ニワトリの「卵の形」を考える
見慣れたニワトリの卵、鶏卵だが、なぜあのような形をしているのか、疑問を抱いたことはないだろうか。上から見ればほぼ円形だが、横から見ると先が細くなった楕円形だ。
これは、仮に巣から出ても遠くまで転がり続けないために非対称になっている、と考えられている。また、丸いほうには気室があり、内部の水分調整を行っている。気室を作るほうが丸くなり、非対称にするために尖ったほうができた、というわけだ。
なぜか惹かれる卵の形
横から見た形を「卵形曲線」と呼ぶが、卵形曲線に明確な定義はない。しかし、古くからこの曲線に惹かれた人は多かったらしく、デカルトの卵形線と呼ばれる楕円形や二等辺三角形から描く方法、楕円形の方程式を少し変形させる方法などが考えられてきた。
また、相似形の卵形曲線ではイタリアの天文学者ジョバンニ・ドメニコ・カッシーニ(1625〜1712)のものが有名だ。ちなみに、カッシーニはNASA(米国航空宇宙局)などが打ち上げ、土星の惑星を発見した土星探査機の名前になっている(※1)。
このように幾何学の世界では卵の形を再現する研究がなされてきたが、我々がよく目にするニワトリの卵の形が鳥類の卵の典型ではない。鳥類の卵にもちろん四角形や三角形のものはない。だが、ピンポン球のようにどこから見てもほぼ円形に近いもの、先が鋭く細くなったもの、ほぼ左右対称の楕円形のものまで実に多様なのだ。
バリエーションに富んだ鳥類の卵は、なぜその形に違いが生じたのか、これまで研究されてきてはいなかった。そんな鳥類の種類と卵の形について、米国の科学雑誌『Science』に興味深い論文(※2)がちょっと前に出たので紹介しよう。
卵の形と飛翔能力に関係が?
米国プリンストン大学などの研究者は、約1400種類、約5万個の鳥類の卵の形や材質、大きさ、重さ、メスが一度に産卵する平均数などをそれぞれ計測し、それぞれの鳥類の生態などとの相関関係を分析した。約1400種類は、これでも地球上の鳥類の約14%に過ぎない。
研究者は、崖の上に巣を作るような種類の鳥の卵は転がりにくいような形になっているのではないか、また円形に近い形は巣が壊されても耐えることができるのではないか、という仮説を立てたそうだ。調査したのは、フクロウ目、アマツバメ目、カツオドリ目、スズメ目、チドリ目などだ。すると、その鳥類の飛翔能力、飛ぶ力と卵の形にはある法則があることを発見したと言う。
多種多様な鳥類の卵。右上のウミガラスは渡りをする海鳥の一種。シギ類も渡りをする種類が多い。左下のアオバズク(フクロウの一種)の卵は円形に近い。ニワトリの卵に近いのはセキショクヤケイの卵だろう。セキショクヤケイは中国南部から東南アジアに生息する野鶏でニワトリの祖先と言われている。via:Mary Caswell Stoddard, et al., "Avian egg shape: Form, function, and evolution." Science, 2017より引用改編。
長く飛ぶ鳥、渡りをするような鳥は、細長い楕円形や非対称な形の卵を産む傾向にあり、近距離しか飛ぶ必要のない鳥は円形に近い卵を産む傾向にあるらしい。飛翔能力を要求された種類の鳥は、身体の形もそれに応じたものになり、同時に卵もより合理的な形になったのではないか、また卵の高い非対称性は、胎内に複数の卵を宿す際に体積を物理的に稼ぐことができる、研究者はそう考えている。
ただ、こうした飛翔能力と卵の形の進化が、どのようになされたのかはわからない。また、巣の場所や営巣地の環境などは特に卵の形と関係はなかった。この種の研究はまだ始まったばかりなのだ。
では、ほとんど飛べなくなったニワトリの卵はどうだろうか。非対称性はあるが、楕円形でもないし細長くもない。他の極端な形の卵を見慣れていないせいか、これがスタンダードだと思い込んでいたが、人為的に飛ぶ能力を奪われ、1日に一度ずつ卵を産むニワトリの卵こそ「特殊な形」なのかもしれない。
※1:1997年に打ち上げられ、1999年に土星の軌道に乗った土星探査機カッシーニは、メトネ、パレネなどの土星の衛星を発見。2004年にはホイヘンス探査機を射出し、衛星タイタンのデータを収集した。また、土星の北極にハリケーンのような大気の渦を発見し、衛星エンケラドゥスの「水」の証拠を報告し、微生物の可能性を示唆する発見を行った。カッシーニは2017年9月15日、その任務を終え、土星の大気圏へ突入して燃え尽きる予定。
※2:Mary Caswell Stoddard, Ee Hou Yong, Derya Akkaynak, Catherine Sheard, Joseph A. Tobias, L. Mahadevan, "Avian egg shape: Form, function, and evolution." Science, 256, 1249-1254, 2017