Yahoo!ニュース

利用したいけれど、課題山積…日本の「産後ケア」の現状とは?

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

前回の記事(日本人も知っておきたい海外の産後ケア事情 韓国、フィンランド、ドイツでは?)で紹介したように、出産後の母体の心身のケアや育児サポートを行う「産後ケア」というサービスが各国にあります。

アメリカの産婦人科学会(ACOG)の声明では、産後早期からの継続的な産後ケアが提供されることが推奨されています。(文献1)

また、産後ケアによって産後うつ病を予防できる可能性があることもいくつかの研究で報告されています。(文献2,3)

日本では、2019年に母子保健法の一部が改正され、産後1年以内の母子に対する産後ケア事業が法制化されました。これにより、各自治体の産後ケアの取り組みが徐々に盛んになってきています。

今回は、日本の産後ケアの現状や課題について解説していきます。

日本の産後ケア事業の特徴

核家族や共働き世帯の増加などにより、育児を家族だけで乗り切ることは難しくなっています。このような背景から、2017年に「子育て世代包括支援センター」の設置が各市町村の努力義務となり、フィンランドの「ネウボラ」のような妊娠期から子育て期までの切れ目ない支援の実現が目指されています。また、2019年からは「産後ケア事業」の実施も市町村の努力義務と規定されるようになりました。

日本の産後ケア事業は、大きく3種類に分類されます。

(1) 宿泊型:病院や助産所などに宿泊して休養する

(2) 日帰り(デイサービス)型:個別もしくは集団で日中に来所した利用者に対して提供される

(3) 訪問(アウトリーチ型):実施担当者が利用者の自宅を訪れて提供される

保健師や看護師、助産師、臨床心理士などの専門家によって、母体の身体的・心理的ケアや育児サポートが実施されます。主な内容は以下の通りです。

・母体の身体的ケア(睡眠時間の確保、食事の提供、マッサージや骨盤ケアなど)

・授乳のサポート(授乳や搾乳の指導・アドバイス、乳房マッサージなど)

・心理的ケア(カウンセリング)

・生活指導(栄養管理、体操やエクササイズなど)

・育児指導(沐浴・オムツ替え・だっこなどへのアドバイス)

・ママ同士の交流

費用は自治体から補助が支給されるため比較的安価に利用できますが、利用料は施設や市町村などによって異なります。また利用回数に制限がある場合が多く、その回数も市町村によって異なります

詳しくはお住まいの市町村の資料をご参照ください。

日本の産後ケアの現状と課題

2021年に、厚生労働省は産後ケアの利用実態に関する調査を行いました。(文献4)

2020年度の産後ケアの利用者数は、宿泊型が8107人(日本の年間出生数の0.88%)、デイサービス個別型が13132人(1.42%)、デイサービス集団型が1513人(0.16%)にとどまり、日本ではまだ産後ケア事業の利用がほとんど浸透していないことが分かります。

産後ケア事業に関する周知方法は、中核市では「自治体のホームページでの広報」が最多で、人口規模の大きくない市町村では「母子手帳交付時」や「新生児訪問時」との回答が多くなりました。

産後ケアについて知っている人でないと自分からホームページにアクセスしにくいですし、産後ケアは退院後早期に特に必要とされる支援であるため、情報提供のタイミングや方法について更なる工夫が必要だと言えるでしょう。

また、申請方法は「対面での対応」が最も多く、「電話相談」や「郵送」が続きました。オンラインでの対応を行っていた市町村はわずか4自治体にとどまり、その内容も利用申請のための来所・面談の申し込みでした。

妊娠中や新生児の育児中に、対面などで申請を行うハードルは高く、オンラインなどの利便性の高い申請方法の普及が早期に望まれます。また、妊娠中やひと月以上前から申請・予約が必要なことが多く、産後の生活がイメージしにくい初産婦にとって、日帰りや1泊2日などの単発サービスはまだまだ利用しづらいのではないでしょうか。

