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イランとサウジの関係再開:中国に対するアメリカの敗北(じゃない)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:イメージマート)

 2023年3月10日、中東地域の大国であるサウディアラビアとイランとが、2016年の断交以来の外交関係の再開に合意した。両国間には、イラクが仲介する交渉が行われていたが、今般の合意は中華人民共和国(中国)の仲介で成立した。これについては、中東の国際関係でのアメリカの影響力の後退と中国の伸張という観点から、「中国に対するアメリカの敗北」との憶測が多数流布しているが、2023年3月12日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、専門家のコメントや論評を引用しつつ、そのような評価は「現実と大きく異なる」と評する分析記事を掲載した。以下では、当該の記事を要約しつつ大局的な国際関係と、その中でコマとして扱われることに慣れっことなり(うんざりして)、それに適応して実利を追求する中東諸国やその人民の考え方を考察しよう。

 記事によると、そもそもサウジとイランとの関係を「仲介する」という発想の時点で、アメリカには初めからそんなつもりはなかったし、あったとしてもイランがそんなものを受け入れる余地もなかった。この状態は、アメリカがイランとの核合意を一方的に破棄したことが原因ではなく、当該の合意が成立した2015年7月の時点で、イランのハーメネイ最高指導者が「(核合意によっても)アメリカの傲慢な政策に対抗し、地域の友を支えるイランの政策には変更はない。イランは国際問題・地域問題・二国間関係でアメリカとの対話はしない」と表明したことからも明らかだったそうだ。

 それでは、サウジが中国に「接近」した事情についてはどうだろうか?確かに、アメリカとサウジとの関係は倦怠期のような状態で、これがサウジと中国との接近を促した理由の一つだろう。また、イランに対する見解やサウジの国益についてのアメリカとサウジの相違が、両国の関係を冷え込ませたのも事実だろう。しかし、これが「アメリカに対抗する(損をさせる)という意味でのサウジ・中国の接近」の理由かといえばそうでもなさそうだ。『ナハール』紙は、国際政治・経済の専門家のコメントを引用し、サウジが中国に接近したことを、「アメリカに対し中国に優先的な立場を与えるため」のものではないと分析した。分析によると、サウジと中国との接近は、中東やアジア諸国でのイランの伸張、特にBRICS諸国や上海協力機構、そして(中国の)一帯一路構想の場でイランを妨害することを目的とするものだ。中国にしても、サウジとイランとに等距離で接していたわけではなく、石油の輸入という観点から見ても、明らかにサウジやUAEとの関係の方がイランとの関係よりもずっと強い。

 イランから見ると、同国にとっては「西側でも東側でもなく、イスラーム共和体制」こそが人類の目指すべき統治のありかたであるとの観点から、国際関係でどの陣営にも偏向することなくバランスをとることを追求してきた。その観点からは、イランは優れた技術を獲得するためには中国でもロシアでもなく西側諸国との良好な関係が重要となるのだが、そうした関係の構築がうまくいっていない現状での代替策としての中国(そしてロシア)との関係は、今後も当然簡単ではない。そもそも、中国がアラビア半島の産油国と仲良くする上では、イランとUAEとの係争地である大小トンブ島問題のような機微な問題があり、イランから見ると今般中国の「仲介」を受け入れたのはウクライナ紛争を通じたロシアの勢力の後退という現実を踏まえた気乗りがしないことだった。要するに、イランが中国の「仲介」に乗ったのは、アラビア半島の産油国の安全保障に対するアメリカの半ば絶対的な保証が変わらない中で、ロシアという選択肢が弱体化した状況でのイランの弱みにつけ込んだ側面もあるようだ。

 『ナハール』紙が引用した専門家の言によると、より大局的な国際体制や中東の安全保障という観点からも、「アメリカの情勢分析がよくないこと」と「アメリカが無力であること」をごっちゃにした分析は「ばかげている」とのことだ。そもそも、アメリカは中東に4万人規模の部隊を展開しているが、これに代表される国際的な安全保障の体制を破壊するような当事者は中国も含めていないし、当の中国もそのような役割にとって代わろうと望んでいない。少なくともアメリカの有権者にとっては「負担」に見えるかもしれない中東(そして世界の)安全保障へのアメリカの関与は、中国にも、サウジにも、イランにも変わってほしくないものなのだ。ここまでを踏まえて考えるならば、イランとサウジとの中国の「仲介」は、アメリカにとってもそんなに悪いことではない。何故なら、中国の「仲介」によって地域がある程度安定するのならば、アメリカは中東(ここでは特にサウジの防衛)に費やすべき資源を減らし、ヨーロッパや東アジアへと振り向けることが可能となるからだ。

 ここまでが、中国の「仲介」によるイランとサウジとの関係改善についての『ナハール』紙の分析の概要だ。これに加え、中東諸国の伝統的な外交上の振る舞いについても触れておこう。中東の諸国は、強国でも、弱小国でも、自国が域外の大国の国際関係や安全保障政策のコマ扱いされていることに慣れきって(=うんざりして)おり、そのようにして利用される中で自らの利益を最大化するために全力を挙げてきた。そうなると、中東諸国はある時は対立する世界的な大国のいずれかを「当て馬」のようにして別の大国からより多くの利益を引き出すために使ってきたし、国際的な対抗関係の中での立場を利用して自国の内政での専制政治や権威主義体制が追求されるのを回避してきた。確かに、21世紀のアメリカの中東外交は、教条主義的ともいえる価値観の追求や情勢認識により、視野の狭い硬直的な振る舞いに終始し、地域の安全保障環境を制御する当事者能力が低下していた。今般、イランとサウジが中国の「仲介」を受けたことは、両国が中国を「使う」ことにより、アメリカに当事者能力を回復するよう促したという側面もあると思われる。要するに、今般の動きに限らず、中東における政治・経済・安全保障関係の動きを、域外の大国間の短期的な「勝ち負け」の問題としてしか認識せず、地域の諸国、そしてそこで生きる人民の主体性を無視して論じてもあんまり生産的ではなさそうだ、ということだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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