日本人も知っておきたい海外の産後ケア事情 韓国、フィンランド、ドイツでは?
産後ケアってどんなもの?
「産後ケア」という言葉をご存知ですか?
出産直後の母体(女性のからだ)は、身体的にも精神的にも不安定な状態です。睡眠不足や慣れない育児への不安、上の子がいる場合はその子のお世話など、お母さんは自分の身体のケアをする余裕がなかなかありません。
このような産後のお母さんを対象とする、病院を退院した後の母体の心身のケアや育児サポートが「産後ケア」といわれるサービスです。
アメリカの産婦人科学会(ACOG)の声明では、「母児の健康のために、1回限りの訪問ではなく、個人のニーズに沿った継続的な産後ケアが提供されること」、「理想としては産後3週間以内に医療従事者と面会し、最初のアセスメント(評価)が行われること」などが推奨されています。(文献1)
日本でも、2019年に母子保健法の一部が改正され、産後1年以内の母児に対する産後ケア事業が法制化されました。しかし、日本での産後ケア事業の利用率はまだ非常に低いのが現状です。(文献2)
そこで本記事では、海外の事例として韓国、フィンランド、ドイツの産後ケアをご紹介します。
韓国の産後ケア
韓国では、産後の一定期間の養生を重要視する文化が伝統的にあり、もともとは実母や義母がサポートを行っていました。
しかしながら、核家族の増加に伴い、1997年頃から「産後調理院」と呼ばれる産後ケアを行う施設が開院され、2018年時点では584施設が運営されています。主に民間施設であり、病院を産後2〜3日で退院後すぐに入所し、平均2週間程度滞在します。2021年には「産後ケアセンター」というドラマの舞台にもなり、多くの韓国人女性が産後ケアを利用しているようです。
看護師などが常駐し、授乳指導や乳房マッサージ、母親の十分な休息、運動指導、食事、新生児との愛着形成などのサポートが受けられます。また、西洋医学だけでなく、東洋医学に基づく韓国の伝統的な産後ケア(養生食や身体を温めるなど)が取り入れられていることも特徴です。(文献3)
産後調理院での指導プログラムによって、母親の自信や授乳成功率が高まることが示された論文も発表されており、産後ケア施設の意義も様々な点で評価されています。(文献4)
一方、産後調理院は、医療機関ではなく自由業種の形態で運営されているため、医療の延長線上には位置付けられておらず、インテリアやアメニティなどの付加価値に力が注がれているようです。費用は原則自己負担であり、需要の高まりによる価格高騰が問題となりました。新生児の集団感染なども報道され、感染予防が強化されたという経緯もあります。
日本でも、一部の自治体に産後ケアセンターが設立されたり、民間の産後ケアホテルができたりと、産後のお母さんが快適に療養・滞在できる施設が少しずつ増えてきています。
フィンランドの産後ケア
フィンランドには、妊娠指導から出産、育児まで継続的に子育て家庭を支援する「ネウボラ」という制度/施設があります。もともと1920年代に自宅出産を手伝う目的で始まり、1944年に法制化されてすべての自治体にネウボラが設置されました。これにより乳児死亡率が劇的に低下し、1970年代には父親もネウボラに通うようになり、今ではすべてのフィンランドに住む母親が妊娠管理と幼児ケアのためにネウボラを利用しています。(文献5)
ネウボラは、妊娠時から就学前の6歳児までを対象とし、健診、予防接種、育児相談など家族支援の地域拠点となっています。また子供だけでなく、家族全員の健康に関する支援を受けることができます。妊娠時から切れ目なく家族を支援し、できるだけ早く家族の健康状態や夫婦関係の異変を察知できるような仕組みにより、家族のメンタルヘルス悪化や虐待の防止に役立っています。
授乳や育児、産後うつ病への対応などのファミリートレーニングもネウボラで受けることができます。自己負担費用はなく、対象の家族は全員無料で予防接種や健康診断、健康相談を受けられます。外国人も利用でき、対象者の97%がネウボラのサービスを利用しています。
妊娠中に8-9回、産後に15回(日本は公費では3回のみ)の健診が実施され、保健師などの専門家からアドバイスを受けられます。健診は30分から1時間かけて個別に行われ、健康に関することだけでなく、育児などについても相談できます。同じ担当者が継続して関わるため、信頼関係の構築や問題の早期発見・早期支援に繋がります。(フィンランド大使館ウェブサイトより)
また、フィンランドでは父親の育児参加が進んでいます。男性の育休取得率は8割を超え、父親も主体的に育児に参加する文化も日本との違いでしょう。
日本でも、2017年に「日本版ネウボラ」として妊娠期からの切れ目ない子育て家庭支援が法制化されました。自治体によって取り組みにばらつきがありますが、今後日本全国で子育て家族への継続的な支援が広がることが望まれます。
ドイツの産後ケア
ドイツでは、自然分娩であれば産後2〜3日で退院し、自宅へ戻ります。その後は、助産師の家庭訪問によって産後ケアを受けることが一般的です。退院後の10日間は毎日、その後は最長で産後12週間まで、家庭訪問が実施されます。費用は保険で賄われ、原則自己負担はありません。
沐浴や授乳指導、家族計画、メンタルケア、会陰部のケアや産褥体操などについて具体的なアドバイスをもらうことができます。(文献6)
病気の治療中である母親などは、「母親ヘルパー」制度を使って、家事などのサービスも保険適用内で受給することができます。(文献7)
また、ドイツでは妊娠管理を担当した産婦人科医師が、出産後も継続して乳がん検診などを行い、その女性のかかりつけ医として健康管理を行います。(文献8)
このように、同じ助産師や医師が継続して関わることで、その女性に寄り添った継続的なケアを行うことができているのでしょう。
家族以外に頼ることのできる専門家や制度の重要性
今回は海外の産後ケアについてご紹介しました。
それぞれの国の制度や文化によって産後ケアの提供体制は異なりますが、いずれの国にも家族以外に頼ることのできる専門家や制度が存在していることが分かります。
後編では、日本の産後ケアの現状や課題について解説しています。
参考文献:
1. ACOG Committee Opinion No. 736: Optimizing Postpartum Care. Obstet Gynecol. 2018;131(5):e140-e150.
2. 厚生労働省 令和2年9月 「産後ケア事業の利用者の実態に関する調査研究事業 報告書」
3. 吉田 和枝ら. 韓国の産後調理院の制度と現況 韓国視察報告. ペリネイタルケア. 2009;28(10):1051-1058.
4. Song JE, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2020;20(1):227.
6. 吉田 穂波ら. 【胎児期からはじまる子育て支援】産後の女性の心と身体. チャイルドヘルス. 2021;24(3):175-178.
7. みずほ情報総研株式会社 平成30年3月 「産後ケア事業の現状及び今後の課題並びにこれらを踏まえた将来の在り方に関する調査研究 報告書」
8. 三瓶 まりら. ドイツの地方都市における周産期医療の現状. 島根県立大学出雲キャンパス紀要. 2019;15:91-97.