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荒川の水の65%は利根川の水。1日に風呂桶900万杯が流れる

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
利根導水路(筆者撮影)

高度経済成長期の水不足解消のために

 10月19日、第8回「荒川流域自治体議員勉強会」が開かれた。この勉強会は2019年にスタート。県議会議員、市議会議員が自治体の枠を超え、「荒川流域」という範囲で、利水、治水、気候変動対策、生物多様性など広範なテーマを考えている。

 昨年(2022年)は、下流域で堤防の決壊が懸念されている地点(東京都葛飾区)や、上流域の森林保全活動(埼玉県秩父市)などを視察し議論したが、今年1回目の研修は、独立行政法人水資源機構・利根導水総合事業所(埼玉県行田市)で行われ、11人の議員が参加した。

 なぜ、荒川流域自治体議員の勉強会が利根川のほとりにある利根導水総合事業所で行われたのかと言えば、この施設が、荒川流域に住む人の暮らしと大いに関係しているからだ。

 そもそもこの施設が造られた背景には、高度経済成長期の水不足がある。

 昭和30年代後半、人口・産業が首都圏に集中し、生活用水・工業用水が不足した。当時のグラフに示したとおり、1957年に1日約185万立方メートルだった水の配水量は、1972年には約456万立方メートルになった。

東京都水道局資料より著者作成
東京都水道局資料より著者作成

 1960年代前半には大渇水も発生した。

 対策として、東京都は1961年10月から20%の給水制限(浄水場から家庭などに送る水の量を減らすこと)を開始。

 1964年7月からは、給水制限は35%に強化された。夜22時~翌朝5時、日中10~16時は蛇口をひねっても水が出なかった。8月に45%の給水制限がはじまると、自衛隊が応援に出動し、2万5000人の隊員が、16日間にわたり給水車を走らせ、約7000立法メートルの給水を行った。給水制限は一時、最大50%まで強化され、通算1259日(約3年半)にもおよんだ。

 当時の東京の水源は主に多摩川、江戸川。抜本的な対策として1962年、政府は利根川水系開発計画を決定し、利根川の水を東京へ導水する事業を急ピッチで進めた。利根導水の完成によって首都圏の慢性的な渇水の解消につながった。

利根導水の説明を受ける議員(筆者撮影)
利根導水の説明を受ける議員(筆者撮影)

幅広い利根導水の役割

 現在の利根導水の役割は以下の4つにまとめられる。

1)都市用水(水道用水、工業用水)の導水

 現在、利根大堰から取水された水は、水道用水として首都圏の約1670万人(群馬県約40万人、埼玉県約590万人、東京都約1040万人)に供給されている。また、工業用水として埼玉県の約100事業所に供給されている。

2)農業用水の供給

 群馬県、埼玉県の約2万3300haの水田に水を供給。江戸期に造られた見沼代用水、葛西用水などの8つの農業用水の取水が不安定だったため、利根大堰で統合(合口)して供給している。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

3)荒川水系の水質改善

 利根大堰から取水した水は武蔵水路を経由して荒川に導水する。秋ヶ瀬取水堰から取水した水は朝霞水路を経由し新河岸川に導水し、下流の隅田川を浄化している。

 高度経済成長期の隅田川は汚染が激しかった。隅田川の上流域の中小工場群からの工場排水、周辺住民の生活排水が汚染源で、1961年には隅田川花火大会や早慶レガッタが中止になるほどだった(早慶レガッタは荒川や戸田オリンピックボートコースでの開催を余儀なくされる)。

 水質の指標の1つに、BOD(生物化学的酸素要求量)といって「水のなかの有機物を分解する際の酸素の使用量」を測るものがある。汚染された水(有機物)を川に流すと、それを食べる微生物が増え、大量の酸素が必要になる。すると川の中の酸素が減り、魚が死んでしまう。

 当時のBODは35mg/Lで、魚がすめる基準値(5mg/L)をはるかに上回っていた。川からは亜硫酸ガスも発生し、臭気もすさまじかった。当時の隅田川に関する市民アンケートでは、「埋めてしまえ」という意見が圧倒的に多く、真剣に埋め立てが検討されたこともあった。

 浄化用水の導入と下水道整備のため、現在では基準値まで水質が改善されている。

4)内水排除

 武蔵水路が位置する中川・綾瀬川流域は、周辺の大きな河川よりも低い鍋底型の低平地で水が溜まりやすい。そのため周辺地区の河川の洪水や市街地からの出水を武蔵水路に取り込み、荒川へ排水することで浸水被害を軽減している。

「利根川の水を使っていた」という驚き

 以上のような4つの役割を果たすわけだが、利根川から荒川に流される水量は、年間約6億6200万立法メール(2016~2019年の平均)、1日約180万立法メートル。家庭用の風呂を満たす水の量が200Lなので、1日に風呂桶900万杯の水が利根川から荒川に流れていることになる(1立方メートル=1000リットル)。

 荒川の武蔵水路が合流する地点においては、平水流量(1年を通じて185日はこれを下回らない流量)で約65%が武蔵水路からの導水であり利根川の水(出典:関東地方ダム等管理フォローアップ委員会。第29回委員会資料「武蔵水路定期報告書」)。

 「荒川の水は荒川上流から来る」と思っていた多くの議員が驚いていた。

 議員からは「豪雨災害を防ぐためにも流域自治体と利根導水総合事務所との日頃からの連携が大切」、「荒川の水が少なくなった時、荒川上流部だけを気にしていたが、今後は利根川上流部の積雪にも注目したい」などの意見が出た。

 事務局である秩父市の清野和彦市議は、「私たちが暮らす埼玉県、東京都がどのような歴史的な成り立ちをもって、今の状況にあるのかについての理解が深まりました。利根導水総合事務所で学んだ利水、治水についての知識を、参加した議員が各自治体でいのちと暮らしを支えるために活かしていくことを願います」と語った。

 雨が降り、雨水が集められ流れゆく範囲である流域。雨が流れて川となり、いくつもの川が一筋の流れにまとまって大海へ注ぐ。水は山を削り、土砂を運び、積む。流域の姿は水の流れとともに変わってきた。流域は水循環、物質循環の舞台である。

 県議会議員、市議会議員が自治体の枠を超え、利水、治水、環境など、さまざまな課題を流域という単位で考えることで、サステナブルな暮らしに近づくのではないかと期待している。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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