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欧州が予測するバイデン外交とはーー中国・ロシアと民主主義サミット。EUと日本の行方

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
11月15日、選挙区の地元デラウエアのカトリック教会を訪問したバイデン氏(写真:ロイター/アフロ)

バイデン次期大統領は、どういう外交を展開するのか、今後自分の国にどういう影響を及ぼすのか

ーー世界中のすべての国が、超大国の政治の行方を、真剣に予測しようとしている。

ここではアメリカと歴史的に最もつながりが強い、ヨーロッパでのバイデン評を見てみたい。

一般のヨーロッパ人が圧倒的にバイデン支持だったのは、以前の原稿で書いたとおりだ。今回は専門家の声を中心に、展望を紹介したい。

参考記事:なぜヨーロッパでは圧倒的にバイデン支持なのか。

多国間のリーダーシップ外交と、宗教

トランプ大統領の外交は、伝統的な外交の規範を尊重していなかったことは明らかだ。「ツイート外交」「クッキー型カット外交」「理性より本能外交」等々、色々と名付けられた。

「バイデン次期大統領の最たる資質は、トランプではないことだ」と、フランス・アンテール(仏国際公共ラジオ放送)などは、皮肉っている。

それはともかく、バイデン外交の柱は多国間主義への回帰、環境政策の足場の変化、アジア太平洋地域の優先(欧州を犠牲にしても)の3つだという。

「DECIDEURS MAGAZINE」の編集長、ルーカス・ジャクボウィッチ氏はそのように述べている

環境政策については、すでにパリ協定(2020年以降の地球温暖化対策についての国連レベルの枠組み)の復帰を明言している。

ただし、それが単なるメンバーシップではないことは、民主党報道官であるジャマル・ブラウンが述べている。

「ジョー・バイデンは、アメリカの外交政策のすべてのツールを使用して、世界の他国の野心を高めさせる」というのだ。

つまり、世界一の超大国として、各国が高い目標を掲げさせるよう、リーダーシップをとるということだ。

民主党キャンペーン・プログラムは、「米国の経済的影響力と模範的な力を利用することによって、公約が透明で執行可能であることを保証し、各国が不正を行うことを防ぐ」としている。

パリ協定だけではなく、世界保健機構(WHO)にも復帰するだろう。アメリカは最大の貢献者だったのだが、今年の7月トランプ大統領が、「1年後に脱退する」と正式通知してしまっている。トランプ氏は「WHOは中国に完全に支配されている」と批判を繰り返していた。

自分たちが正しいと信じ、模範的な力を見せるというのは、従来のアメリカ大統領にもそういう側面があった。筆者は、そこにキリスト教文化の影響を強く感じる。

この点でも、バイデン氏はトランプ氏と人物がまったく異なる。

トランプ氏と、彼の私的取り巻きも宗教がかっていたが、それは「超ポジティブ・シンキング」のための神様だったように見えた。

もともとトランプ氏が信仰する、聖書に依るカウンセリング・ビジネスの祖ともいうべきノーマン・ヴィンセント・ピール氏も、ホワイトハウスでの信仰アドバイザー、ポーラ・ホワイト氏も、「?!?」と思わせながらも、自分の上昇と成功のために神様があるという、実利重視型に見えた。

トランプ大統領のアドバイザー、Paula Whiteのビデオ。「私がホワイトハウスの地を歩く時、神様がホワイトハウスの地を歩いているのです」と叫ぶ

このような新しい宗教に対して、バイデン氏はカトリック教徒である。

トランプ氏より、バイデン氏はずっと何倍も伝統的な米大統領像に見える。

カトリックであれプロテスタントであれ、歴史に名を刻む信仰深いアメリカ大統領と同じように、バイデン氏も「使命」を信じて他国に介入していくのだろうか。

人権と民主主義を旗印に他国に圧力をかけるのは良いが、それが宗教がかると、多くの日本人としては馴染めなくなるだろう(だから筆者には、フランス型のライシテ・政教分離の民主主義のほうが合っている)。

