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犬の鳴き声は大騒音、その騒音レベルとは。でも人間も負けてはいない!

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

犬の鳴き声の騒音トラブルが増えている!

 十数年前に、日本全国を対象に市役所の騒音問題担当者にアンケート調査をしたことがあるが、以前と比べて増えてきた騒音苦情、騒音トラブルは何かを聞いたところ、下図に示すように、2位以下を大きく引き離して犬の鳴き声が圧倒的な1位だった。他の騒音問題は以前から変わらず発生していたが、近年になって犬の鳴き声が新しく騒音問題に加わってきたという結果である。理由は簡単である。番犬という言葉に示されるように、以前は犬は鳴いて当たり前という意識だったが、今は犬が鳴くのは異常なことだと捉えられているのである。今は番犬の時代ではなく、ペットの時代なのである。

(以前と比べて増えてきた騒音苦情、騒音トラブル。全国市役所騒音担当者アンケート調査結果より。筆者作成)
(以前と比べて増えてきた騒音苦情、騒音トラブル。全国市役所騒音担当者アンケート調査結果より。筆者作成)

 筆者のところでも、2匹の犬を室内で飼っている。現在3歳のチワワと12歳のフレンチブルドッグである。チワワは、体重3kgほどで体は小さいのだが、その鳴き声は甲高く、びっくりするほど大きな鳴き声である。一方、フレンチブルドックの方は全く鳴かない。飼いはじめてから数年ほどは鳴き声を一切聞いたことがなかったため、声帯がおかしいのかと心配し、何とか鳴かせようと色々な方法で興奮させたところ、やっと、だみ声だったが一声鳴かせることができた。異常はなかったものの、こんな犬も珍しいのではと思っている。

鳴き声の最も大きな犬は? 最も甲高い鳴き声の犬は?

 上記のアンケート調査結果を受けて、犬の鳴き声に関するデーターを収集するため、騒音測定を実施することとした。前回記事の子どもの声の場合と同様に、犬の鳴き声も騒音とは認識されていなかったため、本格的な騒音のデーターがなかったのである。

(犬の鳴き声の騒音測定風景。筆者撮影)
(犬の鳴き声の騒音測定風景。筆者撮影)

 北里大学の獣医学科に協力をお願いし、いろんな種類の犬の鳴き声を測定した。グランドの中に杭を立てて犬を繋ぎ、犬から半径5mの円形状に8個の騒音計を配置して、前後左右で鳴き声を同時測定した。一番苦労したのは、犬がなかなか鳴いてくれないことで、やっと鳴いても、一番大きな声で鳴いてくれないとデーターにならないので、獣医学科の学生達にいろいろ試してもらって、ようやく測定できるという状態だった。大変な測定になってしまったが、シベリアンハスキー、シェパード、ビーグル、ミニチュアダックスフンド、ウエルシュコーギー、シュナウザー、トイプードル、パピヨン、ヨークシャーテリアなどの測定を行うことができた。これらの鳴き声はCDに収録してあるので、研究などで利用したいという人がいたら、ご連絡頂ければ提供する。多分、いないと思うが。

 測定結果の主なものを下図に示した。測定した犬の中で最も鳴き声が大きかったのはシェパードで、その大きさは、何と100デシベル。すごい大きである。街の雑踏が60~70デシベル、うるさい工場内が90デシベル程度、右翼などの拡声器の音の規制値が10mで85デシベルであるから、5mで100デシベルの音がいかに大きいかがわかる。

(犬の鳴き声の最大騒音レベル。筆者作成)
(犬の鳴き声の最大騒音レベル。筆者作成)

