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<ウクライナ>「死の町」 脱出の少女 日本の漫画アニメが心の支え(写真13枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
町を脱出した際に持ち出した漫画とアリーサさん(撮影:2022年8月・坂本卓)

◆ロシア軍が包囲、激戦のマリウポリ

ロシア軍が包囲する都市、マリウポリから決死の脱出を試みた母娘。15歳の少女が持ち出したのは、宝物にしていた日本の漫画とアニメグッズだった。漫画を心の支えにする少女を、オデーサで取材した。(玉本英子・アジアプレス)

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ロシア軍に包囲され2月から4月にかけて最も戦闘が激しかったマリウポリ 
ロシア軍に包囲され2月から4月にかけて最も戦闘が激しかったマリウポリ 写真:ロイター/アフロ

ウクライナ南東部の港湾都市、マリウポリ。今年2月に始まったロシア軍の侵攻後、最も破壊が激しかった町の一つだ。

産婦人科病院や市民が避難する劇場にまで爆撃や砲撃が加えられ、多数が犠牲となった。ロシア軍の包囲と攻撃は3カ月近くにおよび、市街地は廃虚と化した。

アリーサさんがマリウポリ脱出時にバッグに詰め込んだ日本の漫画の翻訳本やアニメグッズ。「ギヴン」「呪術廻戦」「進撃の巨人」などが並ぶ。(撮影:2022年8月・玉本英子)
アリーサさんがマリウポリ脱出時にバッグに詰め込んだ日本の漫画の翻訳本やアニメグッズ。「ギヴン」「呪術廻戦」「進撃の巨人」などが並ぶ。(撮影:2022年8月・玉本英子)

◆脱出時に持ち出したのは、日本の漫画とアニメグッズ

包囲下のマリウポリから脱出し、オデーサに避難してきた母娘と出会った。

「これが私が逃げるときに持ち出したもののすべて。どれも大切な宝物」

アリーサ・ゴンチャロワさん(15)が見せてくれたのは、日本の漫画翻訳本とアニメグッズだ。脱出時、小さな手提げバッグに詰め込んだ。

「ハイキュー!!」はウクライナのアニメファンにも人気だ。マスコットはアリーサさんのお気に入りで、かわいいだけでなく、見つめると元気になるという。(撮影:2022年8月・玉本英子)
「ハイキュー!!」はウクライナのアニメファンにも人気だ。マスコットはアリーサさんのお気に入りで、かわいいだけでなく、見つめると元気になるという。(撮影:2022年8月・玉本英子)

好きな漫画アニメは「呪術廻戦」「ギヴン」「東京リベンジャーズ」で、絵の繊細さが魅力という。

「オハヨウゴザイマス」「イタダキマス」は、アニメで覚えた日本語だ。

◆降り注ぐ砲弾、アパートに炸裂

幼い時に父が病死。母のスヴェトラーナさん(40)が愛情を注いで育て上げた。

楽しかった日々は、ロシア軍の侵攻で暗転する。連日、市内に砲弾が降り注ぎ、防空サイレンが響き渡った。アパートにも炸裂し、建物が大きく揺れた。

ロシア軍の砲弾がアパートに炸裂。食料も尽きるなか、母と決死の覚悟で包囲下のマリウポリから脱出した。祖父母と叔母は町に残ったままだ。(撮影:2022年8月・玉本英子)
ロシア軍の砲弾がアパートに炸裂。食料も尽きるなか、母と決死の覚悟で包囲下のマリウポリから脱出した。祖父母と叔母は町に残ったままだ。(撮影:2022年8月・玉本英子)

「天井は崩れ、ベランダは吹き飛びました。生きていたのが奇跡」

電気、水道、ガスが止まり、隣人たちと食料を分けあった。砲撃のなか、住民が交代で枯れ木を拾いに出かけ、震える夜の寒さを焚火でしのいだ。

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◆死体転がる道を走り抜け

「このまま檻(おり)のような町で死ぬしかないなら、せめて路上で死のう」

スヴェトラーナさんはそう決意し、娘と脱出を試みた。

隣人の運転する車に乗り、焼け焦げた戦車や死体が転がる道路を一気に走り抜けた。アリーサさんが目にしたのは、柱に鎖でつながれた兵士の死体だった。

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アリーサさんの母、スヴェトラーナさん。「砲撃や戦闘で破壊され、マリウポリは『死の町』になった」と話す。(撮影:2022年8月・玉本英子)
アリーサさんの母、スヴェトラーナさん。「砲撃や戦闘で破壊され、マリウポリは『死の町』になった」と話す。(撮影:2022年8月・玉本英子)

マリウポリの学校の同級生はキーウやドイツに家族で避難し、離れ離れになった。(撮影:2022年8月・玉本英子)
マリウポリの学校の同級生はキーウやドイツに家族で避難し、離れ離れになった。(撮影:2022年8月・玉本英子)

