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<ウクライナ>侵攻1年 子どもの心の傷、見えない被害(写真16枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
ぬいぐるみを抱きトラウマケアを受けるマーシャちゃん。(2022年7月・玉本撮影)

◆戦争で傷つく子どもの心

連日のミサイル攻撃や砲撃で市民の犠牲が相次ぐウクライナ。子どもたちにとっては、心の傷も深刻だ。昨夏、南部オデーサで、ぬいぐるみの犬を子どもの心のケアに取り入れる民間団体を訪ねた。(玉本英子・アジアプレス)

マーシャちゃん(6)は、自宅近くにミサイルが着弾して以降、大きな音や防空サイレンにおびえるようになり、心配した母は、マーシャちゃんを連れてぬいぐるみを使った心のケアを受けに来た。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)
マーシャちゃん(6)は、自宅近くにミサイルが着弾して以降、大きな音や防空サイレンにおびえるようになり、心配した母は、マーシャちゃんを連れてぬいぐるみを使った心のケアを受けに来た。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆ミサイルにおびえ

「この犬の名前はラッキー。私の大切な友だち」

ぬいぐるみの犬を見せてくれたマーシャちゃん(6)。ずっと落ち着きがなく、そわそわしていた。時に笑顔になるが、急にふさぎこみ、悲しそうな目でラッキーを抱きしめる。

3日前、マーシャちゃんの家の近くにロシア軍のミサイルが着弾した。大きな爆発音に震える娘を母は懸命になだめようとした。ずっと恐怖におびえたままのマーシャちゃんを心配し、ケアを受けに来た。トラウマケアに取り組むのは、民間団体キンダーヴェルトだ。

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子どもたちの心のケアをするカウンセラーのスヴェトラーナ・グロモワさん(25・右)。「戦争で建物が破壊されると、その被害は目に見えますが、心の傷は見えにくい」と話す。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)
子どもたちの心のケアをするカウンセラーのスヴェトラーナ・グロモワさん(25・右)。「戦争で建物が破壊されると、その被害は目に見えますが、心の傷は見えにくい」と話す。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆見えにくい心の傷

ぬいぐるみによる心療ケア「ヒブキ・プロジェクト」は、イスラエルの児童心理学者らが、戦争や災害で傷ついた子どもたちの心を癒やすことを目的に始めた。ぬいぐるみの犬を自分のパートナーとして抱いて、話しかける。

「戦争で建物が破壊されると、その被害は目に見えますが、心の傷は見えにくいのです」

カウンセラーのスヴェトラーナ・グロモワさん(25)は、そう話す。マーシャちゃんと母の心療アドバイスをしている。

「心に負った傷を取り除くのは容易ではありません。無理に抑え込むと傷はさらに深くなります。早い段階で不安をやわらげ、心理的な負担を少なくすることが必要です」

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トラウマケアに取り組む団体キンダーヴェルト。ぬいぐるみの犬を自分のパートナーとして抱いて、話しかける。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)
トラウマケアに取り組む団体キンダーヴェルト。ぬいぐるみの犬を自分のパートナーとして抱いて、話しかける。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)

子どもは、ぬいぐるみの犬に自分で名前をつけて語りかけ、抱きしめる。カウンセラーは話を聞き、一緒に絵を描くなどして、子どもの内面を見つめ、ケアする。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)
子どもは、ぬいぐるみの犬に自分で名前をつけて語りかけ、抱きしめる。カウンセラーは話を聞き、一緒に絵を描くなどして、子どもの内面を見つめ、ケアする。(2022年7月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆防空サイレンのたびにシェルターへ

ミサイルが直撃した集合住宅をいくつも取材した。

崩れ落ちた壁、飛び散ったガラス、一面に広がる瓦礫。人びとの生活が断ち切られた光景に胸が痛んだ。ミサイルや砲弾は軍事施設だけでなく、学校、病院、商店にも襲いかかる。

ミコライウ市内の集合住宅とスーパーマーケットにロシア軍のミサイルが炸裂した現場。壁は崩れ落ち、瓦礫が広がっていた。ミサイルや砲撃によって人びとの生活は断ち切られる。心に深い傷を負う住民も少なくない。(2022年8月・ミコライウ・撮影:玉本英子)
ミコライウ市内の集合住宅とスーパーマーケットにロシア軍のミサイルが炸裂した現場。壁は崩れ落ち、瓦礫が広がっていた。ミサイルや砲撃によって人びとの生活は断ち切られる。心に深い傷を負う住民も少なくない。(2022年8月・ミコライウ・撮影:玉本英子)

