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大手芸能事務所・アミューズ、山梨への本社移転で掲げる原点回帰 芸能界の“働き方”に風穴を開けるか

武井保之ライター, 編集者
山梨県西湖のアミューズ ヴィレッジ内の本社棟になるLAKE/写真提供:アミューズ

 芸能界の第一線で活躍する多くの人気ミュージシャンや俳優、タレントが所属するアミューズ。芸能プロダクションとして数少ない東証プライム企業である同社は、昨年10月に東京から山梨県・西湖に本社を移転し、新たなスタートを切った。次なる時代を見据える先鋭的な取り組みが業界の注目を集めるなか、従来の芸能界の“働き方”に風穴を開けるのか。

「モノづくりへの原点回帰」のための本社移転

 1978年に代官山で設立して恵比寿へ移転。そこから渋谷へ移って20年ほどとなるアミューズ。渋谷の若者文化とともに成長してきた同社だが、2010年代後半から東京五輪に向けた街の大規模な再開発がはじまり、ひとつの転機が訪れる。アミューズ代表取締役 社長執行役員の中西正樹氏は、当時を「渋谷の街並みが変化していくなかで、自分たちも時代を彩る文化を内外から見つめ直す必要があると感じ、東京以外にもうひとつモノづくりの拠点を探していました」と振り返る。

 そうしているうちにコロナの世の中になり、会社としてのあり方や仕事の仕方、さらには人の生き方そのものを考え直す状況になる。そんななか、同社の大里洋吉会長とHAMAYOUリゾートの出会いがあり、東京からほどよい距離にありながら、大自然に囲まれた山梨県の西湖に本社を移転することが決まった。

アミューズ ヴィレッジ内の中庭に面するTAI-IKU-KANの外観と内観。打ち合わせスペースのほか、薪の暖炉やシアターブースも常設する/写真提供:アミューズ
アミューズ ヴィレッジ内の中庭に面するTAI-IKU-KANの外観と内観。打ち合わせスペースのほか、薪の暖炉やシアターブースも常設する/写真提供:アミューズ

「我々のモノづくりの仕事はインスピレーションが大事ですが、ここはそれを研ぎ澄ますことができる場所でもあります。当時、コロナでリモートワークがメインになり、人と直接会えないことによるコミュニケーション不足の問題が浮き彫りになっていたなか、もういちど大事なことに原点回帰しようというのが狙いです」(中西氏/以下同)

 気になるのは働き方だ。アーティストマネージャーなどは東京での仕事が中心になるだろう。同社は東京・渋谷にもオフィスを残しているが、部署ごとに勤務地が変わるのではなく、「西湖の本社」と「東京のフリーアドレスのオフィス」と「自宅でのリモートワーク」を3つの拠点として、社員それぞれが自由に働く設計になっているという。

「事業部やチーム、または個人やアーティスト単位で、それぞれの仕事に適した環境で働く方向にシフトしたんです。ただ、ベースは心と身体の健康を大事にするコロナ禍の働き方としての設計になりますので、今年はこれからの社会状況にあわせてアップデートしていかないといけないところも出てくると思います」

大切な時間を一緒に過ごすことで人間関係を活性化させる

LAKE内の多目的ホールとレッスンルーム(左)/写真提供:アミューズ
LAKE内の多目的ホールとレッスンルーム(左)/写真提供:アミューズ

 アミューズ ヴィレッジとしてグランドオープンした新本社は、オフィスだけではなく、イベントホールからシアターブース、撮影スタジオ、レッスンルーム、スポーツジムのほか、ギャラリーやリラックスできるダイニングとラウンジ、フェスやキャンプもできそうな広大な芝生の敷地まで備えている。すでに株主総会を同所で開催しているが、新人のレッスンカリキュラムが組まれるほか、コンベンションや発表会、撮影ロケーションとしても使用されている。

