<ウクライナ>教育現場にのしかかる戦争、町から脱出の教師たちの苦悩 (写真12枚)
◆学校にも砲撃
戦火のウクライナ。各地で連日のようにロシア軍からミサイルや砲弾が撃ち込まれる。狙われるのは、軍事施設や行政庁舎だけではない。住宅地や商店も標的だ。子どもたちが通う学校までも破壊されている。 (玉本英子・アジアプレス)
私は昨夏、ロシア軍が近郊に展開する南部の都市ミコライウに入った。鉄筋アパートが立ち並ぶ大通りに行き交う人はまばらだった。ひっきりなしの砲撃で、町から逃れる住民があいついだためだ。ミサイルが炸裂したスーパーマーケットは、瓦礫やガラスが散乱し、爆発で地面が大きくえぐられていた。
ミコライウを脱出した小学校教師、リマール・ミロスラヴァさん(24)は、自宅アパートが軍事空港に近く、ミサイル攻撃を恐れて昨年4月に町を出た。現在は、避難先のオデーサ市内の学校で教えている。避難後、両親が残るアパートが被弾し損傷。2週間前には、彼女が勤めていたミコライウの学校が破壊された。
「学校が砲撃されるたびに、ひとつまたひとつと校舎が消されていく。私たちの存在が抹殺されるかのように…」
リマールさんは言葉を詰まらせた。肩を震わせる彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。
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◆侵攻の町から脱出
ラリーサ・ネステレンコさん(53)は、東部ドネツク州の小さな町、ヴォルノヴァハの学校の教師だった。ロシア軍の侵攻が始まると、町は激しい砲撃にさらされた。水、ガス、電気も途絶えた。昨年2月、凍えるような寒さのなか、建物地下のシェルターで家族や隣人たちと肩を寄せ合った。
路上には市民の死体があちこちに転がっていたが、砲弾や銃撃を恐れ、誰も近づけずに放置されていた。戦闘が一時収まったところを、家族で脱出。その後、町はロシア軍と親ロシア派勢力によって制圧された。いまはリマールさんと同じオデーサの学校で働く。
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ヴォルノヴァハで教えていた小学6年の児童は30人。侵攻後、一部はドイツやポーランドなど周辺国に避難したが、多くはまだ町に残っている。ラリーサさんのSNSには、ヴォルノヴァハで撮った思い出の写真が並ぶ。職場の小学校、笑顔の児童たち…。離れ離れになった教え子たちとは今も安否を気遣うメッセージをかわす。再会できる日が来るかは分からない。故郷の町が占領されたなか、自分も家族も帰還できるのか、いつまで避難生活を送るのか見通せないままでいる。
◆併合地域で進む「ロシア化」
ロシアは、東部と南部で掌握した地域の一方的な併合を進めている。昨年9月の新年度では、これらの地域でも学校が再開されたが、カリキュラムはロシアの教育内容に沿ったものに改編されつつある。教員不足を補うため、特別報酬を出してロシア国内で教師を募り、すでに3万6千人の教師が派遣された、とロシアメディアは伝えている。ラジオフリーヨーロッパによると、就学児のいる家庭には、1万ルーブル(約2万4000円)の奨励金を給付して通学を促すという。
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昨年9月末、プーチン大統領が支配地域4州の「ロシアへの併合」を宣言。今後、教育の「ロシア化」が加速すれば、ウクライナの歴史や文化が否定され、侵攻が「正当なもの」として子どもたちに教え込まれる懸念も出ている。軍事力で地域を併合したロシアは、地図だけでなく、子どもたちの心まで塗り替えようとしているかのようだ。
ラリーサさんは、教室で小学1年の男児に補習授業をしていた。母親とポーランドに一時避難し、その後、帰還してきた男児の学習に遅れがあったためだ。戦争と避難生活で心に落ち着きがなくなり、学習や日常生活に影響が出ている児童が少なくないという。
「愛情をもって接してあげることが、心に傷を負った子たちにとって大切なのです」
ラリーサさんは、そう話す。算数の引き算で、リンゴと梨の絵を見せながら、ゆっくりと教えていた。
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「10から3を引いたら7…先生あってる?」
ラリーサさんは「すごい、よくできたね」と優しく言葉をかけ、小さな手をぎゅっと握りしめた。男児は、かわいらしい笑顔を見せた。
◆子どもの心理ストレスが増加
困難に直面しながらも、教育現場では授業を維持するための取り組みが進められてきた。防空警報が発令されても、授業が続けられるよう退避シェルターが拡充されたほか、侵攻前のコロナ禍のなかで構築したリモート学習システムによるオンラインでの授業も取り入れている。国外の避難先でも、ウクライナの学習プログラムに沿った授業を履修すれば、オデーサの学校で修了の認定を受けることができる。
オデーサ市プリモルスキー区のオレーナ・ブイネヴィチ教育長(47)は言う。
「戦争下でもなんとか授業を継続しようと、教師たちは必死に向き合っています」
教育長が最も苦慮するのは、心理的に大きなストレスを抱える子どもたちが増え、心のケアをする心理カウンセラーのサポートが不可欠になったことだという。
教育現場にのしかかる戦争。教師も子どももその犠牲となっている。
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(※本稿はふぇみん2022年11月5日付記事に加筆したものです)