「インターネットを囲い込む」ロシアがウクライナ占領地を分断、その狙いとは?
ロシアがウクライナから占領地のインターネットを分断している――。
間もなく半年となるロシアのウクライナ侵攻で、支配地域での新たな動きが指摘されている。
ロシアが占領地のインターネットを、ウクライナのネットワークから次々と分断しているのだ。それまで首都キーウ経由で世界のインターネットにつながっていた地域が、占領後にはウクライナから切り離され、ロシアの「デジタル鉄のカーテン」の中に囲い込まれているという。
その結果、ユーザーはグーグルやフェイスブックが使えないだけでなく、通信や通話の監視にもさらされているという。
「ハイブリッド戦」となったウクライナ侵攻では、インターネットもサイバー戦や情報戦の"戦場"となった。
ロシアによる囲い込みは、そのカギを握るネットワーク上の"領土"の争奪戦のようだ。
●銃でつなぎ変えさせる
米ニューヨーク・タイムズは8月9日付けの記事で、そう述べている。
ウクライナ南部のヘルソンは、ロシアによる侵攻開始7日目の3月2日に陥落した最初の主要都市だった。
人口28万人のこの港湾都市のインターネットが、5月末から一斉にウクライナのネットワークから切り離され、ロシアのネットワークにつなぎ変えられているのだという。
ロシア軍は各プロバイダーを訪れ、「頭に銃を突きつけて『こうしろ』とだけ言う」。現地のプロバイダーはニューヨーク・タイムズにそう証言している。
ウクライナのインターネットから、「デジタル鉄のカーテン」の向こう側のロシアのインターネットに、強制的につなぎ変えをさせられたのだという。
英国の監視団体「ネットブロックス」によると、ヘルソンのインターネットに最初に異変が起きたのは4月30日夜。ほぼ全面的にインターネットが停止した。
インターネットは翌5月1日に復旧する。だがその経路設定は変更され、接続先はそれまでのウクライナではなく、2014年にロシアが併合したクリミア・セバストポリのプロバイダーを経由して、モスクワに本社をおくロシア最大の国営通信会社、ロステレコムになっていたという。
ウクライナは、5月4日にヘルソンのネットワークを“奪還”する。だが5月30日には再びロシアに奪われ、現在にいたるという。
このネットワーク争奪の動きは、コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)事業者のクラウドフレアも検知していた。
ニューヨーク・タイムズによれば、ロシアはウクライナのプロバイダーから通信機器などを奪い、光ファイバーケーブルも増設して、クリミアを経由した通信量の増大に対応しているという。
ウクライナでは戦闘によって全土の通信設備の約15%が損壊しているという。そして、領土の収奪だけでなく、経路設定変更によるこのようなネットワークの収奪は前例がないという。
●「デジタル鉄のカーテン」に囲い込む
西側からの情報を遮断し、ロシアの「プロパガンダバブル」に国民を囲い込む。
ウクライナ侵攻開始後、ロシア政府はフェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどのサービスへの国内からのアクセスを次々とブロックしている。
※参照:ウクライナ侵攻「デジタル鉄のカーテン」を突破する、ロシアに事実を知らせるこれだけの方法(04/25/2022 新聞紙学的)
これらのブロックのため、ロシアは2018年ごろから、「ディープ・パケット・インスペクション(DPI)」と呼ばれるフィルタリングの仕組みを導入。
さらに、ユーザーの通信・通話の傍受のための「調査活動システム(SORM)」と呼ばれる監視システムの運用も知られている。
これら監視とフィルタリングの「デジタル鉄のカーテン」の内側に、ロシア軍による占領地が次々と組み込まれているという。
ニューヨーク・タイムズによると、ヘルソンのほか、やはりロシア軍に占領された南東部のメリトポリやマリウポリも、ロシアのインターネットに組み込まれているという。
国際人権団体「アクセスナウ」の7月25日現在のまとめによると、ヘルソンでは、フェイスブック、グーグル、インスタグラム、ユーチューブがブロックされている。南部のザポリージャではインスタグラム、ツイッター、ユーチューブがブロック対象。ドネツク、ルハンシク(ルガンスク)両州の侵攻前からの親ロシア派支配地域では、フェイスブック、グーグル、インスタグラムに加えて、メッセージアプリのバイバーもブロックされているという。
●「ロシア化」戦略への対抗
支配地域のロシアへの取り込みはインターネットだけではない。
ロシア国営のノーボスチ通信の5月27日の報道によると、ヘルソンとザポリージャでは、電話の国番号も、ウクライナの「380」からロシアの「7」に変更。そのための携帯電話用のSIMカードも販売されているという。
だが、ニューヨーク・タイムズによれば、新しいSIMカードの購入にはパスポートの提示が必要で、位置情報やインターネット監視の脅威が付きまとう。
さらに、これらの支配地域では、ロシアのテレビやラジオの放送も始まっているという。
ウクライナ政府の特別通信・情報保護局(SSSCIP)は6月7日付けで、ロシア支配地域の住民向けに、インターネットや携帯電話の囲い込みに対抗するアドバイスを公開している。
その一つが、契約先の携帯キャリアがつながらない場合には、国内の他のキャリアのローミングを利用するという方法だ。日本でもKDDIの大規模障害の際に、対応策として注目された。
また、なるべくロシアのSIMカードを購入せず、購入する場合にも、パスポートなどの個人データを開示しないように、と述べる。
さらに、通信には暗号化による保護が期待できるVPNの利用を勧めている。ただし、ロシア政府も国内でのVPN利用は把握しており、次々にブロックが行われている状況だ。
●インターネットの「主権」と「分断」
インターネット分断の動きの背景には、米国主導で創設された国際ネットワークに対する、ロシアや中国による「サイバー主権」の主張がある。
インターネットの分離で先行するのは中国だが、ロシアもまた「サイバー主権」を掲げ、国内インターネットの統制の取り組み「RuNet」を推進してきた。
さらに北京五輪開会に合わせた2月4日には、中国とロシアが、インターネットガバナンスの国際化と「サイバー主権」を掲げた共同声明を発表している。
その3週間後に開始したロシアのウクライナ侵攻をめぐっては、ウクライナを支援する米欧に対し、中国はロシアと足並みをそろえ、情報戦にも加担するという構図となった。
※参照:ウクライナ侵攻「ロシアフェイク」を中国が拡散する、そこにある思惑とは?(04/11/2022 新聞紙学的)
一方でウクライナは、ロシアの侵攻に対する制裁の一環として、インターネットの基幹システムの調整機関「ICANN」に対して、ロシアのインターネットの切断を要請していた。これに対してICANNは、ポリシー上も技術的にも、切断は不可能だとして要請を拒否している。
ウクライナのSSSCIPのまとめでは、ロシアの侵攻が始まった2022年前半だけでサイバー攻撃の件数は1,350件、7月にはさらに203件。それに加えて、フェイクニュースによる情報戦も後を絶たない。まさにインターネット空間は「ハイブリッド戦」の舞台だ。
そして今やネットワーク上の“領土”も、国際的な攻防の標的となっている。
(※2022年8月12日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)