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『刃牙』シリーズのオリバは、タキシードを立ったまま破り脱いだ! 人間にできるコトなのか!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

マンガやアニメには、しばしば「日常的な行為がすごい!」という現象が出てくるが、これなどその典型だ。

立ったままタキシードを破り脱ぐ。わははっ、すごすぎて笑ってしまう。

これをやったのは『範馬刃牙』に登場したビスケット・オリバ。

全米最強の男で、アリゾナ州立刑務所で豪華な暮らしをしている。そこで、刑務所ナンバー2のJ・ゲバルと戦うことになった。

多くの囚人たちが見守るなか、オリバは、恋人マリアが寝ているキングサイズのベッドを抱え、タキシード姿で戦いの場にやってきた。

そして、深く息を吸い、両腕を勢いよく振り下ろすと、タキシードの背中がバリイッッと破れ、オリバはその破れ目からバッと飛び出した!

まるでセミの羽化みたいな脱衣方法だが、さらにセミみたいで驚くのは、背中が破れたタキシードが、着ていたままの姿で立っていたこと。もうセミの抜け殻そのものだ。

この行為を見ていた囚人たちも感想は同じだったようで、「タキシードがそのまま…ッッ」「まるでセミの抜け殻みたいにッッ」「ありえねェッッッ」と驚いて、やがて「やっぱりオリバだッ」「誰も勝てねェッッ」などと大騒ぎしていた。

わはははっ、タキシードの破り脱ぎも、服が立ってるのも確かにスゴイけど、それは「誰も勝てねェッッ」に直結することなのか!?

マンガ界屈指のこの珍現象から、オリバの強さに迫ってみたい。

◆ゴージャスな刑務所ライフ

ここまでの説明で、逆に「?」が増えた読者も多いことだろう。

豪華な暮らし? 恋人? キングサイズのベッド? タキシード? どれもこれも、刑務所とはぜんぜん関係ないことばかりでは……!?

そう思われるのも無理はないが、オリバに限っては深々と関係があるのです。

刑務所内にホテルのスイートルームのような特別室があり、そこで恋人のマリアと暮らしながら、専属コックが作る1日10万kcalの食事を、1本10万ドルのワインで楽しんでいる! そのうえ、刑務所を自由に出入りできる!

そんなことが許されるのは、オリバが全米最強の男だから。

連邦警察は、手に負えない凶悪犯が現れると、オリバに逮捕を依頼する。オリバは武器も持たずに出かけて行って、難なく捕まえてしまう。

アリゾナ州立刑務所には4071人が収監されているが、その大半はオリバが捕獲してきたヒトビトだという。この功績で、自由でぜいたくな暮らしが保障されているのだ。

◆肺活量と筋力がすごい!

さて、タキシードを破り脱いだオリバの身体能力である。

描写を見ると、オリバは両手を上げて息を吸い込んでから、一気に腕を下げて服を破っている。肺に空気を取り込んで、胸を大きく膨らませたと思われるが、その肺活量はどれほどだろう。

対戦相手のゲバルのモノローグによれば、オリバの身長は「180cmあまり」で、筋肉量が「150kgを超える」という。

これはモノスゴイ! 身長180cmで格闘が強い人というのは、体重100kgほどだろう。成人男性の筋肉は、体重の40%を占めるから、普通なら筋肉量は40kgとなる。

ところがオリバは筋肉だけで150kgもあり、普通より110kgも重い。ということは、骨や内臓が常人と同じだとしても、体重210kg。その71%が筋肉だ!

そして成人男性は、体重の48%を体幹が占める。オリバの場合は101kg。空気を吸い込んで、その体積を20%増大させたとするなら、オリバの肺活量は20Lになる。成人男性の5倍くらい!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

さて、こうして息を吸って胸を膨らませながら腕を振り上げ、一気に腕を下げて、着ていたタキシードの背中を破ったわけである。

破ったタキシードの生地が、直径0.5mmの絹糸を1mmに1本の間隔で織ったものだったとしよう。

マンガの描写では、縦1mにわたって破れていたから、オリバは千本の絹糸を一気に引きちぎったことになる。直径0.5mmの絹糸は、1本で5kgの力に耐えるから、オリバが出した力は、5000kg=5t!

物体を両側から引っ張って5tの力をかけるには、両腕とも5tの力を出さねばならない。ということは、物を持ち上げるときのように両手が同じ方向に力を出せば、合計10tの力が出せる。このヒト、バスを持ち上げられるということだ。

さらにズボンも脱いだということは、おそらく革製のベルトも腹筋で引きちぎったのだろう。幅5cm、厚さ5mmとすれば、腹筋が出した力は8t。

――ここから考えれば、オリバの破り脱ぎを見て「誰も勝てねェッッ」と騒いでいた囚人たちは、科学的な見地からオリバの強さを予測した、ともいえるかもしれない。

そんなことのできるヒトビトが、何をしでかして刑務所に入れられたんですかね。

◆オリバが体を鍛えた理由

それにしても、オリバはなぜここまで強くなったのか。それには理由がある。

オリバがともに暮らす恋人・マリアさんは、かつてスリムで美しい女性だった。まことに傲慢だったが、オリバはそれも愛していた。

ところが彼女は病気になり、薬の副作用で太ってしまった。見たところ体重200kgはありそうなほどに。それでも傲慢さをまったく失わないマリアの心の強さに、オリバはいよいよ惹かれた。

オリバは「この身体は この女性(ひと)をこうするために こしらえたんだ」と言うと、マリアさんをお姫さま抱っこする……!

なんとなんと、太ってしまった恋人をお姫さま抱っこするために、オリバは150kgもの筋肉をつけ、全米最強となり、10tの腕力を身につけたというのである。

なんてスバラシイ男なんだ、ビスケット・オリバ! 筆者はこのキャラが大好きであります。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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