党でははかれない外交戦略

ドイツの政治学者、マルクス・カイム氏は、「アメリカは今後も内向きであり続けるだろう」「ビッグブラザーの保護の時代は終わった」と予測している。(ビッグブラザーとは、決して良い意味ではない)。

「世界において、アメリカが軍事的・政治的に関与しないことは続いていくだろう」というのだ。

歴代米大統領で「最もアメリカの覇権に興味がない」と評されたオバマ氏もそうだし、実はトランプ氏もそうだった。

トランプ氏はアメリカの負担金にはうるさかったし、「アメリカの内部の力」を取り戻すのには熱心だったが、世界への軍事的・政治的覇権には、やはり興味を示さなかった。

「バイデンも自分の国が終わりのない人気のない戦争で、泥沼化するのを望んでいない」という。

また、上述のジャクボウィッチ氏は、そもそも「外交政策に関しては、民主党と共和党の間に本当の意味での違いはない」と語る。両党とも、アメリカ外交の2大方針と思想である「介入派」と「孤立派」の流れに引き裂かれているからだ。

例えば、共和党側では、ブッシュ政権は外国介入に乗り出したが、トランプ政権は逆だった。

「民主党の中では、バイデンはタカ派ではないとの評判が高い」と氏は述べている。

このために、オバマ政権下では、オバマ大統領とバイデン副大統領との間で、意見の相違が出てきたのだという。

ジャーナリストのソニア・ドリディ氏は、ジョー・バイデンに関する伝記の中で、早くも2008年には「彼はアフガニスタンでの米軍の活動を制限したいと考えていた」と説明している。結局、ヒラリー・クリントンの強い勧めで、バイデンの助言に反して、オバマ大統領は3万人の追加兵士の派遣を許可したという。

また、パキスタンにおいても「複数の情報源によると、バイデン副大統領はオバマ大統領に、オサマ・ビン・ラディンに死をもたらす襲撃に許可を与えないように助言したと主張した」「バイデン氏によると、危険すぎるとのことだった」と伝記は語る。

「バイデン政権はタカ派になるのか、ならないのか。政権は大統領の慎重さにならったものになるのだろうか。全ては未来の政権の構成にかかっている」とジャクボウィッチ氏は言う。

目下、アメリカでは次期アメリカ国連大使が誰になるかが、注目を集めている。

バイデン氏と民主党指名を争ったピート・ブティジェッジ前インディアナ州サウスベンド市長(38)や、ヒラリー・クリントン元国務長官(73)、オバマ政権時代に国務次官として北朝鮮やイランの核問題を担当したウェンディー・シャーマン氏(71)など、大物の名前が挙がっているという

どのような人材をどのポストに置くかで、今後のバイデン外交が見えてくるだろう。

民主主義サミットと中国

ジャーナリストのピエール・アスキは、民主主義サミットと中国に関して言及している

確かに、トランプ氏が一国主義、アメリカ第一主義を信じていたのに対して、バイデン氏は多国間外交に復帰することが期待できる。しかし、オバマ時代に戻ることはもはやない、世界は変わってしまったからだという。

トランプ政権によってだけではない。終焉を迎えていたが、まだアメリカの覇権があった世界に、分断された極が出現したからである。

ジョー・バイデンには、覇権を再確立するという願望もないし、何よりも手段ももっていないだろう。

それどころか、バイデン時代の真の課題は、この新しい多極化世界の構造だ。これは、日々目にする混沌とした残忍な形で出現している。そしてこのために、バイデン氏は、前任者によって敵よりも酷い扱いを受けることもあった民主主義国の連合を復活させようとしている(注:「敵よりもひどい扱いを受けた民主主義国」というのは欧州のことだろう。前掲記事参照)。

ジョー・バイデンは、就任1年目に「民主主義サミット」を開催し、国々と市民社会を結集して統一戦線を提示することを、既に発表している。正確には「自由世界の国々の精神と共通の目的を刷新するための民主主義のための世界サミット」である。

