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なぜエル・ゴラッソは「過去を振り返らない」のか? ピッチ外のサッカーの楽しさを伝える難しさと充実感

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
『エル・ゴラッソ』4/20〜23号。1面を飾ったのは元日本代表の巻誠一郎さん。

■Jの試合がない中、あえて攻め続けるエルゴラ

 いまだに終息の気配が見えない、新型コロナウイルスの感染拡大。このほどJリーグは、5月30日以降開催予定の試合の延期を決定。これにより、シーズン再開(J3は開幕)は早くても6月7日以降となった。選手やクラブ関係者、そしてファンやサポーターの落胆は計り知れない。そしてそれは、われわれサッカーを伝える側についても同様だ。

「最初に延期が決まった時(2月25日)、ここまで長くなるとは思わなかったですね。2011年の東日本大震災でも(想定外の)中断期間はありましたが、再開の見通しが立たないのが辛いところです。もっとも当時のことを知っているのは、編集部で僕ひとりになってしまいましたが(苦笑)」

 そう語るのは、サッカー専門紙『エル・ゴラッソ』(以下、エルゴラ)の寺嶋朋也編集長である。2004年創刊のエルゴラは週3回の発行。他のスポーツ紙と異なり、サッカーのみを専門に扱っている。編集部はデザイナー含めて10名。J1・J2の40クラブすべてに番記者を配し、国内で行われるJクラブのすべての試合のプレビューとレビューを掲載している。

 そんなエルゴラだからこそ、試合がないのは死活問題。他の専門メディアが「温故知新」的な企画を連発するなか、中断期間中のエルゴラはかなり攻めている。目についた特集記事をいくつか挙げてみよう。「スタグル(スタジアムグルメ)」「Jリーガーと音楽」「ゲーフラ(ゲートフラッグ)」「サッカー本」「マスコット」などなど。よく、これだけアイデアが尽きないものだと思う。

2月25日に最初の延期を発表した村井満Jリーグチェアマン。この当時、中断期間が6月まで続くとは誰も想定していなかった。
2月25日に最初の延期を発表した村井満Jリーグチェアマン。この当時、中断期間が6月まで続くとは誰も想定していなかった。

■特集記事を支える「積み重ねてきた関係性」

「ネタ切れの恐怖ですか? もちろん、ありますよ(笑)。うなされて、夜中に起きることもあります。とはいえ、ただ週3回出せばいいというわけではない。振り返りものについては、やりたくないわけではないですが『目の付けどころの違い』は意識しています。『エルゴラ的にやれることは何だろう?』ということは、常に考えていることです」

 特集記事を続ける難しさについて、ふと本音を漏らす寺嶋編集長。同じ業界で禄を食む人間として、その気持ちは手にとるようにわかる。Jリーグの試合がある時は、編集作業もルーティーンで回っていく。だが、これが特集となると勝手が違う。それなりに準備に時間がかかるし、取材についても細かい調整が必要だ。加えて、選手との対面取材さえ憚られるご時勢である。

「これだけ連続して特集を組むのは、はっきり言って経験がなかったですが、Jリーグやクラブの方々、記者の皆さんの協力もあって紙面を作ることができました。最初に延期が発表された時は、そりゃあ慌てましたよ。次の号が白紙になって、すぐに編集会議を開いたら『順位予想やりなおし』でいこうと(笑)。ライターさんにお願いメールを出した時は、すでに真夜中でしたね。蓋を開けたら、ポジティブな反響が多かったです」

 このインタビューを実施したのは、ちょうど4/20〜23号が出たタイミングだった。「あの人はいま。後編」という特集で、ジェフユナイテッド千葉やロアッソ熊本などで活躍した元日本代表、巻誠一郎さんが1面を飾っていた。現役を引退した元選手に取材する場合、担保となるのは記者と取材対象者との信頼関係。「この特集に限った話ではないですが、個々の記者さんが現場で積み重ねてきた関係性が活きていますね」と編集長は胸を張る。

ZOOMでの取材に応じてくれたエルゴラの寺嶋朋也編集長。「ピッチ外の楽しさを紙面で表現できたのはいい経験」と語る。
ZOOMでの取材に応じてくれたエルゴラの寺嶋朋也編集長。「ピッチ外の楽しさを紙面で表現できたのはいい経験」と語る。

■サポーターの協力と「紙媒体の新たな価値」

 この号以降、エルゴラは創刊した04年から順次、シーズンを振り返る特集を組んでいる。さすがに振り返りものを挟まないと、そろそろ厳しいという認識があったのだろう。それでも、ユニフォームが楽天のクリムゾンレッドに変わる前のヴィッセル神戸(04年)や、名古屋グランパスでデビューした本田圭佑(05年)など、今につながる視点をしっかり押さえているのはエルゴラらしい。

「試合はもちろん、それ以外の部分でも楽しさがあるのがサッカー。ですから、両方をカバーできるような新聞にしていきたいと思っています。(中断期間後は)ずっとピッチ外の楽しさを伝える特集を組んできましたが、一方で歴史を振り返るというのも、Jリーグの今を知るという意味では大事だと思っています。今後は、そういった特集もやっていければと考えています」

 ちなみに寺嶋編集長によれば、ゲーフラ特集やスタグル特集は「サポーターの協力なしには実現しなかった」そうだ。いわく「SNSで呼びかけたら、僕らが知らない情報をたくさんいただけました」。SNSでの情報は貴重だが、すぐに流れてしまう。それらが紙面に定着されるという意味で、ウェブメディア全盛時代における「紙媒体の新たな価値」というものにも気付かされる。

「世界中であらゆるスポーツが自粛する中、サッカーは平和な時だからこそ楽しめるものです。そのことを、2011年の時と同様に痛感しています。と同時に、サッカーファミリーと培ってきた文化や絆といったものは、こういう時代でも共有できます。われわれにできることは、それらを発信していくことだと思っています」

 そう、力強く語る寺嶋編集長。一方で、今回の中断期間については「これまで何となく意識していたピッチ外の楽しさを、紙面で表現できたのはいい経験でした」とも。一日も早いJリーグの再開を願いつつ、今後のエルゴラのチャレンジにも注目したい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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