなかったことにしてしまうのか?』と。
こういった小さなことが重なっていき、わたし自身も大人になるにつれて、『権力』というものに目を向けて深く考えるようになりました。
また、わたしは政治を学び、いろいろとインドネシアについて気づきました。
さきほどお話ししたわたしと父とのエピソードが物語っていると思いますけど、インドネシアの独裁政権は終わったけれども、実は独裁者の下で働いていた人々がいまも国を支配していることなどを。
そこで思ったんです『わたしたちは同じ人々によって統治されていて、わたしたち自身もほとんど同じ価値観の中にいる』と。
その現実を、映画を通して見つめてみたいと思いました」
(※第二回に続く)
「沈黙の自叙伝」
監督:マクバル・ムバラク
出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラほか
公式サイト https://jijoden-film.com/
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
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