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札幌?バンクーバー? どちらかがカモにされることになった2030年冬季五輪

山田順作家、ジャーナリスト
冬季五輪招致は秋元札幌市長の悲願(写真:松尾/アフロスポーツ)

■あの「ぼったくり男爵」に会いにスイスへ

 驚くべきことに、9月13日に札幌市の秋元克広市長と日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長が、スイス・ローザンヌのIOC本部を訪れ、“ぼったくり男爵”ことトーマス・バッハ会長に面会するという。

 それを伝える「読売新聞記事」(9月5日付)のタイトルは、こうなっていた。

 『札幌市長、バッハ会長と13日に会談…冬季五輪招致へ「トップセールス」』

 目を疑うとはこのことだ。

 トップセールス? そんなことなどする必要はないし、そもそも五輪はお願いして招致するようなものではない。もはや札幌のライバルはバンクーバーだけだし、五輪の招致活動をやるような“奇特な国や都市”は、いまやほぼなくなっているからだ。

■候補地が次々に降りて2都市が残る

 2030年冬季五輪には、当初、10カ所以上が手を挙げると見られていた。しかし、それは単に検討するというだけの話で、実際に手を挙げて立候補したのは、2020年末時点で札幌を除いて4カ所にすぎなかった。

 バンクーバー(カナダ)、ソルトレイクシティ(アメリカ)、バルセロナ&ピレネー(スペイン、アンドラ共同開催)、リヴィヴ(ウクライナ)の4カ所である。

 しかし、今年になって3カ所が降りた。まずは、ロシアに侵略戦争を仕掛けられたウクライナのリヴィヴ。もともと立候補だけと見られていたので、これは当然の結果だった。

 続いて、バルセロナ&ピレネー。「ピレネー山脈で初のウインタースポーツ最大のイベントを!」と入れ込んでいたのはアンドラだけで、バルセロナ市民の大反対にあって挫折した。

 ソルトレイクシティは、2002年の開催地で、開催能力、設備面では十分だったが、2030年が2028年のロサンゼルス夏季五輪の2年後だけに、いつか降りるだろうと見られていた。また、市民の関心も薄かった。

 降板がはっきりしたのは、今年の6月23日。AP通信が米五輪・パラリンピック委員会(USOPC)のスザンヌ・ライオンズ会長の次のような発言を報じたからだ。

「(USOPCは) 2030年ではなく次の2034年大会を優先する」

 こうして残ったのが、札幌とバンクーバー。つまり、どちらかが降りれば、開催地は自動的に決まる。

■コンパクト予算を公表したバンクーバー

 バンクーバーは2010年の開催都市で、一昨年、五輪10周年の記念式典を行い、地元の経済界は再招致で盛り上がった。市議会も反対意見は少数で、とりあえず検討チームを立ち上げて招致の方向で動いてきた。

 検討委員会は今年の7月8日に、開催経費の見積もりを発表した。その額は、公費として10億~12億カナダドル(約1087億~1304億円)というコンパクトなもの。

 公費のほとんどは、警備費や会場費(前回大会の会場改修費も含む)に充てられ、それ以外に実際にかかる経費は、スポンサーやチケット収入などで賄うとし、その額を25億~28億カナダドル(約2718億~3044億円)としていた。

 この予算原案は、公費負担が少ない点で、市議会の賛同を得られるだろうと見られたが、その後の地元メディアの報道を見ると、「そんな額では済まないだろう」と、かなりの議員と市民が反対している。

 また、市議会スタッフによるレポートでは「招致する価値はない」と述べられている。

■バンクーバー、札幌、どっちもどっち

 バンクーバーの最大の難点は、再招致する「理念」「コンセプト」がないことだ。

 そこで、考え出されたのが、「先住民族が率先してホストする五輪」。ブリティッシュコロンビア州に暮らす先住民族4部族がイニシアチブをとり、バンクーバー市とウイスラー市で五輪を共催するというものだが、これが五輪のコンセプトとしてふさわしいかどうかはよくわからない。

