テロ事件の島で夏合宿が再開、広島の被爆者がノルウェーの未来の政治家と平和について議論
ノルウェーの悲惨な連続テロ事件から4年。多数の若者が銃乱射により殺害されたウトヤ島で、事件後、労働党青年部のサマーキャンプが初めて再開された。
広島で被爆し、オスロで開催された祈年行事に招待されていた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の藤森俊希事務局次長。8日、島に渡り、青年部員たちと平和について語り合った。
「核廃絶訴え、オスロから広島と長崎へ祈り フィヨルドに浮かんだとうろう」
2011年7月22日、殺人犯であるアンネシュ・ブレイビクは、政府庁舎爆破で8人の命を奪った後、市内から車で1時間ほど離れたウトヤ島で10代を中心とした69人の命を銃乱射で奪った。当時島にいたのは、ノルウェーの巨大政党・労働党の卵である若者だった。毎年恒例の夏のキャンプで、政治について討論会などがおこなわれていた。
悲しみを乗り越えて
その後、島は閉鎖され、合宿は別の場所で開催されていたが、事件後、初めてとなる島での集会がおこなわれた。大量殺人が起きた島に、子どもたちが戻ってきたことは、国内外のメディアにも大きく取り上げられた。
労働党といえば、現・NATO事務総長であるイェンス・ストルテンベルグ氏をはじめとして(今回の合宿にも参加)、数々の歴代首相を輩出。殺人犯の標的となった理由である、移民の受け入れに積極的な方針に加え、核兵器廃絶を訴えている政党でもある。
被爆体験を聞く事を望んだ未来の政治家たち
若者たちは、広島の原爆から生き残った被爆者の体験談を聞こうと、藤森氏の訪問を心待ちにしていた。全国から部員が集まっていたため、地域ごとにテントが貼られ、藤森氏は順番に訪れた。
次期首相候補とみられている労働党のヨナス・ガーレ・ストーレ現党首もテントを訪問。藤森氏との挨拶後、未来の政治家たちを前に、ノルウェーは今後も核兵器廃絶に取り組むことを演説した。
サンネ・ポージャ・ハウグさん(17)は、「私にとっては別世界からきたような藤森さんの話を聞いて、信じられないような気持ちになりました。当時被爆した人だけではなく、被爆2世となり、白血病で命を落としたご家族のエピソードは衝撃的としかいいようがありません」。彼女の夢は、政治家になり、いつか首相になることだという。「私が首相になったら、核兵器は廃絶させる」と語った。
藤森氏は、「考えてみてください。核兵器で、世界は平和になるのでしょうか?」と問いかけ、未来を担う若者たちに、ノルウェーが先頭となり、核廃絶の世界的な世論が進むことへの希望を託した。
労働党青年部の若者たちと被爆者である藤森氏に共通するのは、悲惨な事件後も「復讐」という道を選ばなかったことだろう。「憎しみに負ければ、それこそテロ犯の思惑通りであり、愛と民主主義の精神をわたしたちは変えない」というのが、事件後のノルウェー社会で共通する思いだ。
藤森氏の所属する日本被団協、長崎の被爆者で日本被団協代表委員の谷口稜曄氏、広島の被爆者であるセツコ・サーロー氏は、今年のノーベル平和賞の候補に推薦されている。原爆投下から70年、平和への道が揺らぎ始めていると議論されている日本。平和賞の同時受賞は3人(団体)までとされているが、日本の憲法9条とともに、この中から受賞者がでる可能性はゼロとはいえない。
Photo&Text:Asaki Abumi