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フィンランド先住民が問う、持続可能や気候危機を隠れ蓑にしていないか?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェー国会前で抗議する先住民サーミ 筆者撮影

サーミ人はフィンランド・ノルウェー・スウェーデン・ロシアに住む先住民だ。サーミはもともと「自然と共存」する伝統的な生き方を大切にしており、トナカイなどの動物も血から皮まで「全て」を使い切る。実は昔から「食品ロス」対策をして、「持続可能な」自然との暮らしを実行している民族だ。サーミからすると、「持続可能な」といいながら発展のために先住民から土地を奪う北欧現代社会のやりかたはダブルスタンダードであり、矛盾でしかない。私たちが「持続可能な暮らし」を本当に考えるなら、先住民から学べることも多いのだ。

サーミ評議会の会長であるアスラット・ホルムベルグ(Áslat Holmberg)さんは、フィンランドとノルウェーの国境を形成する大河デアトヌ川のほとりに位置するニュオルガン(Njuorggán)出身だ。サケ漁師・教師・フィンランドのサーミ議会元議員であり、先住民研究の修士号を取得している。2021年からはサーミ評議会会長を務め、先住民の知識と権利を扱うさまざまなプロセスに従事している。

サーミ評議会の会長であるアスラット・ホルムベルグさん 筆者撮影
サーミ評議会の会長であるアスラット・ホルムベルグさん 筆者撮影

9月にノルウェー首都オスロで開催された「ダイバーシファイ北欧サミット」では「土地の帰属」について語ったアスラットの言葉を引用しながら、「持続可能」について今一度考えてみたい。

「すべての先住民は特定の土地に固有の存在であり、その土地と人々のつながりが私たちを先住民たらしめています。私たちは土地の一部であり、土地は私たちの一部なのです」とアスラットさんは話す。

「気候危機が加速する中、サーミや北極圏の先住民、そして私たちの故郷である北極圏は、生態系の基盤は崩れつつあり、私たちの目の前でゆっくりと消え去ろうとしています」

サーミの言葉にはそもそも「wildness」(未耕作の状態・野生)という言葉や世界観は存在しないそうだ。私たちが「そのままの自然」というような状態は、サーミは「文化的風景」と解釈する。

「手が加えられていない・修正されていない土地は、私たちの文化的景観なのです。私たちの伝統的な生活の場であり、サーミ人はそれを大切にしてきました。そして土地は常に植民地主義の核心でもあります」

サーミから奪った歴史が現在の北欧福祉国家を生んだ

アスラットさんは「サーミの土地と資源の窃盗は、北欧の福祉国家の誕生に大きく貢献した」と北欧の人にとっては耳の痛い指摘をした。

「もし森林や鉱物がなかったら、スウェーデンの産業革命はどうなっていたでしょうか?」

「水力発電はサーモンの土地を略奪した結果でしょうか?」

「神聖なドラムが奪われ、それを使っていた人たちが殺されました。そして今、観光産業は、サーミの土地に観光客を招き、楽しませるために、まさに同じドラムを持ち出そうとしています」

「グリーン・コロニアリズム」や「文化の盗用」は他人ごとではない。国や企業が先住民との対話を軽んじて開発を進めた結果、人権問題が起こり最高裁にまで騒ぎが及ぶ事例は各国である。

  • スウェーデンでは、特定のサーミ地区「Girjas Sameby」に1993年に失われた狩猟権を回復させるべきという判決を2020年に下した。狩猟の権利は国と先住民のどちらにあるかという30年にわたる闘いでは、トナカイを飼う先住民が狩猟と漁業の独占権を取り戻すという勝利する歴史的な裁判となった。しかし、この判決から何年も経った今でも、国は他地域での狩猟や漁業を管轄しており、先住民の人権は脅かされている