この集まりの目的は、腐敗との闘い、(特に選挙の安全を保障することによる)権威主義との闘い、および世界的な人権の促進、これらのコミットメントを獲得することであるーーと述べられている。もちろん、国連人権理事会への参加の意欲も忘れていない。

これがアメリカのリーダーシップの下での反中同盟を意味するのか、それとも(トランプ政権による)何年もの後退と権威主義的な脅威の後に、民主主義を刷新するための真の努力を意味するのかは、まだあまりにも漠然としていてわからない。

ーーアスキ氏は、以上のように論評している。

フランスの国際ニュース専門チャンネル「France24」によれば、トランプ氏による中国企業への制裁が今後どうなるかはまだわからないが、バイデン氏は、前任者よりは一方的ではないアプローチを採用する意向であるという。

中国と対立する同盟国と協力して、気候問題であれ、世界の公衆衛生であれ、核不拡散であれ、特に北朝鮮との関係であれ、ライバルに集団的な圧力をかける計画であるとみなしている。

民主主義サミットと日本の行方

もし仮に「民主主義サミット」が反中同盟になる場合、日本はどういう立場に置かれるのか。

今まで安倍政権と自民党は、西欧的な「すべての人間が生まれながらにもつ、普遍的な人権」に懐疑的だった。それは自らの考えであると同時に、隣国中国を刺激しないという意味で、現実的な姿勢でもあった。

中国の軍事覇権が問題となる今、菅政権は「民主主義サミット」に積極的に参加するのだろうか。参加しなければ、アメリカの支援による安全保障が得られないだろう。でも参加すれば、経済的に厳しい立場になる上、隣国との軍事的緊張が高まるだろう。(そして、日本以上にもっと何倍も朝鮮半島は難しい立場に置かれ、右往左往するだろう)。どのみち、難しい舵取りが迫られる。今後の成り行きによっては「決断の時」が訪れるかもしれない。

だからこそ日本は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の締結を急いだのかもしれない。あれほど日本は、中国に比重が偏らないよう、インドの参加を熱望していた。そもそもインドを引き入れたのは、日本主導だと言われる。

「この情勢ではインド抜きでも仕方がない。経済のことは、今はある程度犠牲にしても仕方ない。今のうちにアジア(とオセアニア)だけの集団の枠組みをつくってしまわないと」と決断したのだろうか。

対ロシアはどうなる

一方、ヨーロッパのほうでは、もう昔のように、アメリカにとって欧州が最も密接な地域であるという時代はやって来ない、アメリカは太平洋を向いている、という認識が全体にあるように見える。

ただ、France24は、バイデン氏はロシアの攻撃に対抗する意思が強いと判断している。「民主党が前任者よりも妥協を許さない問題があるとすれば、それはロシアである」と。

バイデン氏は「今のアメリカにとって、安全保障と同盟関係において最大の脅威に関することだ」「我々は、ロシアの国際規範違反に対して、真の代償を支払わせなければならない。プーチン大統領の独裁的権威主義体制に勇敢にも反対してきたロシアの市民社会とともに、立ち上がらなければならない」と述べたのだという。

現状を見れば、的を射ている政策ではあるし、対ロシア強硬姿勢というのは、バイデン氏が77歳で、冷戦時代を身を以て知っていることを考えれば、納得がいく。中国よりも力が入りやすいかもしれない。

冷戦終了時(1989−90)に、バイデン氏はすでに40代後半だったのだ。

ちなみに、西欧&北欧の首脳の平均年齢は約50歳で、冷戦終了時にはまだ20歳くらいだった。彼らは、EU設立を定めた1993年発効のマーストリヒト条約の世代なのだ。欧州では世代交代が急激に進み、若々しい布陣なのは、EUの進歩についていける首脳が各国で必要だったからとも言えるのではないか。

ロシアとの関係が緊張し、東欧がロシアの軍事的脅威を感じると、たちまち欧州ではアメリカへの依存度が高くなる。特に東欧では、アメリカの力に頼る声が増大する。EU軍はまだ存在しないからだ(たとえ存在することになっても、弱そうだ。かつて多民族国家・ハプスブルク家のオーストリアの軍隊が弱かったように)。