「人が喜んでいただけるものをマネージメントしたりプロデュースしたりすることでビジネスに昇華させていく我々にとって、ここは日本の至宝である富士山と大自然に囲まれた、インスピレーションや遊び心が必要になるクリエイティブに適した場所です。都会のいろいろなことを削ぎ落として集中する環境に身を置くことができるので、アーティストの創作活動にもどんどん活用していければと考えています」

 もうひとつの役割として、ここを人間関係を活性化させるための場にする狙いもある。中西氏は「アーティストや社員に家族など大事な人と一緒に大切な時間を過ごしてもらったり、我々と一緒にモノづくりをしたいという人たちに来ていただければ、その体験が共通言語になって、より関係が深まり、互いの創作力が高まります。これからどんどん色々な方々を呼びたいです」と笑顔を見せる。

常に驚きや話題を振りまくのがアミューズの気質

大自然の山々に囲まれるアミューズ ヴィレッジ敷地内の芝生の広場。フェスやイベントも開催できる/著者撮影
大自然の山々に囲まれるアミューズ ヴィレッジ敷地内の芝生の広場。フェスやイベントも開催できる/著者撮影

 アミューズは新しいことに積極的な会社でもある。所属するサザンオールスターズは、コロナ禍でアーティストのライブ活動がすべてストップするなか、2020年6月にいち早く無観客オンラインライブ配信を実施。国民的アーティストが動いたことで、それまでライブ配信への対応が鈍かった日本音楽界に大きな風穴を開けた。これは最近の事例のひとつだが、今回の東京から山梨への本社移転も含めて、常に先鋭的な取り組みで業界の先頭を走っている。

「常に驚きや話題を振りまいていくのがアミューズの気質です。会社として話題性と実利の両方を取りにいく。みんなが考えもしないことをイメージしてワクワクする感覚をもっている社員が多いですし、アミューズは常に何をやるのかわからないような会社であってほしいと願っています」

 それは保守的でもある芸能界において特異な存在になるかもしれない。一方、クリエイティビティが重視される職務が多い同社にとって、今回の移転は特別なことではなく、次なる時代へ向けた自然な流れの挑戦になる。それは芸能界の従来の働き方に風穴を開ける動きのように映る。その答えが出るのはこれからだろう。

「ここから新しいコンテンツや新たなアーティストを生み出すことが、ひとつの証明になるでしょう。結果で示していくことで、新時代が見えてくると思います。時代は常に変わっていますので、また新しい文化を創っていきたいですね」

 働き方の新たな一歩を踏み出した新本社のグランドオープンからまだ半年も経たない。そんないま、新たなスタートを切ってからの手応えを聞くと、中西氏は自信に満ちあふれた口調で語る。

「我々の仕事は、世の中に話題を作って、ヒットを生み出していくことに尽きます。僕は仕事と遊びの間に大事なものがあるといつも言っていて、それがアミューズらしさであり、エンターテインメント業界の大事な部分です。仕事でありながら遊び心がある場所に身を置くことで、必ず面白い発想が生まれます。そのためのコミュニケーションの躯体はできましたので、ここから移り変わる時代をどうスピーディーに読んでいくかが勝負になるでしょう。成果はこれからです」

アーティスト活動や社員の生活を守るための収益構造構築へ

山々に囲まれるアミューズ ヴィレッジ内のTAI-IKU-KAN/写真提供:アミューズ
山々に囲まれるアミューズ ヴィレッジ内のTAI-IKU-KAN/写真提供:アミューズ

 中西氏は2019年6月に45歳の若さで社長に就任した。その抜擢の背景には、アミューズの文化や伝統が身に染みついていることと、従来の芸能プロダクションのあり方やビジネス構造の新しい時代への適応を期待されたことがあるだろう。そこには、守っていかなければいけないことと、変えていかなければならないことがあったはずだ。

「我々の業界は普遍的なものを作っているように見えて、時代とともに変わっていくものでもあります。時を経ても変わらない大事なものをしっかりと守りつつ、変わっていかなければならないのは、時代にアジャストしていくこと。それがないとエンターテインメントとして表現できなくなってしまう。一方、変わっていくものや新しいものにばかり反応するのではなく、常に温故知新の意識を持ちながら古き良きものとつながっていくことも忘れずに、エンターテインメントを成熟させていきたいと考えています」

