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「金正恩は挫折と怒りを感じている」「局地戦の可能性」…専門家と振り返る22年の南北関係

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
28日、朝鮮労働党中央委員会全員会議で発言する金正恩氏。朝鮮中央通信より引用。

「拡戦の覚悟で臨んだ」。27日、韓国大統領府は前日に北朝鮮のドローン5機が韓国に侵入した際の状況についてこう明かした。

このひと言に象徴されるように、尹錫悦政権は発足以降、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長を相手に一歩も引かない姿勢を見せているばかりか、南北は一触即発の状態にある。

これをどう読むか。そして来年の展望は。韓国屈指の南北関係専門家である国策シンクタンク・統一研究院の趙漢凡さんに話を聞いた。インタビューは今月21日と28日に行った。

趙漢凡(チョ・ハンボム、59)。統一研究院専任研究委員。1994年、サンクトペテルブルク大学で社会学博士号を取得後、1995年から現職。社会主義の体制転換や南北関係に造詣が深く、明瞭な語り口からニュース番組への出演も多い。進歩系に分類される学者であるが進歩派の北朝鮮政策についても鋭い舌鋒を見せる。

●南北は互いに「主敵」に

(1)南北関係の溝が日ごとに深まっているように見える。尹錫悦大統領は大統領候補の時から北朝鮮を「主敵」と内外に公言してきた。前任の文在寅大統領と尹大統領の違いをどう表現できるか。

二つの政権の南北関係に対する認識は根本的に異なる。前任の文政権は南北関係の発展を目的においた。一方の尹政権は南北関係を正常化させるとしている。これは北朝鮮に対し「お前は間違っている」というものだ。

尹大統領は統一部の業務報告を受ける場でも発言したように、憲法の3条と4条を強調している(※1)。これは北朝鮮の実体に対する見方が文政権とは異なるということだ。大統領が3条と4条に触れた瞬間、南北関係は存在しなくなる。

※1 韓国の憲法3条は「大韓民国の領土は韓半島とその付属島嶼とする」とあり、4条は「大韓民国は統一を志向し、自由民主的な基本秩序に立脚した平和的な統一政策を樹立しこれを推進する」とある。

尹大統領は統一部の業務報告を受ける際に「統一部は憲法第3条と4条を実現し具体化するための部署であるという認識をまず明確にすべき」と述べた。北朝鮮に対する明確な吸収統一の意思を明かす尹大統領に対し、北朝鮮側は「同族対決を計画するもの」と反発した。

——北朝鮮側も、金正恩氏の妹である金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長が韓国に対し強硬な発言を続けている。8月には「南朝鮮の傀儡たちこそ我々の永遠の主敵」と述べた。金正恩氏には韓国の政権交代がどう映っているか。

北朝鮮は過去、文政権を活用しようとした。金正恩氏の狙いは米朝関係の改善にあった。このため、南北関係において信頼の醸成を追求した。米朝関係に従属するものとして南北関係を設定し、米朝関係の仲裁という文政権の役割を見ながら文政権を活用した。

一方、尹政権は「米韓が一心同体になる」という考えを持っている。このため、北朝鮮が望む仲裁者の役割をせずに、米国の立場をより強硬に代弁している。このため、北朝鮮が文政権末期に行った対南圧迫姿勢と、今の尹政権に対する対南圧迫の中身が異なる。

文政権に対しては「しっかり仕事しろ」と圧力をかけたとすれば、尹政権に対しては対話の可能性を諦めている。だからこそ、北朝鮮から尹政権への非難が日増しに激烈になっている。

「文政権の時はソウルが照準ではなかった」とし「尹錫悦という人間自体が嫌いだ、絶対に相手にしない」という言葉が象徴的だ。

趙漢凡(チョ・ハンボム)統一研究院専任研究委員。筆者撮影。
趙漢凡(チョ・ハンボム)統一研究院専任研究委員。筆者撮影。

●深まる北朝鮮の悩み

(2)北朝鮮は新型コロナを防ぐための国境封鎖を20年1月から続けている。中国やロシアとの鉄道貿易も限定的だ。北朝鮮の経済状況をどう見るか。

非常に良くない。北朝鮮は2017年以降、国連と米国から本格的な経済制裁を受けている。昨年まで毎年マイナス10%成長をしてきたと考えればよい。

これに新型コロナによる国境封鎖が加わり食糧生産は過去最悪の状況になっている。さらに封鎖により市場に品物が並ばずないため、市場を中心とする経済も壊滅してしまった。市場を通じて食べていた人々は致命的な打撃を受けた。

企業の自律性強化や外貨誘致、圃田担当制など金正恩氏が進めてきた経済改革はすべて失敗して、今は食糧をふたたび配給制にしようとするなど社会主義経済に戻そうとしている。

