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「有観客試合」開幕。ファンのもとに帰ってきたプロ野球。そこにあった「昭和」的風景

阿佐智ベースボールジャーナリスト
今年初めて観客を入れて実施されたプロ野球公式戦(京セラドーム大阪)

 日本で国際試合やメジャーリーグ来日公式戦などを観戦していると、面食らうことがある。知らぬ間に試合が始まっているのだ。日本のプロ野球に慣れていると、先頭バッターの応援歌のファンファーレとともにゲームが始まるのが常で、それが体に染み込んでしまっているのか、音もなく試合が始まると、気持ちがゲームモードにならず、ついつい初球を見逃してしまうのだ。

 それでも、今シーズンの開幕以降ここ数週間のゲームを見慣れてしまうと、静寂からゲーム開始を告げるキャッチャーのミットに突き刺さるピッチャーの初球が奏でる小気味いい音の心地良さにどっぷりつかってしまった自分がいる。

待ちに待った「開幕」だが…

観客の数を制限している球場周辺はまだまださびしい
観客の数を制限している球場周辺はまだまださびしい

 昨日10日、ついにプロ野球のスタジアムにファンが戻ってきた。

 前日に続いて京セラドーム大阪に足を運んだのだが、上限5000人という入場制限のせいか、ドーム周辺は閑散としていた。試合のある日には必ずといっていいほど観戦者の買い出しでごった返すドームに隣接するスーパーマーケットのあるショッピングモールも、「通常運転」だった。

 それでも、関係者口から球場入りすると、この日がプロ球団にとって本当の「開幕」であることが伝わってきた。受付でパスを受け取り、検温と消毒をするのは、「コロナモード」のままだが、昨日まで休業していた関係者用のレストランがテイクアウトながら営業を再開、廊下には「営業再開」を祝って花束が並んでいた。

関係者通路には興行復活を祝う花束が並んでいた
関係者通路には興行復活を祝う花束が並んでいた

 

 とはいえ、再度の感染者増大が不安視される中、メディアも「新しい取材方法」を求められている。当面は、試合前の取材陣のフィールドへの立ち入りは禁止。選手との直接の接触、会話は原則禁止だ。試合後の囲みインタビューもソーシャルディスタンスを保ちつつせねばならない。そして、この日から新たに通達されたことは、球場内での観客へのインタビューの禁止だった。

ビールの販売はなされていたが、スタンドでの売り子による販売はなし。売り子による販売も通路で行われた
ビールの販売はなされていたが、スタンドでの売り子による販売はなし。売り子による販売も通路で行われた

 

 ファンもまた、「新しい応援方法」を求められている。今やニッポンのプロ野球シーンに欠かせなくなった鳴り物と応援歌による応援はご法度。ファン同士のハイタッチもダメ。OKが出たのは、オリックス推奨の「大阪名物」ハリセンと今やすっかり影が薄くなったメガホンだった。

飛沫飛散防止もありハリセンを使った応援を進めているオリックス球団
飛沫飛散防止もありハリセンを使った応援を進めているオリックス球団

「昭和」へタイムスリップしたドーム

ソーシャルディスタンスを保つため、間隔をあけての座席指定がなされた
ソーシャルディスタンスを保つため、間隔をあけての座席指定がなされた

 待ちに待った「開幕」だったが、スタンドは鳴り物応援がない中、少々ぎこちなかった。それでもファンがこの日を待ちわびていたことは、プレーのひとつひとつに送られる大きな拍手から伝わってきた。

 2回裏、2アウトからロドリゲスがライトに大飛球を上げると、場内が沸いた。ライトの大田がフェンスぎりぎりでこれをさばいたが、プロの打者が放つ打球の高さに改めてファンが感心していたことは、数秒の静寂と捕球後の大きなため息が物語っていた。

