疾走感あふれる熱い舞台! 宝塚歌劇星組『1789』
星組公演『1789』が、ついに走り始めた。まさに「疾走」という表現が相応しい、勢いと熱気を感じさせる舞台である。以下は幸運にも観劇することができた、6月2日初日の観劇レポートとなる。
この作品はフランス革命前夜から人権宣言に至るまでの、さまざまな階層の人々の生き様を描いたミュージカルである。ドーヴ・アチアとアルベール・コーエンにより、フランスで2012年に初演された。
これを宝塚歌劇が2015年に日本初演。潤色・演出を小池修一郎が手がけ、フランス版では群像劇でありショー的な色彩が強かった本作を、農村出身の息子ロナンとフランス王妃マリー・アントワネットを軸とした人間ドラマに生まれ変わらせた。さらに、2016年、2018年には東宝ミュージカルでも上演が重ねられている。
今回の星組版は、これまでの上演を踏まえてさらに厚みを増し、いくつかの変更も加わって進化を遂げていたように感じられる。星組は熱いパッションの組と言われるが、そんな組の持ち味と作品のメッセージがかけ合わさった「熱い」舞台となっていた。
◆個性が際立つキャラクターたち
激動の時代への向き合い方は、身分や立場によって異なる。今回の星組版では、その生き様の相違がさらに色濃く描かれていたように思う。だが、必死で知恵を絞り、乗り越えていく力強さは身分や立場を超えて同じである。
礼真琴演じるロナンがたくましく、熱い。だからこそ、あのような運命をたどることになったのだろうと思わせる。野生的な色気も感じさせ、オランプが心奪われるのも納得だ。いっぽうのオランプもロナンとの出会いの場(秘密警察の目をくらますため、ロナンが自分を襲ったように見せかけるところ)が客席の笑いを誘うほどに一途でパワフルで、これまたロナンが興味を惹かれるのも納得である。そんな二人が恋に落ちるのは必然という感じがする。
トップ娘役がマリー・アントワネットを演じた月組版と異なり、今回はトップ娘役の舞空瞳がロナンの恋人オランプを演じている。月組版では、ロナンとオランプが恋に落ちる経緯の唐突感が少し気になったが、これが薄れて説得力が増した印象を受けるのは、やはりトップコンビの息の合った芝居の賜物だろうか?
革命を率いる三人、豪放磊落なダントン(天華えま)と清廉潔白なロベスピエール(極美慎)、そして皆を率いるデムーラン(暁千星)の人徳と、三者三様のキャラがしっかり立っている。2017年に上演された『ひかりふる路』で彼らのその後の悲劇も知っているだけに、そのチームワークがいっそう尊いものに思える。
ロナンの妹ソレーヌ(小桜ほのか)は、素朴な田舎娘からパリの娼婦へと転落する。「夜のプリンセス」の歌声が気怠く哀しい。しかし、そこから目覚めて革命に身を投じていく。その変貌ぶりからは、激動の時代を生き抜いていく女性のしたたかさが伝わってくる。
「マリー・アントワネットは王妃でなく普通の女性として生まれていれば幸せな人生を送れただろうに」とは、よく言われることだ。有沙瞳のアントワネットはそんな「普通の女性」のふんわりとした優しさを的確に表現していたように思う。最後、浄化され悟っていく様は、本公演をもって退団することを決めている演者自身の覚悟とも重なって見えるようだった。
そんなアントワネットを愛するフェルゼン(天飛華音)。この作品におけるフェルゼンには「愛に命を賭ける」とは如何なることかをロナンに示す役割もあるのだということに改めて気付かされる。
アルトワ伯(瀬央ゆりあ)は、ただならぬ妖気で異世界感を漂わせ、神に成り代わらんとする野心が伝わってくるようだ。彼に仕える秘密警察三人組は、ちょっと間抜けで笑わせるところと「秘密警察」としての存在感とのバランスがいい感じだ。リーダーのラマール(碧海さりお)の一挙一動から「とにかくオランプのことが大好き」なことが伝わってくるのが微笑ましい。
専科から特別出演の輝月ゆうま演じる貴族将校ペイロールが、まさに「巨大な壁」というべき存在感で、革命派の民衆たちの前に立ちはだかる。人数的には革命派に押されがちな中で、緊迫した対立構造を見せるためにもペイロールの存在感は必要不可欠である。
だが結局、星組版『1789』の凄さは、一人ひとり違う人生を生きている民衆が、革命に向けてそのエネルギーを収束させ、爆発させていく様を描き切っているところではないかと思う。いわば、この作品の真の主人公は民衆であり、その中の一人がロナンということなのかもしれない。
◆月組版、東宝版を踏まえて進化した星組版
再演にあたって、2015年月組版、および2018年東宝版の映像を見直して、変更点を確認してみた。すると興味深いことに気付いた。今回の星組版は「東宝版」との共通点が多いのである。
「2015年月組版」からの変更点は、大きく次の3点に集約されるだろう。
第一に、幕開けの場面の変更である。結末にあたるバスティーユ襲撃から始まり、遡って物語が進む月組版と異なり、星組版はロナンの父親がペイロールに殺される場面から時系列に沿って進む。これによりロナンの心情の変化がより明確になった印象だ。じつはこれ、東宝版と同じ展開である。
第二に、ロナンとオランプのソロ曲がそれぞれ増えた。ロナンに関しては、2幕の後半でロナンがオランプを愛しながらも革命に身を投じていく決意を歌った「愛し合う自由」が新曲として追加された(代わりにカットされたのが、ロナンとオランプ、フェルゼンとアントワネットの2組の恋人たちが歌う「世界の終わりが来ても」である)。
オランプに関しても、月組版ではアントワネットの歌だった「許されぬ愛」がオランプのソロになった。ちなみに東宝版でもこの曲はオランプが歌っていたので、この点も東宝版と共通している。
もともとは群像劇の色彩が濃い作品だが、こうしてロナンとオランプの曲が増えることで、二人の愛を主軸として回る物語であるという印象が強まったように思う。
第三に、「革命の兄弟」(ロナン、デムーラン、ロベスピエール)、「武器をとれ」(デムーラン)の2曲も追加されている。いずれも東宝版で歌われていた楽曲なので、これも東宝版の踏襲ということになる。革命に向けての気持ちの高まりが伝わる2曲が追加されたことで、作品全体の力強さも増したように感じられる。
以上より、構成も楽曲も、東宝版を踏まえた変更であることがわかる。また、これは当たり前のことかもしれないのだが、各登場人物の役作りも、東宝版のキャラクターを大いに参考にしているように見受けられた。つまり、今回の星組版は、2015年月組版、そして東宝版を踏まえた進化形であるといえそうだ。この点は注目すべきポイントだと思う。
これまでもタカラヅカと東宝ミュージカルなど外部の舞台が、同じ海外ミュージカルを上演することはあった。だが、女性のみであるタカラヅカ版と男女混合である外部の舞台は、あくまで「別物」ととらえられてきたように思う。ところが、今回の『1789』は東宝版の延長線上にあり、それが今回の星組版の「力強さ」につながっているようにも感じる。タカラヅカの海外ミュージカルが新たなステージに入りつつあるともいえるのではないか。
出演者の中に体調不良者が出たとのことで稽古が遅れ、開演時間を遅らせることで幕が上がった初日であった。だが、翌日からは再び休演になってしまった。さらに、大雨の影響による新幹線の運休は、遠方からの観客に甚大な影響を与えた。大波乱の初日であったが、それでも観に来て良かったと断言できる舞台だった。
再び走り始めた『1789』。この勢いはもう止められない。止まって欲しくないと心から願っている。