街のレガシーが地域の文化を育んでいく、豊岡劇場が目指すもの
古くから、映画館は親子のお出かけ、デートなど、人生の成長とともに、さまざまなコンテンツを体験する一つの場所でもあると同時に、文化の発信地であった。大衆文化のみならず、社会に対する批評性を感じ取ったり、喜怒哀楽、さまざまな感情を想起させる、個々人にとってなくてはならない場所として存在していた。
かつては地域とともに共生していた映画館も、近年は経営の難しさから閉館となることもしばしばある。一度閉館した映画館を再建し、地域における新たなコモンスペースになりうるのだろうか。
一度閉館した映画館を再建
兵庫県・豊岡市。コウノトリの生息地、カバンの街として知られている地域だ。そんな場所に「豊岡劇場」はある。
1927年に創業した「豊岡劇場」は、芝居小屋から始まり社交ダンスの場、戦時中は倉庫、戦後は、洋画などを中心に映画館と大衆文化の場として、地域住民に愛された続けてきた映画館であった。レトロな建物として存続してきたが、経営難とともに2012年3月にオーナーが閉館を決断した。
地元で不動産業を営む石橋設計の石橋秀彦氏は、幼少期に映画監督を夢見た場所であり街唯一の映画館の閉鎖に対してなにかできないかを考え、映画館のアーカイブの作成に着手し始めた。しかし、オーナーの急死により計画は一時頓挫。そこで、一日限りの上映会を企画したところ、220席が満席となり、上映会に際して地域住民からも再開の声が寄せられたことから、地元住民の思い出や愛情をどうにか継続しようと「豊劇新生プロジェクト」を立ち上げ豊岡劇場の再建に向けて動き始めた。
2014年7月、映画館のリノベーションためにクラウドファンディングで資金調達を行ったときにプロジェクトページに記載されている石橋氏の声だ。人口8万人の豊岡市に唯一の映画館であった豊岡劇場。映画のみならず、映画を軸に地域コミュニティの場として運用することとした。
クラウドファンディングは、結果的に200万円の目標に対し271万円(応募者110名)を達成した。再興に際して地元の但馬信用金庫からの協力も大きかった。融資などの資金支援だけでなく、兵庫県立大学で経営学で教鞭をとる西井教授を紹介し、ビジネスモデルの構築や経営面でのサポートなど地元大学との産学連携の形も行っている。
リノベーションでは、正面ファザードは変更を加えず、古い座席をそのままカフェの椅子に転用したりするなど、昔の雰囲気が残るような設計になっている。座席は一列取り外してテーブルを置くなど、一般的な映画館に比べて座席のゆとりを取り快適さを提供するなど、映画館における居心地の良さも随所にこだわりをみせている。
映画のみならず、キッズバザールなど地域にイベントスペースとして開放し、コミュニティ活動に寄り添った取り組みも積極的に実施している。
とはいえ、豊岡劇場は一般的なシネコンとは違い規模も小さい。そのため、上映する映画は二番館の位置づけだ。大きな転機になったのは、ディズニー映画「ファインディング・ドリー」を初のロードショー上映したことだ。古い付き合いのあったディズニーの部長がかつての豊岡劇場のファンであったことから、再開を聞きつけ、声をかけられたことがきっかけで実現した。
その後「ラ・ラ・ランド」などのメジャー作品の上映も実現。2017年8月15日にはディズニー映画で154席が満席になり、初の立ち見も出たという。時代の移り変わりとともに、一時は閉館した映画館が立ち見がでるほどの活気を取り戻したことの価値は大きい。
街の文化を支えるために映画館ができること
しかし、こうした映画館としての興行のみを追求するだけが、果たして映画館がやるべきことなのか、と石橋氏は考えている。
「たしかに、興行としてはロードショーやメジャー作品を上映し続けることで経営は安定するかもしれないが、同時に、映画が持つ文化的価値もきちんと提供しながら、映画そのものを楽しんでもらいたいと考えている。地域で唯一の娯楽施設兼文化施設であることは間違いないが、普段着の市民の生活の一部にあるものであるからこそ、街の文化を支えるものとしての価値も考えていかなければいけない」(石橋氏)
