<ウクライナ>「死の町」 脱出の少女 日本の漫画アニメが心の支え(写真13枚)
◆ロシア軍が包囲、激戦のマリウポリ
ロシア軍が包囲する都市、マリウポリから決死の脱出を試みた母娘。15歳の少女が持ち出したのは、宝物にしていた日本の漫画とアニメグッズだった。漫画を心の支えにする少女を、オデーサで取材した。(玉本英子・アジアプレス)
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ウクライナ南東部の港湾都市、マリウポリ。今年2月に始まったロシア軍の侵攻後、最も破壊が激しかった町の一つだ。
産婦人科病院や市民が避難する劇場にまで爆撃や砲撃が加えられ、多数が犠牲となった。ロシア軍の包囲と攻撃は3カ月近くにおよび、市街地は廃虚と化した。
◆脱出時に持ち出したのは、日本の漫画とアニメグッズ
包囲下のマリウポリから脱出し、オデーサに避難してきた母娘と出会った。
「これが私が逃げるときに持ち出したもののすべて。どれも大切な宝物」
アリーサ・ゴンチャロワさん(15)が見せてくれたのは、日本の漫画翻訳本とアニメグッズだ。脱出時、小さな手提げバッグに詰め込んだ。
好きな漫画アニメは「呪術廻戦」「ギヴン」「東京リベンジャーズ」で、絵の繊細さが魅力という。
「オハヨウゴザイマス」「イタダキマス」は、アニメで覚えた日本語だ。
◆降り注ぐ砲弾、アパートに炸裂
幼い時に父が病死。母のスヴェトラーナさん(40)が愛情を注いで育て上げた。
楽しかった日々は、ロシア軍の侵攻で暗転する。連日、市内に砲弾が降り注ぎ、防空サイレンが響き渡った。アパートにも炸裂し、建物が大きく揺れた。
「天井は崩れ、ベランダは吹き飛びました。生きていたのが奇跡」
電気、水道、ガスが止まり、隣人たちと食料を分けあった。砲撃のなか、住民が交代で枯れ木を拾いに出かけ、震える夜の寒さを焚火でしのいだ。
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◆死体転がる道を走り抜け
「このまま檻(おり)のような町で死ぬしかないなら、せめて路上で死のう」
スヴェトラーナさんはそう決意し、娘と脱出を試みた。
隣人の運転する車に乗り、焼け焦げた戦車や死体が転がる道路を一気に走り抜けた。アリーサさんが目にしたのは、柱に鎖でつながれた兵士の死体だった。
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◆チェロ演奏のステージに鉄格子
「美しかったマリウポリのほとんどが破壊され、“死の町”になりました」
スヴェトラーナさんはうなだれた。
かつてチェロを習っていたアリーサさん。オデーサに避難後、報道で見た写真が忘れられない。チェロの発表会で演奏したコンサートホールのステージに、鉄格子が作られていたのだ。
ロシア軍と親ロシア派勢力が、アゾフスターリ製鉄所の攻防戦で捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。国連の人権機関はこれに懸念を表明。だが、マリウポリのロシア支配は進みつつある。
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オデーサに逃れてからも、アリーサさんはふさぎ込む日が続いた。
学校の担任教師や知人らが亡くなったと聞いたからだ。祖父母はロシア軍支配下の町にまだ残ったままで、国外や国内各地に避難した同級生たちとは離れ離れになった。
いまでもよく悪夢にうなされる。迫りくる砲撃から逃げようと、必死にもがくのだという。
◆アニメと漫画が心の支えに
アリーサさんは言った。
「戦争は本当に恐ろしい。大切な人への感謝の気持ちを忘れないようにしたい。その人や私が、明日にはいなくなってしまうかもしれないから」
母スヴェトラーナさんは、オデーサでアニメショップを探し、娘を連れて行った。ショップ「ヨロコビ」のカーチャ店長は、アリーサさんの傷ついた心を少しでも癒すことができればと、店を手伝ってもらうことにした。
カーチャ店長はこう話す。
「いま、戦争下の過酷な現実のなか、アニメや漫画がほっとした気持ちにさせてくれる、心が創造的になる、と感じる若者が少なくありません」
アニメと漫画がアリーサさんの支えになり、悲しみで灰色だった心に、少しずつ彩りが戻った。
大好きな「ギヴン」のギタリストにあこがれ、アリーサさんはギターを習い始めた。
「いつか親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開きたい」
その時だけ、彼女は優しい笑顔を見せた。
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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月1日付記事に加筆したものです)