——韓国の一部の学者は、国境を封鎖したことで貿易資金の流れが制限され、この過程で朝鮮労働党が北朝鮮社会に対する掌握力をふたたび確保することができたとする見方がある。金正恩氏は世界で最もコロナを有効活用したという指摘もあるが。

「コロナの呪い」だ。社会統制には役に立ったが、結局は国境封鎖という他に選択肢のない最強硬手段をとったことで、その後遺症は受け止められないレベルにまで達している。

また、経済に回すべき資源を国防力に注いでいる部分も看過できない。悪循環だ。

——中国の習近平主席は北朝鮮を支援する姿勢を崩していない。北朝鮮はまた、独自の外貨稼ぎも続けているようだが。

中国も新型コロナ対策で封鎖を繰り返し経済に打撃を受けた。いくら中国でも2500万人近い人口を抱える北朝鮮を食べさせていくことはできない。

このため北朝鮮は対策を立てる必要があり、その中のひとつとしてウクライナのドンバス地域へと10万人の労働者を派遣する計画があった。

しかしこれが実現するためにはドンバス地域が完全にロシアの土地として認められる必要がある。未だ戦闘が続いており不可能だ。

●「水面下の交渉なし」

(3)行き詰まった金正恩氏の活路はどこにあるのか。

複合的な危機に直面している北朝鮮にとっては、米朝関係改善の妥結、南北関係の改善が答えであって、これができない場合には危機がより深まる。

金正恩の元々のねらいは核兵器を持った状態で北朝鮮の経済発展を成し遂げることだった。そのために南北関係と米韓関係に答えを求めた。

金正恩氏が過去にとった核兵器を完成させた後で米国と交渉するという路線は、当初はうまくいっていた。しかし19年2月のハノイ米朝会談で失敗して以降は、すべての問題が一度に噴出している。

——尹錫悦政権は全く対話を望んでいないのか。過去の保守政権は北朝鮮に対し強硬な立場を維持しても、水面下で交渉を続けてきた。

尹政権は北朝鮮に対して、全く接触を取っていない。水面下の交渉もない。金正恩氏は尹政権に対する挫折と怒りがあるだろう。

金正恩氏にとってこんな南北関係は初めてのはずだ。過去にはここまで圧力をかければ韓国政府が先に接触してきたからだ。

金正恩氏としては今の局面では尹政権をさらに圧迫し、ハノイの時点に戻ろうとするだろう。だが今は米韓共に全く動かないので軍事的挑発の水位を上げていく他に手がない。

——金与正氏が強い言葉で南側を罵倒するのも同じ脈絡で理解できるか。

金正恩と金与正の両氏は一心同体と見るべきだ。金与正氏の談話の水準が低いのは、北朝鮮式の兄妹政治の限界とみてよい。危険で独善的だ。

一方で北朝鮮の望む交渉状況が生まれない点に対する怒りや挫折、不安も読み取れる。最近の人工衛星をめぐるやり取り(※2)でもあったように、自分たちは最新鋭の技術を見せても韓国では低く評価される。

そもそも、技術というのは簡単に獲得できるものではない。例えば原潜だが「AUKUS」を通じ米国から技術提供を受ける豪州も、一隻目の原潜進水は2030年代中盤になると言われている。北朝鮮が作れるはずがない。

人工衛星にしてもそうだ。打ち上げはできる。現に今も北朝鮮の衛生2台が上空を回っている。だが解像度も低く意味はない。こうした状況もあり、今後も金与正氏の発言はエスカレートしていくだろう。

※2 北朝鮮は12月18日、「偵察衛生開発のために最終段階の重要な実験」を行ったとしたが、公開された写真の粗さを韓国の専門家たちが指摘した。

金与正氏は同20日に談話を通じこれに怒りを示すと共にICBM(大陸間弾道ミサイル)を正常角度で発射すると示唆するなど強く反発した。

●「核をテコにした戦略」

(4)北朝鮮は今年だけで8度のICBM、3度の巡航ミサイル、37度66発の弾道ミサイル発射実験を行うなど新兵器の開発を続けている。また、9月には9年ぶりに核ドクトリンを改定し公開した(※3)。この背景には何があると考えるか。

金正恩氏は「核をテコにした戦略」と取っていると見る。核を運用することで自信を持って在来型の軍事挑発を強く行うというものだ。先日のドローン派遣もこれに当たる。

核ドクトリンについては、9年前の2013年の段階ではまだ北朝鮮は核兵器を持っていなかったため「未来」についてのものだったが、22年には「今保有している核」をどう使うのかという話に変わった。

その内容は抑止ではなく、先制攻撃だ。広範囲にわたる状況で、韓国を含むすべての国に対し核を先制的に使うと性格を変えた。

さらに大切なのが、9月8日に新たな核ドクトリンが法制化された後、9月25日から10月9日まで金正恩氏が戦術核運用部隊で実戦訓練を指導したという点だ。これが重要で、9月以降に北朝鮮の核戦略は構造的に変化したということだ。