 そんな意識を持って、大きな船の舵を取ってきた中西氏。それはまさにテレビからネットへと主戦場である映像メディアの勢力図が大きく変わる激動の時期であり、エンターテインメントシーンが迎えていた時代の過渡期になる。就任当初からそんな状況に置かれるなか、大きな職責を背負ってきた。

「エンターテインメントの伝え方の手段は変わっていきますが、いいもの、面白いものを作るという本質的な部分は変わっていません。もちろん環境や時代の変化についていくために分析や研究をしないといけない。変化に対応せず安住していると淘汰されていきますから。そのなかで、変化の先に合う面白いものを作って、話題を振りまき続ける。人と人のつながりを大事にするクリエイティブの芯はまったくブレていません」

 そして、いま中西氏が見据えるのは次なる時代だ。この先への課題を聞くと「コロナのような有事が起こったときに、アーティストの活動や社員の生活を守る下支えとなるような恒久的にしっかりとマネタイズできる収益構造を作っていかないといけない。山梨での事業もそうですし、コンテンツの原作やアニメ、ゲームなどのIP開発もそのひとつになっていくでしょう」と掲げる。

「アミューズはアーティストマネージメントを中心に、音楽や映画、舞台などアーティストにまつわるコンテンツは全て作っています。あらゆるエンターテインメントを創造していく総合エンターテインメント企業として、どんな有事にも必要とされるコンテンツを生み出し、会社として下支えする力を強くしていくことが課題であり目標です」

芸能界では稀な上場企業であることのメリットとデメリット

LAKE内の共有執務スペース/写真提供:アミューズ
LAKE内の共有執務スペース/写真提供:アミューズ

 芸能界においてアミューズが他社と異なる特徴のひとつは、芸能プロダクションでは稀な東証プライム企業であること。アーティストの発掘や育成など長期的な投資が必要なビジネスには見通しの不透明さがあるほか、クリエイティブはときに上場企業として求められるコンプライアンスとぶつかることもあるかもしれない。上場が企業活動の足かせになってしまうことはないのだろうか。

 中西氏はその立場を俯瞰し、「アーティストやコンテンツの表現方法ひとつとっても厳しい目で見られることもあり、年々個性とコンプライアンスのバランスの難しさも感じています」と負荷になる部分を認めながらも、上場による企業としての見られ方や事業推進におけるメリットは大きいとする。

 そして、「上場企業として、短期的および継続的に利益を上げていかないといけない使命感があります。ですが、例えば生身であるアーティストは、良い時期も、耐え忍ぶ時期もあってこそ、魅力的な活動となるため、常に数字的な成長だけをお示しできるものではないと考えています」と力を込める。そんな同社だからこそ、ファンダムに近い好意的な視線が株主から送られているようだ。

「株主総会を通して感じるのは、アミューズの事業を理解し、アーティストを応援してくださる株主の方が非常に多いこと。面白いことをやってほしいという期待と温かさを感じるんです。そこに甘えてはいけないんですが、そういう愛のある方々にしっかり応えていかないといけないと肝に銘じています」

 アミューズには、サザンオールスターズや福山雅治、Perfume、吉沢亮、清原果耶などいまのエンターテインメントシーンに欠くことのできない人気アーティストが多く所属している。これからも幅広い世代の人たちを楽しませ、驚かせてくれることだろう。そんな会社の未来を担う中西氏に経営ポリシーを聞くと満面の笑みを浮かべて答えてくれた。

「アミューズには幅広い事業があり、いろいろな機能が備わっていると言われますが、それを構成しているのは当然人ですから、会社は才能を持つ集団、仲間なんです。それぞれの才能を持ち寄り、思いをひとつにする仲間と、仕事と遊びの間にある面白いことを追求していくことがクリエイティブにつながります。最終的にはビジネスも大事ですが、何より人肌のある仲間というか、熱く面白い人が集まっているエンターテインメント集団でいたいと思っています」

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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