 この点は札幌も同じだ。

 「札幌らしい持続可能なオリンピック・パラリンピック」とうたっているが、曖昧すぎてツッコミすら入れられない。

 すでに公表されている札幌の予算案は、2000億~2200億円で、新会場をつくらないことを掲げ、「低予算」「税金非投入」をうたっている。

 この点も、バンクーバーとそう変わらない。

 しかし、先の東京五輪もそうだったように、当初の見積もりなどほぼ意味がない。予算はどんどん膨らみ、公費負担は増えるいっぽうになる。

 IOCは「コンパクト五輪」を推奨しているが、実際は開催都市と絶対服従の“奴隷契約”を結び、五輪貴族と関係者、スポーツ関連企業が潤うようになっている。

 また、バンクーバーも札幌も、8年後の物価上昇をまったく想定していない。

■五輪憲章を変えてまで“ぼったくり”を

 五輪のインナーサークルだけが潤い、開催地の市民、国民が大損をするという五輪をやろうなどという都市、国は、いまはほぼない。中国のような強権国家か、資源に恵まれた金満国家ぐらいしか、手を挙げない。

 民主国家の場合、よほどマーケティング、コンセプトがしっかりしていなければ手を挙げない。なによりも市民、国民が反対する。

 こうした傾向に危機感を抱いたIOCは、開催地決定は原則として7年前と定められていた五輪憲章の規定を削除してしまった。つまり、開催したいと名乗りを上げてきた所があれば、IOC内の推薦で、いつでも内定を出せるようにしてしまったのである。

 これで決まったのが、2032年の夏季五輪、ブリスベン大会(オーストラリア)だ。まさに、ブリスベンはIOCの“1本釣り”のカモにされたと言っていい。

 さらにIOCは、これまでは1都市開催だったのに、複数の国や地域、都市にまたがって開催できるように規定を改定した。一都市では、莫大な予算を計上できないと考えたからだ。 “ぼったくり男爵”チームが考えそうなことである。

 現在、こうしたIOCの罠にまんまと引っかかりそうなのが、札幌とバンクーバーだが、バンクーバーは近い将来降りるのではないかという見方が強い。

 となると、札幌だけが、言葉は悪いがIOCのカモになる。

  IOCは、12月に最優先候補地を絞り込み、来年5〜6月にインドのムンバイで開かれるIOC総会で正式決定するとしているが、ブリスベンの例を見れば、そんな手続きはいらない。

■五輪汚職事件発覚でスポンサーが敬遠

 札幌市の財政力指数は0.733(令和元年度)で、政令指定都市20市のなかで17位と低迷。また、経常収支比率は95.3%で、財政の弾力性、自由度が低い状況にある。こんな財政状況にあるのに、おカネが出ていくだけの五輪をやろうとする人々は、いったいなにを考えているのか。

 札幌だけでは施設が足りないので、長野五輪の施設も使おうとしている。しかし、どちらの施設も老朽化して建て替えや改修工事が必要だ。また、選手村も2カ所につくらねばならいし、それに伴うセキュリティー費用も余計にかかる。

 招致委員会は、これらの経費を公費に頼らず、スポンサーからの協賛金、入場料収入などで賄うとしているが、東京五輪を巡る汚職事件が底なしの状況を見せているなか、はたしてどれだけのスポンサーが集まるというのか。

 東京五輪には国内スポンサーが68社集まったが、敬遠、激減は間違いないだろう。

■招致をやめる気のない札幌市長とJOC会長

 札幌市の秋元市長は8月25日の定例記者会見で、“ぼったくり男爵”との会談について「機運醸成に取り組んでいることを直接報告したい」と述べた。

 JOCの山下会長は8月30日の会見で「(汚職事件で)オリンピック・パラリンピック全体のイメージが損なわれてしまったのは事実」と顔を曇らせたが、札幌招致からの撤退を聞かれると、「そういった意見は(25日の)理事会でまったくなかった。私もそのつもりはない」と、明言した。

「夢よ、もう一度」と考え、それがあると信じることは悪いことではない。しかし、時代は変わっている。かつての夢は、いまは「悪夢」である。

 札幌では、これまで2回、反対グループによる市民参加の「札幌五輪不招致推進デモ」が行われた。しかし、いずれも小規模なもので、中央メディアはほとんど報じていない。ただし、今後も何度か行われる予定で、次回は9月16日(金)が予定されている。

 しかし、バンクーバーが降りてしまえば、札幌がババ抜きで言うところのババを掴むことになる。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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