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HIMARSを撃破できないロシア軍と航空優勢を得ていない移動式ミサイル発射機狩りの難しさ

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ国防省より道路上で射撃体勢に入ったHIMARS(2022年7月の実戦)

 ロシアが侵攻したウクライナでの戦争で、アメリカが高機動ロケット砲システム「HIMARS」をウクライナ軍に供与して実戦投入開始(2022年6月24日に確認)してから既に半年以上が経ちますが、ロシア軍はこれをまだ1両も撃破できていません。ロシア軍自身は何度もHIMARSの撃破報告をしていますが、証拠の映像は一度も紹介されたことはなく全て虚偽の「大本営発表」だと見られています。

 ただし実はウクライナ軍もロシア軍の同級の射程の多連装ロケット発射機「スメルチ」をほとんど撃破できておらず、映像で視覚的に確認されたロシア軍のスメルチの撃破は僅か1両のみ(2022年10月5日にイジューム付近で確認:参考)という状況です。

 2022年2月24日の開戦以来、もう既に11カ月近く経ちますが、ロシア軍とウクライナ軍の両軍が保有しているスメルチの撃破確認がこの1両だけという状況は驚くべきことです。長射程であるゆえに後方に布陣しているので、撃破しても戦果確認が難しいというのはあるでしょう。知られていないだけで既にもっと幾つか撃破されている車両もきっとあるかもしれません。しかしそれらを差し引いても、おそらくほとんど撃破されていない可能性が高そうです。

航空優勢を奪えない戦いでの敵長射程兵器の捕捉は困難

 これは戦争が始まって以来、お互いに航空優勢の確保に失敗して、地対空ミサイルを恐れて敵陣の奥深くに戦闘機や無人機が侵入できず、最前線ですらレーダーに捕捉されないように極端な低空飛行を強いられ、満足に活動できていないという状況が大きく影響しています。

 ロシア軍とウクライナ軍の損害数を視覚的に確認して計測しているオランダのOSINT系の軍事サイト「Oryx」の日本語版を確認すると、以下のような状況です。

 2023年1月時点で火砲(榴弾砲や多連装ロケットなど)の損害は、撃破や鹵獲を含めて両軍合わせて800門を超えます。配備数が多い火砲や射程がやや短い火砲は損害が多い傾向が見られますが、スメルチ多連装ロケット(射程70~90km)と同等以上の射程の長い火砲やミサイル発射機の撃破は前述の1両だけしか報告されていません。

 NATOからウクライナ軍に送られたHIMARSやMLRS(射程70~90km)も撃破ゼロですし、ロシア軍とウクライナ軍が双方ともに装備する旧ソ連製のトーチカU短距離弾道ミサイル(射程120km)も撃破ゼロです。ロシア領奥深くに潜むイスカンデル短距離弾道ミサイル(射程500km)は言わずもがなです。

 過去の戦争の例で言えば、航空優勢を確保した状態ですらミサイル移動発射機を狩ることは困難を極めました。湾岸戦争ではアメリカ軍ですら逃げ回るイラク軍のスカッド弾道ミサイルの移動発射機を狩り切ることはできず、少数の撃破に止まってスカッド狩りは失敗だったと評価されています。

 それでも逆に言えば航空優勢を確保していれば幾らかは撃破できますし、撃破できずとも攻撃を続けることで移動発射機を逃げ回らせて飽和攻撃(多数の車両で発射して着弾タイミングを揃えた同時攻撃)を妨害することが可能です。飽和攻撃の企図を挫けばミサイル迎撃が楽になるというわけです。

 しかし航空優勢を確保していない状態では遠距離に居る移動目標には何も出来ません。敵陣奥深くに潜み移動する発射機は居場所を掴むことが出来ず、自由に行動されてしまいます。その結果が短距離弾道ミサイルどころか、射程70~90kmの大型ロケット弾の発射機(HIMARSやスメルチなど)ですらほとんど撃破できないという結果を招いています。全面戦争状態なのにこの射程の兵器ですら撃破が困難になるというのは、予想外だと言えます。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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