 仮に、隣家の庭でシェパードが飼われていて、これが鳴いたら自分の家の中でどれぐらいの音になるか。距離5mといえば、都会では丁度、隣の庭と室内の距離ぐらいであるから、室内では、窓や壁の遮音性を引いたぐらいの騒音になる。窓を閉めた時の壁の遮音性能は30デシベルぐらいであるから、室内では70デシベルぐらいになる。これは、日中でもうるさくてしょうがないぐらい、電話やテレビの音も聞きづらいぐらいの騒音となるので、これは大問題である。トイプードルやパピヨンなどの小型犬でも鳴き声は約90デシベルと大きく、同じように考えると室内で60デシベルほどになるので、やはりかなりうるさい騒音となる。したがって、家の密集している都会などでは、犬を庭で飼うことは適当ではない。犬を外で飼うのは虐待だと思っているが、騒音の面からも、犬は室内で飼わなければならないのである。

 鳴き声の最も大きな犬はシェパードだったが、では最も甲高い鳴き声の犬は何かといえば、測定した中ではパピヨンだった。犬の鳴き声は人の声と同じで、下図のスペクトル分析結果に示すように、基音(基準となる最も低い周波数の音、ピッチ周波数とも呼ぶ)とその倍音(基音の整数倍の周波数の音)から構成されている。この基音を比較したところ、上図に示すように、パピヨンが1400ヘルツで最も高く、一番低かったのはシベリアンハスキーで400ヘルツだった(下図)。他の多くの犬は大体500~800ヘルツだった。人間の場合は、男性が250ヘルツ前後、女性が500ヘルツぐらいなので、犬の方が人間より声が甲高いという結果だった。これは大して役に立たない情報であるが、犬好きの方へのちょっとした情報提供である。

(シベリアンハスキ―の鳴き声のスペクトル分析結果。筆者作成)
(シベリアンハスキ―の鳴き声のスペクトル分析結果。筆者作成)

人間も犬に負けていない!

 大学時代の筆者の研究室では、新たにゼミ生が配属になった時、大声測定という儀式を毎年やっていた。学生をグランドに連れてゆき、騒音計を5mの距離にセットして大声を出すのである。大声測定というのはいろんな所でやっているが、それらは条件がかなりいい加減なものが多く、その数値は当てにならない。距離がばらばらだったり、音圧レベルで測定しているのか騒音レベルか分からなかったりする。目の前に騒音計を置いて大声をだして、110数デシベルだったなどと報告しているものもあるが、音の距離減衰量は距離が2倍になると6デシベル減少するため、騒音計から10cmと20cmの距離で6デシベルの差が生じ、10cmと40cmでは12デシベルの差が出る。これらは体の動きだけで十分に生じてしまうため、誤差のないように距離を十分に取って測定しないと、正確な比較が出来ないのである。筆者の研究室は音が専門であったから、騒音測定の練習の意味と新人たちの懇親の場としてこのイベントを実施していた。

 最近の学生は大声を出すように言っても、なかなか本気で声を出す人間が少なくなってきたが、何回かやらせていると慣れてきて結構大きな声で叫ぶ。何年か続けてきて50以上のデーターが集まったが、殆どが騒音レベルで90デシベル程度、大きくてもせいぜい95デシベルぐらいだった。シャイな学生では85デシベルがやっとという者もいた。それらの平均を求めると91デシベルであり、犬の鳴き声の騒音レベルには大きく及ばなかった。ところが、たった一人だけ100デシベルを超えた学生がいた。普段から声の大きな豪快な奴だったが、測定結果は何と102デシベル。研究室では「シェパードを越えた!」と大騒ぎとなった。

海外では犬の鳴き声に厳しい規制、我が国ではどうすべきか

 話を犬の鳴き声に戻す。犬の鳴き声はこのように大音量である事から、外国では、犬の鳴き声を騒音と定義して、これを厳しく規制する迷惑防止条例を設けているところが多い。特に、米国では多くの都市でかなり厳しい罰則が設けられている。例えば、メリーランド州ボルチモア市では、犬が鳴き続けることは違法であると条例で明記されており、これに違反すると、1度目はアニマル・コントロール・オフィスの係官がやってきて警告を行う。しかし、2度目の違反になると100ドルの罰金、3度目の違反では300ドルの罰金、4度目の違反では犬を捕獲して敷地内から撤去してしまう。