※3 新たな核ドクトリンで北朝鮮は核兵器の使用条件として以下の5つを挙げた。

▲北朝鮮に対する核武器もしくはその他の大量殺傷兵器攻撃が敢行されたり差し迫っていると判断できる場合

▲国家指導部や国家核武力指揮機構に対する敵対勢力の核および非核攻撃が敢行されたり差し迫っていると判断できる場合

▲国家の重要戦略的な対象に対する致命的な軍事的攻撃が敢行されたり差し迫っていると判断できる場合

▲有事の際に戦争の拡大を長期化を防ぎ戦争の主導権を掌握するための作戦上の必要が避けられない場合

▲他に国家の存立と人民の生命安全に破局的な危機をもたらす自体が発生し、核武器で対応するしかない避けられない状況が造成される場合。

——核をテコに戦略を多様化させた上に、核の脅威も増えたということか。

実際にすでに核兵器を運用している。9月から北朝鮮の相応措置が強まったのがこれを表している。KN-23(北朝鮮型イスカンデル)には既に核弾頭を装着していると見るべきだ。

金正恩氏は11月、娘・ジュエさんの姿を国営メディアを通じ公開した。朝鮮中央通信より引用。
金正恩氏は11月、娘・ジュエさんの姿を国営メディアを通じ公開した。朝鮮中央通信より引用。

●「局地戦の可能性はとても高い」

(5)尹政権が「対話をしない」という原則を持っている以上、今の局面が変わるきっかけはないのか。局地戦があると見る専門家も増えた。

南北双方ともにわざと衝突しようとはしないだろう。しかし今のように対話チャンネルがない場合には相手の意思を読み間違う可能性もある。局地的に南北が衝突する可能性はとても高い。

——8月15日の光復節演説で、尹大統領が「大胆な構想」(※4)を明かした。これは北朝鮮側が拒否したと見るべきか。

李明博政権時代の「非核・開放3000」(※5)や、今回の「大胆な構想」に限らず、南北関係の構想には北朝鮮との合意が必要だ。

つまり、北朝鮮側の受け入れ可能性を考慮しなければならないのだが、これらの提案は「韓国政府ができることをやる」というものに過ぎない。

北朝鮮の事情が考慮されたのではなく、一方的なものに過ぎない。どんなに良い構想でも、北朝鮮が受け入れられなければ意味がないのが南北関係だ。

※5 「大胆な構想」は北朝鮮が真情性を持って非核化交渉に乗り出す場合に、初期から経済支援措置を行い、非核化進展過程に合わせ経済支援を増やし、政治・軍事部門での協力を拡大するというもの。まずは地下資源と食糧支援の交換を呼び水としたが、北朝鮮側は「愚かさの極致」とこれを拒否した。

※6 「非核・開放3000」とは北朝鮮が核廃棄を決める場合、10年の間に北朝鮮住民一人当たりの年間所得を3000ドルにまで引き上げられるよう韓国が協力するというもの。

——7度目の核実験が取りざたされるが。

金正恩のグランドデザインは「富強な北朝鮮」だ。核兵器を持つことで交渉力を高めようとしている。

だがここにジレンマがある。今後、北朝鮮が核実験をする場合には既に核保有をしているため、結果として状況だけが悪化するに過ぎない。核保有のジレンマだ。

核を持ち交渉力は上がったが、核を捨てない限り交渉の結果が得られない。それでも北朝鮮は今の悪い状況を打破するために、何かしらの「事故」を起こさなければならないだろう。

●尹政権は政策の目標を明確にすべき

(6)尹政権発足から7か月が過ぎた。ここまでの尹政権の対北朝鮮政策をどう評価できるか。

金正恩氏を焦らせている、同氏が初めて直面する状況をもたらした、という観点からは高い評価を与えられるだろう。

文在寅政権は対話で状況を変えようとしたが、尹錫悦政権は北朝鮮の間違った慣行を正そうという立場に立っている。

そしてこれが成功しているか、うまくいっているのかと考える場合、今はまだ過渡期ではあるとはいえ、高得点となる。

——北朝鮮との交渉の余地はあるか。金正恩氏は明確に非核化交渉を否定する一方で、「政治軍事的な環境が変われば今の核政策も変わる可能性がある」としている。

その通りで、現在の政策の目標が明確でなければならない。

今のように「強気対強気」のままではなく、この局面を利用し北朝鮮に対し確実なメッセージを打ち出し、その後に北朝鮮を交渉に引っ張り出す戦略的な柔軟性を見せる必要がある。

だが、現時点でどうなるかは未知数だ。

——余談になるが、一連の北朝鮮政策を尹政権は意図してやっているのか、それとも反共精神の強い尹大統領がただ北朝鮮や金正恩氏を嫌っているだけなのか。後者ではないかと思う時がある。

私もそう考える時がある(苦笑)。だが歴史とは分からないものだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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