メジャー作品のロードショーを行いながら、芸術、文化、社会派映画などマイナーな作品も扱うなど、文化的側面も意識した作品を上映している。とはいえ、やはりそうした作品はメジャー作品とは違い地方においてはなかなか客足がまばらな時もある。マイナー映画は作品を上映する機会そのものが難しいなか、こうした映画館は映画産業全体のなかにおいても貴重な存在で、数多くの映画監督や俳優らがトークや舞台挨拶で訪れるようになっている。
映画館内には、カフェ・レストランを併設し、映画を見ない人であっても、自由にお茶や食事を取る場所を提供。カフェの経営や場作りに際して地元の若者を雇用し、地元でなにか新しいことにチャレンジしたい若者や事業者を支えている。石橋氏は「地方の可能性を作り出したい」と筆者に以前語っていた。
「地方の若者は、地元に大学がないので進学するために都心に出ていく。地元に留まる者はやりたいことがないので結局、都会に出ることになる。だからこそ、若者が地域に留まる場所作りを考えるべきだ」(石橋氏)
地域のためのコモン施設
2018年からは、豊岡劇場の向かいにある一軒家を借り上げ、第3のスペースとして活用し始めている。同スペースを活用し、映画上映の後に映画について喋る会や、地域の人に場所を開放して映画についての勉強会なども行っている。
映画というコンテンツを、ただ観るだけでなく、観た人同士が交流したり、意見交換をしたりすることで、映画の内容を深く理解したりすることができる。映画は、一人で観るものではなく誰かと共有することによって体験そのものが広がるはずだ。特に、社会問題をテーマにした映画の場合は、それらの問題を自分たちの身近な課題に紐付けて語ることで、地域課題を解決する役割も担っている。
「基本的な集客のアップやサービスの向上などを改善していきながら、映画のラインナップだけでなく、飲食、イベント、広報などの経営課題に注力しながら、映画館としての質はもちろんのこと、まちなかにおいて必要なコミュニティの場となれるよう尽力している。元々の発端である「豊劇新生プロジェクト」の目的をどこまで果たせたかはわからないが、一民間企業として生き残りのための工夫を毎月やっている。自由で独立した生き方を社会に提示していきながら、地域の人の「思い出」という価値を持続させたい、そういう場は日本各地にあるはずだ」(石橋氏)
映画館という街のレガシーの再構築
地域の歴史的施設である映画館を復活させ、新たな地域コミュニティの拠点として動き出している豊岡劇場の事例は、映画を通じた地域のつながりを再構築する取り組みでもある。
映画というコンテンツは、大衆娯楽としての側面のみならず、芸術文化や、社会批評などの社会課題を理解するなど、多様な価値観を醸成することが可能だ。Netflixなどのネット上で映画コンテンツが視聴できる時代において、リアルの場として地域に存在し大規模に人を集めることができる映画館のあり方を再構築するべきだろう。映画館で視聴することは、ただの映像コンテンツを体験するのみならず、”映画”そのものの体験性や他者との共有性といった、五感を使った体験こそ映画の持つ本来の価値ではないだろうか。
しかしながら、興行という側面で見たときには経営を維持するのは難しい。そうしたなか、アミューあつぎ「映画.comシネマ」のような「市民交流の場」かつ「高齢者保養施設」の認定施設であったり、札幌「シアターキノ」のような市民出資型のNPO型映画館といった運営体制そのものの特徴など、特出すべき取り組みを行う映画館も注目されている。
豊岡劇場は、文化における多様性を生み出すために、マイナーとメジャーを織り交ぜた作品もできるだけ上映しながら映画館としての興行としても成り立たせ、街の文化を醸成する役割としての映画館としての価値を、事業性と公益性(文化性)をもとに事業として成り立たせようとする石橋さんの思いを感じさせる。
かつては各地にあった映画館というハコ自体を見直すことによって、新たな地域を盛り上げる軸となる。同時に、「街の文化」という目に見えない価値に対して、どのようにアプローチし、事業性と公益性をどのように両立するか。地域における映画館というレガシー(遺産)がもたらす地域の価値についてまだまだ考える余地があるはずだ。
事業性を公共性をもとに、持続可能な地域コミュニティを考える「シビックエコノミーフォーラム」を7月8日に開催し、豊岡劇場の石橋氏にご登壇いただく。地域における社会的文化的価値を持続させていくために必要なこれからの「エコノミー」のあり方について、ともに考えていきたい。