これからどの程度ロシアと軍事的緊張が高まるかは、まだわからない。

ロシア以外に関して言えば、「アメリカがアジアにより深く関与できるよう、ヨーロッパは近隣の安定のために、より多くの責任を背負い、地理的分業を提案できる」(カムイ氏)ようになることは間違いないだろう。

今後はEU内では、メルケル首相のように「大西洋の友情が不可欠である」と考える人たちと、欧州はEUの枠組みで、より一層独立性を増していくべきだと考える人たちに分かれていく傾向が、引き続き見られるだろう。

どちらの声が強くなるかは、ロシア情勢が大きな鍵となるに違いない。

日本はどうなるのか

日本にとっても、ロシア情勢への注意は必要だ。

クリミア併合の時にもそうだったように、ロシア情勢が不安定になると、今までも必ず玉突き状態で、ロシアから中国、そして日本へと影響を及ぼしてきたからだ。

まだ今後どうなるのかわからないバイデン外交。「年齢から考えて二期目はない」と言われるが、日本は、アメリカに中国に北朝鮮、台湾・香港、オセアニアやアセアン諸国、そしてロシア・欧州へと、注視に息がつけない状況が続くに違いない。

安倍政権の「全方位外交」で、どこの国とも仲良くしようとする時代、仲良くできる可能性がないわけではない時代は終わった。自国の安全保障と経済の利益を求めて、難しい舵取りと取捨選択が迫られる時代になるのかもしれない。

それでもほっとする欧州

アメリカの著作家マイケル・ウォルフ氏は、著書の中で「トランプ大統領は顧問がつくったノートを見ることもしないし、バルト諸国とバルカン諸国を混同している」と述べた。要するに、外国に疎かったのだ(ただし、このような米大統領は、トランプ氏が初めてではない)。

その点、バイデン氏はすでに経験豊富な政治家である。

オバマ政権下では8年間副大統領をつとめた。1975年には、強力な力をもつ上院外交委員会に参加しており、イランやソ連への渡航を許可された。オバマ大統領の下では、世界各国の首脳と面会し、何度も外訪している。アメリカの政策を守る役割を担っていたので、主要な地政学的問題と国際政治の謎を完全に認識している。

ワシントンの権力の謎について50年近くの経験を持つこの老練な政治家は、大統領選挙中に、強迫的なツイートではなく、専門家と相談して決定することを通常の状態に戻すことを約束したのだ

やはり、欧州はほっとしたと言わざるをえない。欧州連合(EU)加盟国は、ペンシルバニア州の集票の結果、バイデン当確が報じられると、次々とバイデン氏に祝電を送った。送らなかったのは、トランプ氏が勝利宣言を出したときに、すぐに祝いのメッセージを送ったスロベニアだけだという。

欧州首脳の中でもドイツのメルケル首相は、「バイデン氏はドイツのことも欧州のことも、よく知っている」として、熱い歓迎メッセージを送った。

なぜメルケル首相が引き合いに出されるのかというと、西欧の主要国で、オバマ&バイデン政権の時代に首脳だったのは、もうメルケル首相くらいしかいないからだ。オランダのルッテ首相等、数人を除いて、あとは既に首脳がかわっている。

前述したように、現在、西欧&北欧の首脳の平均年齢は約50歳、メルケル氏は西欧最年長で66歳。一方で、バイデン氏は77歳、菅首相は71歳だ。

「お年」で同世代という点だけは、アメリカと日本の首脳は波長があうかもしれない。欧州の若々しい布陣のほうは、バイデン外交とどう作用しあうかは、未知数である。

(ちなみに東アジア首脳の平均年齢は約60歳、金正恩氏を入れなければ約64歳だ)。

このことは重要なポイントで、習近平氏も、プーチン氏も、金正恩氏も、バイデン氏とは旧知の間柄である。日本としては、新たなパイプづくりが一層大事になるだろう。

参考記事:次期アメリカ大統領は高齢者決定。いま先進国と東アジアのリーダーの平均は何歳か。驚きの結果に。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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