攻撃の兆候があると、防空サイレンが鳴り響く。そのたびに、市民は建物地下のシェルターに退避したり、部屋の窓から遠ざかったりする。

私も、爆発音とサイレンのなかシェルターに駆け込んだことがある。皆、スマホで着弾地点のニュースを調べ、家族の安否を確認していた。

住宅地の壁にある「退避シェルター」への案内表示。防空サイレンが鳴ると、集合住宅地下のシェルターに駆け込んだり、窓から遠ざかってサイレンが鳴り止むのを待つ。連日サイレンが鳴ることもあり、退避行動をとらない住民も。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
住宅地の壁にある「退避シェルター」への案内表示。防空サイレンが鳴ると、集合住宅地下のシェルターに駆け込んだり、窓から遠ざかってサイレンが鳴り止むのを待つ。連日サイレンが鳴ることもあり、退避行動をとらない住民も。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

街角には、避難シェルターを意味する「スホビシチェ」「ウクレッチャ」と書かれた案内板がいたるところにある。シェルターが多いのは、旧ソ連時代の冷戦期に核戦争が想定されていたのも背景の一つという。

オデーサ市内の集合住宅の地下にあるシェルター。頻繁に防空サイレンが鳴ることもあり、シェルターに退避しない住民もいる。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
オデーサ市内の集合住宅の地下にあるシェルター。頻繁に防空サイレンが鳴ることもあり、シェルターに退避しない住民もいる。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

古い住宅の地下にあるシェルターは、たいていコンクリートむき出しで薄暗い。壁には緊急時の行動マニュアルが掲示してあった。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
古い住宅の地下にあるシェルターは、たいていコンクリートむき出しで薄暗い。壁には緊急時の行動マニュアルが掲示してあった。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

オデーサにミサイルが着弾した日。オペラ劇場では上演中に防空サイレンが鳴り、観客もスタッフも地下シェルターに避難。スマホでミサイル着弾地点の情報を調べ、家族の安否を確認していた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
オデーサにミサイルが着弾した日。オペラ劇場では上演中に防空サイレンが鳴り、観客もスタッフも地下シェルターに避難。スマホでミサイル着弾地点の情報を調べ、家族の安否を確認していた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆戦争が日常の一部に

オデーサ市内の公立学校で校内に設置されたシェルターを訪れた。

半地下の窓部分には、爆発の衝撃を防ぐため、土のうが積まれていた。地下でも授業が継続できるように机と椅子が並び、飲料水や医薬品も用意されている。戦争の影響は教育現場にもおよんでいた。

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退避シェルターのある学校は出席・対面での授業を継続できるが、シェルター未設置の学校はオンラインでの授業に。この公立学校はシェルターが設置されている。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
退避シェルターのある学校は出席・対面での授業を継続できるが、シェルター未設置の学校はオンラインでの授業に。この公立学校はシェルターが設置されている。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

改修されたばかりの地下シェルター教室。地下に退避している時間でも授業ができるよう教室には机が並ぶ。半地下の窓に土のうが置かれていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
改修されたばかりの地下シェルター教室。地下に退避している時間でも授業ができるよう教室には机が並ぶ。半地下の窓に土のうが置かれていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

公立ヨーロッパ学校の地下シェルターを案内するユリア・バルドゥク校長。「児童にも戦争が日常の一部になっている。子どもたちの内面にどんな影響をもたらすか心配」(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
公立ヨーロッパ学校の地下シェルターを案内するユリア・バルドゥク校長。「児童にも戦争が日常の一部になっている。子どもたちの内面にどんな影響をもたらすか心配」(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

ユリア・バルドゥク校長(39)は、言う。

「悲しいことですが、児童にとって戦争が日常の一部になっている現実があります。この状況が、子どもたちの内面にどんな影響をもたらすか心配です」

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学校の地下シェルター。退避が長時間になる場合も想定し、簡易食料や医薬品も準備されていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
学校の地下シェルター。退避が長時間になる場合も想定し、簡易食料や医薬品も準備されていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

この学校では、戦闘の激しい地域から避難してきた児童・生徒を受け入れている。「過酷な体験をしているため、心理的なサポートで支えている」と校長は話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
この学校では、戦闘の激しい地域から避難してきた児童・生徒を受け入れている。「過酷な体験をしているため、心理的なサポートで支えている」と校長は話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

低学年の教室で、校長先生が見せてくれた児童のノート。ページの日付は2月22日。その2日後、ロシア軍がウクライナに侵攻。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
低学年の教室で、校長先生が見せてくれた児童のノート。ページの日付は2月22日。その2日後、ロシア軍がウクライナに侵攻。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

低学年の教室で、校長が児童のノートを開いた。最後のページの日付は2月22日だった。その2日後、ロシア軍の侵攻が始まった。ノートには、「美しい春の森のすがた」と書いてあった。

侵攻から1年。ウクライナの子どもたちに春が来る日を願ってやまない。

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地図は取材時の2022年8月時点の状況。東部・南部の前線地域では、現在もウクライナ軍とロシア軍・親ロシア派勢力の激しい攻防が続いている。(地図作成:アジアプレス)
地図は取材時の2022年8月時点の状況。東部・南部の前線地域では、現在もウクライナ軍とロシア軍・親ロシア派勢力の激しい攻防が続いている。(地図作成:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2023年2月14日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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