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「自分は寂しい人間だった」競泳・瀬戸大也がすべてを語った“空白の3年間”

金明昱スポーツライター
2年後のパリ五輪でメダル獲得に向け過酷な練習に取り組む瀬戸大也(撮影・倉増崇史)

「金メダルを取ればすべてチャラになるなんて、そんな考えはありません」

 競泳の瀬戸大也はパリ五輪への思いを真っすぐな目で言い切る。今年6月の世界選手権では200メートル個人メドレーで銅メダルを獲得したが、ここまでの道のりは平坦ではなかった。彼は2020年に女性スキャンダルでバッシングを浴び、金メダル候補で迎えた2021年東京五輪ではメダルなしに終わった。あれから1年。どん底に落ちたスイマーはなぜ再起を決意したのか。瀬戸が「空白の3年間」を赤裸々に語った。

延期の事実を受け入れられなかった

――東京五輪が2020年に開催されていれば金メダル確実と言われていましたが、延期になったときはどんな気持ちでしたか?

 五輪のために人生をかけてやってきたので、延期って何?だったら中止にしてほしいと思いました。それくらい延期の事実を受け入れられなかった。あのとき、五輪の価値を見失いました。

――1年後に向けて、どのように過ごしていたのでしょうか?

 五輪にピークを持っていくために集中していたので、そのイレギュラーに対応するのは難しかったです。それでも1年後に向けて全力で頑張ろうと思いました。ただ、金メダルの重圧は苦しかったです。常に結果を求められるストレスがあり、結果を出すとチヤホヤされることもありました。トップアスリートでもそうして選手生命が終わっていくことはあると思うのですが、そこに乗っかっている自分がいました。東京五輪が延期になってからは、さらにそれがひどくなりました。

スキャンダルに「これで楽になれる」と思ったわけ

瀬戸は過去の出来事を振り返り、当時の心境を正直に語ってくれた(撮影・倉増崇史)
瀬戸は過去の出来事を振り返り、当時の心境を正直に語ってくれた(撮影・倉増崇史)

――東京五輪の延期決定から半年後には女性スキャンダルが報じられました。当時の心境はどうでしたか?

 自分のスキャンダルが出た時は「あ、これで楽になれる」、「東京オリンピックもないし、もうどうにでもなればいい」と思ったんです。メディアに出ている自分の姿と実際の姿にギャップや違和感があって、世間のイメージは本来の自分の姿ではなかった。だからこそすごく苦しかったです。

――それからどのように気持ちを切り替えていったのでしょうか?

 切り替えられたのは最近なんです。結婚して子どもを持っている夫婦は、支え合って子育てをしていくものなのに、自分は勘違いしていました。普通のサラリーマンとアスリートは違うんだと勝手な思い込みもありましたし、それはすごく傲慢な考えから生まれていたので、とても惨めですよね。日がたつにつれて、自分は何をしてたんだと思うようになりましたし、家族に背を向けて、もうどうにでもなれって思ってしまったことが情けないなと…。家族を傷つけたことが申し訳なく、自分は本当に寂しい人間だったと痛感する日々でした。

「東京五輪は早く終わってほしい大会でした」

――その後は活動停止から復帰して、2021年の東京五輪を前に「金メダルは99%取れる」と発言していますが、自信はあったのでしょうか?

 当時は自分の気持ちが乗ってなかったこともあり、周りにひっぱたいてもらおうっていう思いがあったんです。あえて強気な発言をすることで、逃げ道をなくしたかったというか、自ら火をつけて頑張ろうと思っていました。自分の中でも自信はあったのですが、結果はご存じの通りです。

昨年開催された東京五輪ではメダルなしで終わった瀬戸大也(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)
昨年開催された東京五輪ではメダルなしで終わった瀬戸大也(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

――出場した3種目ではメダルなしに終わりました。東京五輪はどんな大会でしたか? 

 正直、早く終わってほしい大会でした。もちろんコロナ禍でも開催に向けて、たくさんの方がご尽力されたのは知っていますし、その中で自分が起こした問題もあり、立場的にもネガティブな発言はできませんでしたから。ただ、結果的に(萩野)公介と引退する前にレースができたのはうれしかったです。

――東京五輪が終わってから引退を考えたことはありましたか?

