地域課題を解決するコミュニティ・シアター
地域課題を解決する映画館
小田急線本厚木駅から徒歩5分、複合商業施設アミューあつぎの9階にある映画館、アミューあつぎ「映画.comシネマ」は、ちょっとユニークな映画館です。一言でいうと、ここは「地域課題を解決するための映画館」なのです。
一見したところ、この場所は普通の映画館と違いはありません。入り口の手前に、上映中映画のポスターが貼られています。公開されている映画はミニシアター系の作品が多いようです。ちなみに筆者が訪れた際に上映されていた映画は、「八重子のハミング」「ターシャ・テューダー」河瀬直美監督の「光」などでした。
但しよく見ると、ポスター下のテーブルには、映画の「感想ノート」が置かれています。ノートには、見た作品の感想を老若男女が思い思いに書き綴られています。筆者が若かりし頃の喫茶店には、よくこのようなノートが置かれていました。ポスターの下に書き添えられている映画の見どころコメントもスタッフによる手書きです。
言ってみれば、この映画館は、つんと澄ましたスノッブなミニシアターと対局的な手作り“コミュニティ映画館”を目指しているのかもしれません。実際、映画館のチケット売り場にいたのは、愛想のない中年女性ではなくて、笑顔の可愛い大学生のお嬢さんでした。
ここは映画館でありますが、同時に「市民交流の場」であり、「高齢者保養施設」の認定施設でもあるそうです。このコンセプトは同施設を所有する厚木市と運営を手がけるアミューあつぎ映.comシネマ館主の青山大蔵さんがともに「市民に開かれた映画館とは何か」を模索する中で生まれてきたものです。
外出困難者を支援する、みなが楽しめる映画館
いくつか「映画.comシネマ」の特徴的な活動を紹介していきましょう。代表的な取り組みとして上げられるのが、高齢者の「外出困難支援サービス」としての映画館活用です。
厚木市内には、介護状態で外出したくとも出来ず、自宅に引きこもりがちな高齢者の方たちが多く存在しています。外出困難のため、人とのコミュニケーションも途絶えがちです。「外出困難支援サービス」は、これらの人たちにも楽しみを与える場所として映画館を活用しようというもの。厚木市社会福祉協議会、地元自治会、映画.comシネマなどの連携により15年11月から実現したものです。外出困難な高齢者に対して、社協がバスを手配し、最寄りの公民館から映画館まで彼らをお連れする。映画を鑑賞した後は、買い物などを楽しんで帰宅するというコースで、「関係者の方々から大変な好評を博している」(青山さん)そうです。
現在、高齢者見守り活動の一環として介護予防体操などへの参加が促進されていますが、思うように成果を上げられない地区も多いと聞きます。運動嫌いの人にしてみれば、「やりたくないことに連れ出される」のですから、参加したくないのは当たりです。一方、運動はイヤでも、映画を見るのはウレシイと考える人も数多くいるはずです。ここでの活動は、文化系引きこもり高齢者の外出促進に対するひとつのヒントかもしれません。
「映画.comシネマ」は、高齢者のみならず、障害を持つ人々にも幅広く門戸を開いています。市内の障害者施設と連携し、彼ら彼女らに映画を見る機会を積極的に提供しています。
自宅のパソコンやテレビでも自由に映画が鑑賞できるようになった現在でも、「映画館」での鑑賞は別格です。障害をかかえるゆえに、一度も映画館で見たことの無い人も多いそうで、彼らとって映画館での鑑賞は、格別な体験になっているに違いありません。
これら高齢者、障害者に対する鑑賞機会の提供に加えて、注目すべきもうひとつの活動が、「ソーシャル・パートナーシップ・プログラム」です。これは行政や企業からの支援を受けづらい市民活動をバックアップすることを目的として、市民団体の活動テーマに合致した映画やドキュメンタリー映像を上映し、市民に問題提起を図りながら活動を紹介するというものです。今までにLGBT、地域包括ケア、夜間中学などのテーマでプログラムが行われています。
「映画.comシネマ」が生まれた経緯
映画館がある複合商業施設アミューあつぎは、かつては1994年にオープンした「厚木PARCO」でした。売上が低迷した同施設は2008年に撤退します。その後、長いことこのビルは空き屋状態でしたが、市の中心市街地にこのようなビルがあることを懸念した行政が中心となり、再生を試みた行政主導型の商業・公共施設が、アミューあつぎです。
現在同施設は、地下1階から4階までが飲食、商業施設、5階から9階までは若者サポートステーション、市民が利用できるアトリエ、クッキングスタジオ、などの公共貸スタジオ、子育て支援センターなど市役所の関連施設が入居しています。9階にあるのが「映画.comシネマ」です。元々、この施設は「厚木PARCO」時代にも東京テアトルが経営する3スクリーンの映画館でした。
厚木市が、この施設の再生を決断した際に、その運営が課題となったのがこの映画館でした。他のフロアは、一旦“がらんどう”にしてしまえば、どのような業種を持ってきても構いません。しかしながら、映画フロアは、天高や構造などもともと建築の段階から映画館仕様の構造なので、他への転用は難しい。
2014年4月に施設オープンが決定するなか、厚木市スタッフは多くの映画関連企業に打診したものの、なかなか芳しい返事が得られません。最後に、当時青山氏が所属していた「デジタルプラス(現ガイエ)」に話が持ちこまれ、紆余曲折を経て同社が運営を引き受けることになりました。(現在は青山氏の経営する株式会社シーズオブウィッシュが独立採算で運営)
こうしてオープンしたものの運営当初は人が集まらず、苦労の連続であったと言います。また、行政が映画館に設備投資を行うとは税金の無駄遣いである、という批判も多かったそうです。しかし、このような意見に対し、地域の社会福祉協議会や町内会の会合や盆踊りなどにも赴き、地道に映画館の地域福祉活用について説得していく中で、次第に人々の理解を得られるようになり、現在の活動内容に固まってきたそうです。
エンターテイメントの持つ力を地域福祉に活用
筆者の著書『ショッピングモールの社会史』でも触れましたが、近年人口縮小や大型モールの進出などで経営困難になった商業施設を、行政が主体となり再生しようとする動きが近年増加しています。
都市中心部における商店街の空洞化が唱えられ始めてから長年経ちますが、近年では商店街だけに止まらず、駅前や市中心部にある大型商業施設の撤退にも歯止めがききません。都市の中心性を保つための努力は、行政や企業、市民が一体となり立ち向かわなくてはならない状況です。
映画の持つエンターテイメントの力を上手く活用し、地域の社会課題を考え、解決するための契機とする。これは、いままでにあまり無かった発想です。アミューあつぎ映画.comシネマの活動は、まさに災い転じて福となす典型例と言えるのではないでしょうか。