日本では、産後ケア事業の対象者は「家族等から十分な支援が得られない妊産婦」とされています。そのため、原則として支援者がいる人や里帰り先では産後ケア事業を利用できません。また、多胎やきょうだいも同時にケアが可能な施設ばかりではありません。実際に、「身近に支援者がいる」「利用条件・対象に該当しない」という理由で利用希望者を断ったことのある自治体があることがこの調査で判明しました。

対象者が「家族等から十分な支援が得られない妊産婦」に限定されている日本の状況は、海外の事例と比べると非常に制約が大きいと考えられます。

今後、すべての母親が産後ケアを受け、心身の健康を保つことのできる体制の整備が待たれます。

どうしたら産後ケアを利用できるの?

それでは、利用できる産後ケア施設を調べる方法をいくつかご紹介します。

先ほど記載したように、産後ケア施設の利用には事前申請が必要な場合がほとんどです。早めに情報収集し、可能であれば妊娠中に見学や申請を行う方が安心でしょう。

①お住まいの市町村のホームページを見る

「〇〇市 産後ケア」などのワードを入れて検索してみましょう。市町村の産後ケア事業を管轄している部署(母子保健課や地域健康課など、自治体によって異なります)のホームページが見つかると思います。

市町村のホームページには、助成を受けて利用できる施設の一覧とともにサービスの種類(宿泊・日帰りなど)や対象となる条件、費用などが記載されていることが多いです。

申請方法も一緒に記載されていますのでよく読んでみましょう。

②母子手帳交付時にもらった資料を確認する

母子手帳を受け取った際にたくさんの資料をもらったことと思います。その中に産後ケア施設の一覧表や申請方法が記載された資料があるかもしれません。

もし妊娠中に担当保健師さんと一緒に産後ケアプランを立てる予定があれば、その時に聞いてみるのがより確実でしょう。

③妊婦健診に通っている病院・助産院の助産師に相談する

現在の通院先で分娩予定であれば、その施設の助産師に相談するのも良い方法でしょう。分娩を扱う施設で退院せずそのまま産後ケア入院を継続できる場合もありますし、市町村の資料では分からない口コミや評判も聞くことができるかもしれません。

④担当の保健師に連絡する

十分に情報収集の時間があれば①〜③の方法で調べることができますが、心身の疲労がたまり、なかなか自分で調べられなかったり、今すぐ産後ケアを使いたい状況に陥ったりすることもあるでしょう。

そんなときは、担当の保健師に電話などで連絡して相談しましょう。

母子手帳の交付を受けていれば、必ず担当の保健師の名前や連絡先を聞いたことがあるはずです。もし分からなければ、お住まいの市町村の母子保健課に問い合わせることもできます。

産後ケアは原則事前予約制ですが、お母さんや赤ちゃんの状況に応じて臨機応変に対応してもらえますので、不安を一人で抱え込まずに行政のサービスをぜひ気軽に利用してください。また、こうした情報はパートナーやご家族も把握しておくと良いでしょう。

今回は、日本の産後ケアの現状や課題について解説しました。

まだ多くの課題が残されている日本の産後ケアですが、民間の産後ケアホテルなども徐々に増えており、より多くのお母さんが産後ケアを使えるようになってきています。

本記事が、これから出産する方や最近出産した方とそのご家族にとって、産後ケアについて知識を深め、産後のより良いスタートを切る助けとなれば幸いです。

参考文献:

1. ACOG Committee Opinion No. 736: Optimizing Postpartum Care. Obstet Gynecol. 2018;131(5):e140-e150.

2. Lewis BA, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2021 Nov 22;21(1):785.

3. Milani HS, et al. J Res Med Sci. 2017 Aug 16;22:96.

4. 厚生労働省 令和2年9月 「産後ケア事業の利用者の実態に関する調査研究事業 報告書」

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

重見大介の最近の記事