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お客様は神様の日本でカスハラ、背景に「すぐ謝罪する従業員。融通の利かなさ。嫌がらせの連鎖」か 米報道

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
カスハラ対策に取り組み始めた日本のホスピタリティ業界。写真はイメージ:筆者撮影

 「おもてなし」を重視した行き届いたサービスが外国人観光客から賞賛されている日本。そんな日本で、従業員に対する客の嫌がらせ行為、いわゆるカスタマー・ハラスメント(以下、カスハラ)が起きている現状やカスハラが起きる背景、従業員を守る必要性から経営者が「お客様は神様」とは考えなくなっていることなどについて、米有力紙ニューヨーク・タイムズ電子版が「日本では、粗暴な客に仕返し」というタイトルと「この国はホスピタリティで有名だ。しかし、企業は、従業員に対して怒鳴ったり、ソーシャルメディアで従業員を苦しめたりする人々にうんざりしている」というサブタイトルで報じている。なるほどと頷かせるような指摘があったので、紹介したい。

サービスに対する高い期待値

 同紙は、昨年5月、ある温泉旅館に、チェックインの30分前に到着した宿泊客が、チェックインまで客を車で待たせるという旅館の対応に激怒して従業員に暴言を吐き、最終的には、専務が土下座して謝罪する状況に追い込まれた出来事をカスハラの例として紹介している。

 同紙が’カスハラの背景として示唆していることのひとつに、サービスに対する期待値が日本では高いということがある。「カスハラから逃れられる国はないが、サービスに対する期待は、お客様を神様と崇める有名な表現がある日本では特に高い。高級店の店員が客が店を出ていく時にお辞儀をしたり、ウエイター、バリスタ、ホテルの従業員が接客時に敬語を使う」と述べている。

 この指摘には筆者も納得する。帰国する度に、こちらの方が恐縮してしまうような日本の低姿勢の接客には驚かされている。もっとカジュアルに接してくれたり、放っておいてくれたりした方が、客としては気楽なのにと思うこともしばしばあるのは、アメリカでは、日本で行われているような、客に十分過ぎるほどのアテンションを注ぐ丁寧な接客を受けていないからかもしれない。翻って考えると、客も、それだけ敬意の払われた対応を、店側に期待しているということだろう。

 同紙もその点を、「客はより質の高いサービスを受けるに値すると思っている。客の期待値を下げる必要がある」という内藤忍氏(カスハラを正式に禁止する条例について東京都に助言する専門家委員会のメンバーで、労働法の准教授)のコメントを紹介して、指摘している。

すぐに謝罪する従業員

 さらに、同紙は、日本でカスハラを防ぐことが難しい理由について、こう述べている。

「カスハラを定義すること、ましてや禁止することは、日本では難しい。サービススタッフは客が憤慨していても、客とのあらゆるやり取りに耐えることが昔から求められているからだ。車掌が、電車が遅れたり数秒早く出発したりした時に(客に)許しを乞うというように、従業員は違反とみなされたことがあればすぐに謝罪する

 確かに、日本では従業員が客によく謝罪する。謝罪しなくてもいいのにと思うところでも謝罪するところがあるのは、気遣いや調和を重視する国民性であることはもちろんだが、“お客様は神様”という考え方がサービスのプロトコルに反映されているからかもしれない。例えば、あるカフェに入った時のこと、レジ係から「スタンプカードをお持ちですか?」と聞かれたので「持っていません」と答えると、「それは大変失礼致しました」と深々と頭を下げられたことがあった。なぜ謝罪するのだろうと驚いたが、おそらく、レジ係は、スタンプカードを持っていないという客にはそう接客するように定めている、サービスのプロトコルに厳格に従ったのだろう。

 同紙は、日本のサービス基準の硬直性が客を苛立たせることがあるのではないかとも指摘しているが、カスハラの背景にはプロトコルを厳格に遵守することを重視するサービスがあるということだろうか。言い換えると、日本のサービスは融通が利かないということもできるかもしれない。 

融通が利かないところもある

 同紙は、そんな融通の利かなさについて、「日本人は細かいところにまで気を配っており、観光・ホスピタリティ業界はそれを羨んでいる。しかし、融通が利かないところもある」という、テンプル大学スポーツ・観光・ホスピタリティ経営学准教授のベンジャミン・アルトシュラー氏のコメントで指摘している。同氏の指摘には納得できるものがある。

 もちろん、暴言を吐いてカスハラした客の態度は、旅館側がその後警察に通報したほどのものだったというから決して許容できるものではない。しかし、例えば、冒頭の旅館で起きたようなカスハラはそもそもアメリカのホテルで起きるだろうか? 車の中で待たせず、チェックインの時間よりも前に客が来たら、ロビーで待ってもらったり、スーツケースなどの荷物を預かって客の外出を容易にしたりするだろう。また、客室の準備がすでに整っていたら、早めのチェックインを可能にするなどの融通も利かせるかもしれない。アメリカで数多くのホテルに宿泊してきたが、午後3時チェックインではあるものの、飛行機が早朝着いたことから午前11時にチェックインさせてくれたホテルもあった。もちろん、日本にもフレキシブルな対応をするホテルはある。しかし、一般的には、従業員に対して、プロトコルを厳格に遵守させているところの方が多いのではないか。

 また、客側も、ホテル側が「車の中でお待ち下さい」という対応を取ったとしても、アメリカの人々は待たされるような状況には慣れており、激怒することなく、受け入れる傾向があるかもしれない。客側もフレキシブルに応じるところがあるように思う。その意味で、日本に欠如しているのは、双方がお互いの不都合な状況をリスペクトし、柔軟性のある姿勢を示すということなのではないか。

嫌がらせの連鎖か

 また、カスハラが起きる背景として、同紙は「客が従業員に嫌がらせをするのは、日本の過酷な職場環境で、上司や客から嫌がらせを受けたことがあるからかもしれない」とし、客への嫌がらせを研究している東洋大学社会学教授の桐生正幸氏の「彼ら(カスハラをする人々)は誰かに八つ当たりする必要があるのだろう」というコメントを紹介している。誰かに嫌がらせをされた者が、次には、別の誰かに嫌がらせをする。つまり、「嫌がらせの連鎖」がカスハラの背景のひとつとしてあるということだろうか。

客を神様と考える経営者は減少

 カスハラが起きる中、日本では「お客様は神様」とは考えなくなっているようだ。同紙は「考え方が変わった。今では、客を神様だと考える経営者は減っている」という、従業員をカスハラから守る責任を雇用主に負わせる法律の制定を求めている国会議員の田村まみ氏のコメントを掲載し、企業や労働組合、政府がカスハラ問題に取り組み始めている例も紹介している。

 例えば、昨年末、政府が1948年の法律を改正し、宿泊施設の経営者がホテルの従業員に嫌がらせをする客の宿泊を拒否できるようになったことや、労働組合UAゼンセン(繊維、化学、食品、一般サービス労働者を代表している)が、従業員をカスハラから守ることを雇用主に義務付ける規則を策定するよう政府に働きかけていることなどだ。

 「お客様は神様」という考え方を第一にしてきた日本のサービス産業が、従業員をカスハラから守るべく、「従業員も神様」という考え方も重視する方向へと転換していくのか注目される。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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