  • フィンランドでは、2017年にサーミ人が「無許可で」サーモンを獲っていたために、漁業規則違反で処罰するよう要求されたこの一件は、新しい漁業規則を不公平と感じたサーミの活動家たちが「自ら刑事告訴した」という点で異例だった。最高裁は「季節漁業に関する規制はサーミ人の憲法上の権利に抵触する」「サーミ人は『故郷の川』で漁をする権利を憲法で保証されている」と告訴を2022年に棄却した

  • ノルウェーでは2013年、石油エネルギー省はフォーセン地域に151の風車の建設を許可。サーミ人は16世紀以前からトナカイの飼育を実践してきた。この地に冬の牧草地を持っているサーミの6家族は抗議。151基の風車がある限り、この地域で伝統的なトナカイ飼育を行うことは不可能であると最高裁は判決。「伝統的なトナカイ飼育」は、国連の世界人権宣言によれば保護されるべき文化的慣習。しかし政府は「対話」による解決をのぞみ、風車は稼働したまま。人権侵害から2年経ったことで、2023年10月には若いサーミ人を中心に大規模な抗議活動が行われた

サーミの歴史は抵抗の歴史

「多数派の利益だけを追求することから土地を守らなければなりません」と話すアスラットさん。

「サーミ人の歴史は抵抗の歴史であります。戦争をしたことはないが、私たちは何世紀にもわたって常に闘っています。私たちは耐えてきました。自分たちの世界観や宗教体系が犯罪化されることに抵抗し、指導者が殺害される事態にも耐えてきました。何世代にもわたってサーミの子どもたちが家から連れ去られ、寄宿学校の時代も生き延びてきました。数え切れないほどの土地への侵入に耐えてきました」

未だに残る構造的な抑圧

「なぜこの話をする必要があるのでしょうか?過去にこだわることに何の意味があるのか、と思う人もいるかもしれません。私の父は『サーミらしさ』(サーミネス)を排除される寄宿学校にいました。宗教的浄化と文化的虐殺の影響が消えるには、何世代もかかります。過去は現在に大きな影響を与えています。私たちの土地への侵入も構造的な抑圧もいまだに続いています」

「修正されていない土地は再生不可能な資源です。今、私たちの土地で推し進められているいわゆる開発プロジェクトでは『私たちに環境に優しいものをもたらす』『私たちは持続可能性に貢献しなければならない』と言われています。しかし、サーミの伝統的な地域を犠牲にすることは気候危機の解決策ではありません」

「サーミが声を上げるときは奪われ続けることへの抵抗です。私たちの土地に産業プロジェクトが立地する際には、対話が重要であることがわかります。しかし私が強調したいのは、私たちが求めているのは『対話』だけではないということです。対話は国際法の規範ではありません。規範は交渉です。そして、私たちは『単なる利害関係者』でもありません。伝統的なテリトリーで権利を保持する権利者なのです」

「私たちは信頼を築くことができるが、それは先住民として自己決定する私たちに対する尊敬の上に築かれなければなりません。国が決定できるのは、『先住民族の権利を尊重するかどうか』です。『先住民族に権利があるかどうか』を決定する権利は国にはありません。同意なしに私たちの土地に持ち込まれるプロジェクトは、植民地の叫びなのです」

・・・・・

「必要なものだけを取り、敬意を払い、許可を求める」というのがサーミの法則だ。気候危機を隠れ蓑にした現代の産業発展はサーミが考える「持続可能」とは大きく異なる。

今、北欧各地で起きていることは他人ごとではない。

「持続可能」「サステナブル」という言葉を「飾りのビジネス用語」にしていないか?

誰かの人権を踏みにじっていいないか?

持続可能な発展は誰かを犠牲にしていないか?

脱炭素社会への移行は急がれるが、先住民の人権を「当然の代償」と考えてはいけない。

「先住民も気候危機対策に貢献するべき」「再生可能エネルギーの恩恵をわかっていない」という押し付けは「植民地的なマインドセット」とも解釈される。SDGsや脱炭素社会という言葉の下に「人権の墓場」があるならば、「持続可能」とは言い難い。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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