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米国がシリアに対する新たな制裁法「シーザー法」を発動、その内容、そして影響は?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シーザー法発動

マイク・ポンペオ米国務長官は6月17日に声明を出し、シリアへの制裁を定めたシーザー・シリア市民保護法(略称シーザー法)が正式に発動されたと発表した。

シーザー法は、2016年に超党派の議員によって提出された法案で、シリア国民に対する犯罪を続けるシリア政府や軍の高官、これに資金、物資、技術面で支援を行う個人・団体、さらにはシリア政府と良好な関係にあるロシアとイランを支援する個人・団体に、資金凍結や渡航禁止といった制裁を科すものだ。また、シリア中央銀行の資金洗浄への関与を特定し、関与が認められた場合、追加措置を講じると規定している。

シーザー法は、2019年12月20日にドナルド・トランプ大統領が署名した2020年度国防権限法案に盛り込まれており、同法案施行から180日後に発動されると定められていた。

なお、法律の名前にある「シーザー」とは、シリア国内の刑務所、拘置所、軍関連の病院で拷問などを受けて死亡した犠牲者の写真約25,000点を持ち出した元諜報機関関係者のコードネーム「カイサル」の英語読みしたもの。持ち出された写真は2014年1月に公開された。

対シリア制裁の経緯

米国によるシリアへの経済制裁は、大統領令第13338号(2004年5月11日)をもって本格的に発動された。以降、第13399号(2006年4月25日)、第13460号(2008年2月13日)、第13572号(2011年4月29日)、第13573号(2011年5月18日)、第13582号(2011年8月17日)、第13606号(2012年4月22日)、第13608号(2012年5月1日)の施行を通じた追加措置がとられ、「テロ支援」(パレスチナ諸派やレバノンのヒズブッラーへの支援)、レバノン不安定化、大量破壊兵器開発、イラク不安定化、国内の汚職、国民への人権侵害や弾圧を理由に、資産凍結、渡航規制、輸出入・送金の停止などが行われてきた。

ドナルド・トランプ政権下では、トルコによるシリア北部への侵攻やイスラーム国に対する「テロとの戦い」の終了を受けるかたちで、2019年10月14日に大統領令第13894号が施行され、シリア政府・軍の高官や支援者に制裁を科すことが定められた。

アサド大統領夫妻らが制裁対象に

ポンペオ国務長官はまた、米財務省と国務省がシーザー法と大統領令第13894号に従い、39の個人・団体を制裁対象に指定したと発表した。

シリア政府に経済的・政治的な圧力をかけ、その収入を断ち、それが戦争やシリア国民の大量虐殺に拠出されるのを食い止める持続的なキャンペーンを開始するのが目的。

制裁対象に指定されたのは、バッシャール・アサド大統領、アスマー・アフラス夫人(大統領令第13894号2(a)(i)(A)および2(a)(ii)の適用対象)、ビジネスマンのムハンマド・ハムシュー氏、ファーティミーユーン旅団(同2(a)(i)(D)の適用対象)、アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将(同2(a)(i)(A)の適用対象)、姉のブシュラー・アサド、マーヒル准将の妻のマナール・アサド(ジャドアーン)(同2(a)(ii)の適用対象)など。

ポンペイ国務長官はまた、シリア政府を支援し、国連安保理決議第2254号に基づく和平・政治プロセスを妨害する個人・団体に対して、今後数週間、数ヶ月間にわたって追加制裁を続けるとしたうえで、「アサドとその体制がシリア国民に対する無用で野蛮な戦争を止め、シリア政府が国連安保理決議第2254号に基づく政治プロセスに同意するまで」制裁を科すと強調した。

なお、米財務省によると、今回制裁対象となったのは以下39の個人・団体:

  • アスマー・アサド
  • ブシュラー・アサド
  • マナール・アサド
  • ラーニヤ・ラスラーン・ダッバース
  • サーミル・ダーナー准将(第4師団)
  • アーディル・アンワル・ウラビー
  • ハーリド・ズバイディー
  • ガッサーン・アリー・ビラール(第4師団)
  • スマイマ・サービル・ハムシュー
  • アフマド・サービル・ハムシュー
  • アリー・ムハンマド・ハムシュー
  • アムル・ムハンマド・ハムシュー
  • ナズィール・アフマド・ムハンマド・ジャマールッディーン
  • ナーディル・カライー
  • バッシャール・アサド
  • マーヒル・アサド
  • ムハンマド・ハムシュー
  • アンマール個人会社LLC
  • キンマ開発計画LLC
  • アート・ハウスGmbH
  • ダマスカス・ブンヤーン証券会社
  • キャッスル・ホールディングGmbH
  • ダマスカス・シャーム・マネージメントLLC
  • エブラー・ホテル
  • シリア軍第4師団
  • グランド・タウン観光都市
  • カルイー工業
  • ミールザー社
  • ラーマーク開発人道計画LLC
  • ダマスカス・ラワーヒド株式会社
  • タマイユズLLC
  • テレフォーカス・コンサルタントInc
  • テレフォーカスSAL
  • タイミート商事LLC
  • アジュニハ株式会社
  • ズバイディー・ワ・カルイーLLC
  • ファーティミーユーン旅団

シーザー法の効果は?

前述した通り、シリアに対する米国の経済制裁は2004年から行われ、「アラブの春」がシリアに波及した2011年以降は、今回制裁が科されたアサド大統領らを含む政府・軍の高官およびその支援者・団体が多く制裁対象に加えられ、その数は565の個人・団体に達していた。

それゆえ、シーザー法に基づいてこれらの高官に新たな制裁が科されることに、実質的な意味はなく、政権へのダメージも少ないと考えられる。

むろん、シーザー法は、シリア中央銀行への追加制裁の可能性に言及している点、そして、シリア政府だけでなくロシアとイランへの協力者を制裁の対象としている点で、これまでの制裁とは異なっている。

このうち、シリア中央銀行への追加制裁は、資金洗浄への関与特定の期限とされる90日後の9月16日までに新たな動きが予想されるので、今後の動きを注視する必要があろう。

だが、ロシア、イランは、シーザー法の制定、そして発動に当初から反発しており、今回の措置が両国とシリアの関係に影響を及ぼすことはないと考えられる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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