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ベネチア・入場料徴収の効果は?オーバーツーリズムを回避するこれからの「観光」に求められるものとは

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
(写真:ロイター/アフロ)

このゴールデンウィーク期間中、あちらこちらでオーバーツーリズム問題が噴出してきた。

私の地元・鎌倉でも、混雑する江ノ電対策として、観光客に対し徒歩移動を推奨するキャンペーンを実施していた。(*1)あくまでキャンペーンであるため強制ではないものの、公共交通機関に乗車してほしくないという意思表示によるネガティブな側面については考えるべきかもしれない。

世界遺産のベネチア、旧市街地で入場料導入へ

前回の記事でもオーバーツーリズム対策を紹介してきたように、世界各地でオーバーツーリズム対策が本格化してきている。そのなかでも、世界的な観光地イタリア・ベネチアでは、4月25日から旧市街地への入場料徴収を試験的に開始すると発表した。

ユネスコが昨年、ベネチアを「危機遺産」に指定する案を検討したことから、「危機遺産」の回避策として自治体側が入場料導入に合意し実施にいたった。ベネチアには年間300万人以上が訪れる一方で、住民減少や水位上昇など深刻な課題を抱えていた。入場料導入は、このような状況を打開するための対策と位置づけられている。

具体的には、繁忙期である5月から7月の3ヶ月間の週末8時半から午後4時までの間に旧市街を訪れる日帰り観光客に対し、5ユーロの入場料が課される。当面は1日の入場者数に上限は設けられないが、観光客数を抑制し、持続可能な観光地を目指す施策だ。

ベネチアの入場料実験について、すでに5月の週末に実施された様子が報道されている。(*2)入場料が思った以上に安すぎて抑制効果があまりないのでは?といった指摘があげられ、来年は導入する日数を増やすことや、入場料を10ユーロに値上げするなどが検討されているという。

入場料を徴収する日数や入場料をあげることが、本当の抑制につながるのか、また、抑制のしすぎによってネガティブな効果を生み出すのではないか。ベネチアという観光地における中長期における戦略とも相まっており、今後の動向が注目される。

入場料徴収はゲーティッドへの前触れか?

オーバーツーリズム対策の一つである「観光税」は、主に公共交通機関や宿泊施設などにおいて利用料に上乗せする形で料金を徴収する。先のベネチアは、観光施設や名所という特定の施設ではなく、市街地という特定のエリアを往来するための入場料であり、いわば「通行税」とも言えるようなものに近く、そうした批判も否定できない。

ベネチアの入場料徴収が恒常化し、入場料そのものも値上がりするだけでなく、さらには入場させないために高いゲートや柵を設け市街地内に警備員を配置してしまえば富裕層向けのゲーティッドコミュニティのようなものに近く、もはや一般市民が立ち入れない場所になる恐れもある。そうした事態になってしまえば、景観そのものが失われ、観光地としての有り様そのものが破壊されるという本末転倒になるかもしれない。

事実、ベネチアでの入場料徴収の実施にあたって、現地ではデモ活動も起きている。本来であれば、公共空間という誰もが自由に出入りできる場所に規制をかけるという行為をどう捉えるべきだろうか。

コペンハーゲンが打ち出した新たな「観光」コンセプト

しかし、現状のオーバーツーリズムを放置すれば文化や生活環境、文化的な価値そのものが毀損されかねない。ツーリスト側のモラルやマインドそのものの変化も求められてくるだろう。

新型コロナ流行前の取り組みだが、当時オーバーツーリズムに悩まされていたコペンハーゲンは、「THE END of TOURISM as we know it」(私たちが知っている観光の終わり)というコンセプトを打ち出し、観光に対するあり方への新たな提案を行った。資料にはこうした内容が書かれている。(*3)

「観光客とは、いわば、一時的な地域の市民である。地域に住まう人もそこを訪れる人も、そこに関わるすべてが街を育む一員であり、多様なステークホルダーの責任のもと、協働で地域を創造していくものである」

足元にある文化や生活をないがしろにすることなく、住まう人、訪れる人それぞれで、地域を愛し、より良いものにしていこうというコンセプトは、今の時代に通じるものかもしれない。

体験型観光で文化への理解を深める

日本でも、「観光税」の導入や議論も活発に起きている。しかし、ただ観光税だけを取るのではなく、しっかりと観光地の歴史や文化を体験してもらい、ファンになってもらうというアプローチも重要ではないだろうか。

そこで注目されるのが体験型コンテンツの活用だ。

苔寺として知られる京都の西芳寺では、1977年から完全事前予約制のもと、読経や説法への参加を条件に庭園に拝観できる取り組みを実施している。最低でも60分以上の体験が盛り込まれており、参拝料も4,000円以上という設定だ。(*4)訪れる人も、心静かに自分自身と向き合う時間を過ごせるように、というコンセプトから、こうした仕組みを40年以上前から設けている。

経済的な観点からみても、通常の観光客は参拝時のお賽銭やお守りの購入といった程度で、よくて数百円程度だろう。それがゆえに、大量の観光客に来てもらうことでお金を落としてもらうという発想だが、果たして、ただ訪れただけでしっかりとした文化体験になるだろうか。

物見遊山的に見て回るだけが観光ではないはずだ。しっかりと体験コンテンツを提供することで、訪れた場所への愛着、思い出だけでなく土着文化に対する理解促進となるだろう。

受け入れる側も、観光客とのつながりを密にし、そこでの充実した観光体験をした人が、口コミやSNSなどを通じて、文化やその地域、名所への価値がシェアされていき、そうした価値を保全しようという考えも育まれてくる。

「映える」だけの場所から、その場所ならではの「体験」、その場所でしか生み出せない「価値」につなげる観光へのヒントがあるのではないだろうか。

共創関係で育まれる観光文化

オーバーツーリズム対策は、単に規制を設けるだけではなく、訪れる人々に文化や伝統を体験してもらうアプローチが重要になる。

大衆に迎合するのではなく、足元にある価値を大切にすること、訪れる側も地域の価値を大切にするための振る舞いやマナーを持って行動するという、共創関係によってそれぞれの文化を尊重し、保っていく新たな「観光」へとシフトしていくべきではないだろうか。

(*1)オーバーツーリズムどう防ぐ? 鎌倉で「歩き」促す実証実験

(*2)入場料導入も観光客あふれ 伊ベネチア、抑制効果に疑問も

(*3)THE END of TOURISM as we know it

(*4)京都・西芳寺 日々参拝

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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