 ハワイのホノルルでは更に厳しい動物迷惑条例が設けられている。昼夜の時間帯を問わず、犬が10分間鳴き続けた場合、または断続的に30分以上鳴いた場合には違法となる。最初の違反、または前の違反から2年以上経っている場合には50ドルの罰金だが、2年以内に同一の違反を犯した場合には100ドルの罰金、更に、同一の違反を2年以内に2回以上起こした場合には500ドル以上1000ドル未満の罰金か、または30日以内の懲役刑となる。犬が10分間鳴き続けると、飼い主が懲役刑になる可能性もあるのだから、実に厳しい条例である。

 米国以外ではどうであろうか。ドイツは他人の騒音に関して特に厳しい国として知られており、当然、犬の鳴き声の規制がある。月曜から金曜までは19時から翌8時(土日祝日は翌9時)までの間、連続して10分間、または断続的にでも時間を合計して30分以上鳴くと違法となる。米国の例とほぼ同じである。この規制対象となる鳴き声の大きさについても判例があり、住宅街の夜間では40dB、日中は55dBまでは適法とされているが、それ以上は違法となる。ドイツで3年間暮らしたことがあるという人の話しでは、とにかく犬が鳴かないのにびっくりしたという。規制の関係もあり、犬の躾が厳しく行われているのであろう。「犬と子供はドイツ人に育てさせろ」と言うそうである。フランスでもイギリスでも、同様に規制がある。

 しかし、我が国には犬の鳴き声による騒音被害を取り締まる法律や条令はない。そのため、騒音被害を受けた時は自ら訴訟をおこして争わなければならない。一般には、民法の中の動物の占有者等の責任に関する第718条(動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う)により損害賠償請求を行うことになる。しかし、よほど悪質な状況でない限り実際に損害賠償を得ることはなかなか難しく、また、犬の撤去などは認められないことの方が多いため、実質的な騒音対策とはなりえない。

 犬の管理に関する法律としては、「動物の愛護および管理に関する法律(動管法)」がある。この中でも、周辺の生活環境の保全に係わる措置の項があり、都道府県知事が飼い主等に環境保全のための必要な措置をとるよう勧告することが出来るとしている。しかし、この条項は多数の動物を飼育している場合を対象としているので、家庭で飼われている犬には適用が難しい。また自治体には、いわゆる「飼い犬条例」と呼ばれる条例が設けられており、飼い犬等により被害を受けたときは、自治体首長に届けなければならないこと、また必要ならば飼い主に犬の処分を命じることができるなどの条項を設けているが、これも犬が人を噛んだ場合を想定しており、鳴き声による騒音被害に適用できるとは考えられない。

 騒音訴訟の事例では、20年以上も犬の鳴き声で苦しめられ、3年近く裁判で争った結果、ようやく勝訴したものの慰謝料が30万円であった。外国とのあまりの落差に驚いてしまうであろう。法規制の是非の議論には様々な面があり一概には断じられないが、アメリカやヨーロッパのような法規制の制度があれば、個人が裁判を起こして争う必要がなくなることだけは間違いない。外国では、もともと犬は無駄吠えする動物ではないということがはっきりと認識されており、これを起こさせるのは飼い主の怠慢、管理放棄だという考え方である。したがって、飼い主に罰則規定が設けられ、厳しく処罰されるのである。「犬は吠えるものだ」というような感覚はそこにはない。日本もそういう意識をしっかりと持つべきである。地方などでは暑い夏も寒い冬も庭に犬を繋ぎっぱなしにしている家もあり、ストレスから犬が吠えまくるというようなこともあるが、このようなことが無いよう、社会的な意識の醸成が必要である。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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