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精神医療の裏側を暴露―ノルウェー映画『リカバリー・チャンネル』が描くタブーとは

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
写真:ELLEN UGELSTAD / TWENTYONE PICTURES

現代の精神科治療にまつわる課題を描いた、珍しいノルウェー映画『リカバリー・チャンネル』(回復チャンネル/THE RECOVERY CHANNEL)が誕生した。この映画は、メンタルヘルス、人権、強制性を探求するニュース番組を中心に展開される。この番組は架空のものだ。

主人公のランディは、この『リカバリー・チャンネル』のニュースキャスターであり、異色のテレビ局でメンタルヘルスに関するニュースや報道を担当している。

彼女は、医療機関からの援助を拒否する妹との関係にも悩んでいる。ノルウェーの精神医療の問題を番組で取り上げながら、自身の妹をそこに送るしかないのか、家族に他の選択肢がないのはなぜなのか、と問い続ける。

架空の話であっても、ランディの悩みはノルウェーの現代社会で市民が実際に感じている問題を反映している。

なぜ、ほかの選択肢がないのか?

写真:KRISTOFFER ARCHETTI STØLEN/TWENTYONE PICTURES
写真:KRISTOFFER ARCHETTI STØLEN/TWENTYONE PICTURES

専用のベルトで身体を固定する強制拘束のシーンは、観る者に深い、つらい衝撃を与えることだろう。強制拘束や強制投薬、制度に従うしかない事業者、治療を拒否する家族との間で苦悩する家族、これらに挟まれた人々の人権が問われる。

なぜ、メディアはこの問題をもっと報道しないのか?本作は現代の精神医療が抱える課題を赤裸々に映し出している。

エレン・ウーゲルスタッド監督は、25年以上にわたる患者の家族としての自身の経験も映画に注ぎ込んだ。

首都オスロでの上映後、監督や関係者とのトークセッションが終わると、観客からの質問が続いた。筆者が見てきた映画館でのトークショーとは異なり、多くの観客が次々と手を挙げて自らの考えや体験を語りたがった。この問題に対する市民の切実な関心が反映されているようだった。

オスロでの映画館、上映後の現場で働く関係者たちのトークショー 筆者撮影
オスロでの映画館、上映後の現場で働く関係者たちのトークショー 筆者撮影

メディアへの批判を込めて

本作で描かれるニュース番組は、明らかにノルウェー公共局のニュース番組を模倣している。

監督に意図を聞いてみたところ、「映画にはメディアへの批判を意図的に込めました。メディアの報道はしばしば不名誉であるというレッテルを貼るものが多いからです。報道時間も短く、表面的な内容が多い中、『リカバリー・チャンネル』のような報道があれば理想的です。メディアにボールをパスする気持ちを込めました」と語った。

上映後の観客との対話を大切にする監督 筆者撮影
上映後の観客との対話を大切にする監督 筆者撮影

同作品の日本公開は未定である。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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