 バットがボールを叩く音、スパイクが土を蹴る音、そして選手たちの息づかい。鳴り物や歌でかき消されていた「球音」にこの日京セラドームに足を運んだ4000人のファンは魅せられていた。ピッチャーが一球を投じるごとに送られる大きな拍手は、スタンドのファンたちが、これまで以上にフィールドの選手の一挙手一投足に集中していることを示していた。そしてその拍手は回が押し迫るごとにそのボルテージを上げていった。

 スタジアムはいつの間にか懐かしい空気に包まれていた。

 8回裏。3対0とリードしていた日本ハムが逃げきりを図るべく、それまでオリックス打線を完璧に封じ込めていた先発の有原を95球で替え、宮西をマウンドに送ると、スタンドにヤジが響き渡った。

「宮西~!打たれろ」

 スタンドにどっと笑いが起こった。野球の風物詩と言ってよかったこの風景はいつの頃からか球場から姿を消していた。鳴り物にかき消されていたのではない。「作られた応援」によって、観戦者のひとりひとりの思いが吐露されたこの声は表出されなくなっていたのだ。

 この瞬間から、スタンドのファンたちが心の声のボリュームを上げた。あちらこちらから上がるヤジの声は、ホームチーム、オリックスの選手に向けられた叱咤激励がほとんどだった。それにつられてか、他の観客の拍手、ため息のボルテージもどんどん上がってゆく。1アウト2,3塁からこの日、2打数無安打の9番の後藤に代わって前日の試合でホームランを放っている伏見が代打で登場すると、スタンドの拍手に日本ハムナインが気圧されているのは誰の目にも明らかだった。

 この後、慣れない空気感に戸惑ったのか、伏見が打席を外すシーンがあった。それ以上にこれまでにない雰囲気にマウンド上の宮西がぎこちなさをもてあましていた。

 気を取り直して打席に入りなおした伏見がファールを放つと拍手のボルテージはますます高まる。それに乗せられるように伏見はボールに食らいつき粘る。3ボール2ストライクから8球目を叩いた打球はサードに転がったが、伏見の魂とファンの思いが後押ししたのか、これをサードのビヤヌエバが後逸し、オリックスは1点を返した。

 それでも日本ハムは、9回には守護神の秋吉をマウンドに送り、勝利に向けて盤石の手を打った。クローザーは、2番宗、3番吉田というオリックスの上位打線を簡単に料理し、勝利まであとひとりとした。最後のバッターは、前日から7打数ノーヒットのメジャーリーガー、アダム・ジョーンズになるものと誰もが思った。しかし、肉声と拍手が響き渡るスタンドにメジャーのボールパークを見たのか、ジョーンズはボールを見極め、一塁へ歩いた。そしてたったひとつのフォアボールにドームが沸いた。

 続くT-岡田も粘った。復活にかける今シーズン、好調を維持しているベテランもまた、

粘りに粘った。ファウルのたびに上がる球場のボルテージに乗せられたかのようにボールを見極め、くさいボールをカットする。彼もまた肉声の飛び交うスタンドに、昨冬、捲土重来を期して武者修行に行ったプエルトリコのウィンターリーグを思い起こしたのかもしれない。

 ジョーンズに続き、岡田が歩くと、スタンドのボルテージはさらに上がった。普段、トランペットにより作られた声援に慣れた選手たちにとって、スタンドからの「生の声」は、その声量以上に影響を与えるものとなった。ビジターチームにとってそれが強烈な向かい風になった。

サヨナラホームランを放ったロドリゲス
サヨナラホームランを放ったロドリゲス

 ここで打席に立ったのは、2回に大飛球を放ったロドリゲス。ファールで追い込まれてからの低めの球を思い切り叩くと、打球はそのままライナーで外野フェンスに向かって伸びていった。スタンドで沸く生の歓声と拍手。それを切り裂くように打球はそのままフェンス上にあるレストランのテラス席の看板に突き刺さった。硬球が看板を叩く音がドームに響いた。

 打席に立った打者に向けられる大きな拍手とその後の投手が投げる球を見つめる静けさ。そして打球が醸し出す音。ここしばらくは、これまで気づかなかった、スタジアムの「生の音」を楽しみたい。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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