◆チェロ演奏のステージに鉄格子

「美しかったマリウポリのほとんどが破壊され、“死の町”になりました」

スヴェトラーナさんはうなだれた。

かつてチェロを習っていたアリーサさん。オデーサに避難後、報道で見た写真が忘れられない。チェロの発表会で演奏したコンサートホールのステージに、鉄格子が作られていたのだ。

ロシア軍と親ロシア派勢力が、アゾフスターリ製鉄所の攻防戦で捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。国連の人権機関はこれに懸念を表明。だが、マリウポリのロシア支配は進みつつある。

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ロシア軍の侵攻前のマリウポリのコンサートホールのステージで、チェロを演奏するアリーサさん。(写真:家族提供)
ロシア軍の侵攻前のマリウポリのコンサートホールのステージで、チェロを演奏するアリーサさん。(写真:家族提供)

アリーサさんがチェロを演奏したコンサートホールのステージ。ロシア軍と親ロシア勢力は町を制圧すると、このステージに鉄格子を作った。捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。(マリウポリ市議会が入手し公表した写真)
アリーサさんがチェロを演奏したコンサートホールのステージ。ロシア軍と親ロシア勢力は町を制圧すると、このステージに鉄格子を作った。捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。(マリウポリ市議会が入手し公表した写真)

オデーサに逃れてからも、アリーサさんはふさぎ込む日が続いた。

学校の担任教師や知人らが亡くなったと聞いたからだ。祖父母はロシア軍支配下の町にまだ残ったままで、国外や国内各地に避難した同級生たちとは離れ離れになった。

いまでもよく悪夢にうなされる。迫りくる砲撃から逃げようと、必死にもがくのだという。

悲しい記憶がよみがえり、いまでもよく悪夢にうなされる。(撮影:2022年8月・玉本英子)
悲しい記憶がよみがえり、いまでもよく悪夢にうなされる。(撮影:2022年8月・玉本英子)

◆アニメと漫画が心の支えに

アリーサさんは言った。

「戦争は本当に恐ろしい。大切な人への感謝の気持ちを忘れないようにしたい。その人や私が、明日にはいなくなってしまうかもしれないから」

母スヴェトラーナさんは、オデーサでアニメショップを探し、娘を連れて行った。ショップ「ヨロコビ」のカーチャ店長は、アリーサさんの傷ついた心を少しでも癒すことができればと、店を手伝ってもらうことにした。

カーチャ店長はこう話す。

「いま、戦争下の過酷な現実のなか、アニメや漫画がほっとした気持ちにさせてくれる、心が創造的になる、と感じる若者が少なくありません」

アニメと漫画がアリーサさんの支えになり、悲しみで灰色だった心に、少しずつ彩りが戻った。

オデーサのアニメショップ「ヨロコビ」のカーチャ店長(左)は、アリーサさんを支えた。(撮影:2022年8月・玉本英子)
オデーサのアニメショップ「ヨロコビ」のカーチャ店長(左)は、アリーサさんを支えた。(撮影:2022年8月・玉本英子)

大好きな「ギヴン」のギタリストにあこがれ、アリーサさんはギターを習い始めた。

「いつか親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開きたい」

その時だけ、彼女は優しい笑顔を見せた。

ギターを習い始めたアリーサさん。ギターを弾くことで表情が明るくなったと講師は話した。親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開くのがアリーサさんの願いだ。(撮影:2022年8月・玉本英子)
ギターを習い始めたアリーサさん。ギターを弾くことで表情が明るくなったと講師は話した。親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開くのがアリーサさんの願いだ。(撮影:2022年8月・玉本英子)

マリウポリを含む東部・南部地域の4州は、9月末、プーチン大統領が一方的に「ロシアへの併合」を宣言。アリーサさんは、町に残る祖父母や叔母と引き裂かれることに。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)
マリウポリを含む東部・南部地域の4州は、9月末、プーチン大統領が一方的に「ロシアへの併合」を宣言。アリーサさんは、町に残る祖父母や叔母と引き裂かれることに。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)

幾日にもおよんだ取材を終えた日、母娘の2人が私に手渡してくれたマリウポリの紋章の旗。アゾフ海の青地に黄色い錨。母スヴェトラーナさんは言った。「いつか私たちの美しい故郷をあなたにお見せしたい。その日が来ると信じています」
幾日にもおよんだ取材を終えた日、母娘の2人が私に手渡してくれたマリウポリの紋章の旗。アゾフ海の青地に黄色い錨。母スヴェトラーナさんは言った。「いつか私たちの美しい故郷をあなたにお見せしたい。その日が来ると信じています」

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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月1日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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