コロナ禍とシーザー・シリア市民保護法発動を前にシリア各地で抗議デモ
シリアでは、新型コロナウイルス感染症対策に伴う経済活動の停滞や、6月17日に米国がシーザー・シリア市民保護法を発動するのを前に、物価が高騰するなど、経済が再び悪化傾向にある。
1米ドル=1,670シリア・ポンドで推移していた為替レートは、この2週間で1米ドル=2,400シリア・ポンドへと一気に下落した(なお、「アラブの春」が波及する以前は、1米ドル=47~50シリア・ポンドで推移していた)。
こうしたなか、政府支配地域、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する北・東シリア自治局の支配地域、そしてシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が主導する反体制派やトルコの支配(占領)下にあるいわゆる「解放区」で、デモが再燃している。
政府支配地域で体制打倒を訴えるデモ
政府支配地域では、政権支持者が多いとされるスワイダー県と、2018年まで反体制派の支配下にあったダルアー県で抗議デモが繰り返されている。
反体制系のEldorarや英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、ダルアー県のタファス市で6月6日と9日、物価高騰に抗議するデモが行われ、住民数十人が参加した。
また、スワイダー県スワイダー市では6月7日、経済状況の悪化や物価高騰による生活難を訴える抗議デモが行われ、住民数十人が参加した。
デモは8日と9日にも続けられ、スワイダー県知事公邸前に集まった参加者は、生活状況の改善を求めるだけでなく、次のようなシュプレヒコールを連呼し、アサド政権の退陣や体制打倒、さらには同政権を支援するイランやロシアの排斥を要求した。
6月7日には、首都ダマスカスのドゥンマル区でも、パン製造工場での機械の故障によるパン供給停止に、住民数十人が抗議、物価高騰による生活難を訴えた。
こうしたなか、政権支持者が多いタルトゥース県のタルトゥース市やミスヤーフ市では、「シリア革命」の再興と体制打倒を呼びかけるビラが、学校などの壁に貼られているのが発見された。
北・東シリア自治区支配地域でシリア民主軍による住民抑圧に抗議するデモで死者も
もっとも激しいデモが繰り返されたのが、北・東シリア自治局の支配地域だった。
PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)が伝えたところによると、アレッポ県では6月1日、北・東シリア自治局とシリア政府の共同統治下にあるアレッポ市のシャイフ・マクスード地区とアシュラフィーヤ地区で、トルコや国民軍(トルコが支援する自由シリア軍、Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)によるアフリーン市住民への権利侵害に抗議するデモが行われ、住民数百人が参加した。
また、アフリーン郡からの国内避難民(IDPs)や地元住民数千人がタッル・リフアト市近郊のタッル・スースィーン村からサルダムIDPsキャンプに向かってデモ行進を行い、トルコの占領に抗議した。
さらに、6月9日には、ハサカ市でPYDと青年女性連合がトルコ軍の占領に抗議するデモを行った。
これらは、北・東シリア自治局の政策に沿ったいわば「官製デモ」だった。だが、その支配に異義を唱える「反体制デモ」も発生した。
国営のシリア・アラブ通信(SANA)やシリア人権監視団によると、米軍部隊が駐留するハサカ県のシャッダーディー市で6月4日、人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍の住民に対する権利侵害、生活難や物価高騰に抗議するデモが発生し、参加した住民はタイヤを燃やすなどして、街道を封鎖した。
これに対して、シリア民主軍は実弾を使用して強制排除を試み、住民1人が死亡、3人が負傷した。
同様の抗議デモは6月5日にもシャッダーディー市で発生したほか、8日にはハサカ県のアッターラ村、サブア・ワ・アルバイーン町、サアダ村、アリーシャ村に、9日にはダイル・ザウル県のズィーバーン町とハワーイジュ村に波及した。
「解放区」ではトルコ軍装甲車を襲撃する抗議デモも発生
一方、シリア北部に拡がるトルコの占領地(「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の泉」地域)でも、「占領当局」に対する抗議デモが発生した。
ANHAによると、アレッポ県のマンビジュ市北東に位置するトルコ占領下のトゥーハール村で6月2日、住民が女性に対する暴行などTFSAによる住民への権利侵害に抗議するデモを行い、TFSAの本部複数棟に放火した。
これに対して、TFSAは住民に向けて実弾を発砲し、女性3人と子供2人が負傷した。
また、6月5日には、シリア人権監視団などによると、ラッカ県タッル・アブヤド市近郊のアイン・アルース村で、TFSAの一つシャーム戦線が女性1人を含む住民多数を拘束したことを受け、タッル・アブヤド市で抗議デモが発生した。
シャーム戦線の本部前で始まった抗議デモは、シャーム戦線が住民の釈放を拒否したことを受けて市内各所に拡大し、一部住民が市内に展開するトルコ軍の装甲車を襲撃した。
「シリア革命」のノスタルジアに浸るデモも発生
シャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ県でのデモは異彩を放っていた。
シリア人権監視団によると、イドリブ市では6月4日、「自由の子供たちの金曜日」虐殺事件を追悼するデモが行われ、活動家ら参加者は体制打倒、革命成就などを訴えた。
「自由の子供たちの金曜日」とは、2011年6月3日にハマー県ハマー市のアースィー広場で行われた抗議デモの呼称。デモは当局の弾圧を受け、数十人が死亡したとされている。
イドリブ市ではまた、6月8日に、「革命のサヨナキドリ」ことアブドゥルバースィト・サールート(バセット)の命日(2019年6月8日)に合わせて追悼集会が行われ、活動家数百人が参加し、「シリア革命」の継続を確認した。
なお、同様のデモは6月9日、トルコ占領下のアレッポ県アアザーズ市でも発生した。
(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)