 引退も頭をよぎりました。もう競泳をやめて、普通に仕事をしたほうが家族のためにもなるなって思ったこともあります。ただ、まだ続けたい、もう1回頑張りたいという強い思いがありました。世界選手権でチャンピオンにはなったけど、唯一ないのは五輪の金メダルでしたから。

引退もよぎった男はなぜ再起したのか

「このままでは終われない」

 世界の頂を目指すなら、環境を変えるしかなかった。瀬戸は、2016年リオ五輪女子200メートル平泳ぎ金メダルの金藤理絵さんらを育てた加藤健志コーチに指導を依頼。東海大学で30年以上の指導歴があり、競泳界ではハードな練習とベテランを再生させることで有名な指導者である。

加藤健志コーチの下で指導を受けている瀬戸。過酷なトレーニングにも笑顔が見られる(撮影・倉増崇史)
加藤健志コーチの下で指導を受けている瀬戸。過酷なトレーニングにも笑顔が見られる(撮影・倉増崇史)

――今年3月から加藤コーチの下で指導を受けていますが、きっかけは何だったのでしょうか?

 1月、長野で合宿しているときに、これからのことを考えながらトレーニングをしていたのですが、環境面で行き詰まることがあって、このままやっていても、後悔するなと思ったんです。本気でやるなら頼るのは加藤コーチしかいないと考えてるときに、加藤コーチから「元気でやってるか」と連絡があったんです。

――そこで自分の思いを伝えたわけですね。

 五輪で金メダルを取りたいと伝えました。加藤コーチからは、覚悟を持ってやらないんだったら、もうやめたほうがいいと言われましたし、男なら一つの道を極めて、夢に向かって頑張り尽くしたいなって話をしてくれました。そうしたら、すぐに覚悟を決めてました。トレーニングは過酷ですし、慣れていないのできついですが、結果はついてくると思います。

――指導を受けて、3カ月後に迎えた世界水泳では銅メダルを獲得しました。

 取り組んでいるトレーニングの成果だと思います。勝負勘は戻ってきていますし、結果を出せたことはうれしい。今まで(世界水泳の)金メダルもたくさん取ってきましたが、今年の銅メダルは一味違ったメダルでした。

今年の世界水泳200メートル個人メドレーで銅メダルを獲得した瀬戸(写真:ロイター/アフロ)
今年の世界水泳200メートル個人メドレーで銅メダルを獲得した瀬戸(写真:ロイター/アフロ)

SNSのコメントに「メンタルがやられてました(笑)」

――今年28歳、2年後のパリ五輪では30歳で迎えます。SNS上のコメントには「世代交代」や「年齢の衰え」といった声もあるようです。そうした声はどのように受け止めていますか?

 ピークを過ぎたっていう声は、あまりグサっと来ないです。年齢的にきついというのもそうです。もし北島康介さんや松田丈志さんに言われるんだったら、「やっぱきついのかな」って思うかもしれません(笑)。それでも自分は無理と言われても、その道を切り開いてみようって思うタイプの人間です。人間、本気になったらできないことはないって思ってます。

――ちなみに自分の記事に関する反応やコメントを見たりするのでしょうか?

 Yahoo!さんのコメント欄はもうしょっちゅう見ていました。それで東京五輪前はメンタルがやられてました(笑)。でも今はそれも気にしなくなりました。加藤コーチからは宇宙規模、世界規模で考えたらどうでもいいことなんだから、パリ五輪で金メダルを取るんだったら、練習に集中しろっていう話をしていただいて、まだまだ自分はダメだなと。ただ、批判だけでなく、応援メッセージもあったりするので、それはすごく力になります。

「堂々と公の場に立てるようになりたい」

五輪でのメダル獲得に向けて再出発した瀬戸。将来は日本水泳界への恩返しも考えている(撮影・倉増崇史)
五輪でのメダル獲得に向けて再出発した瀬戸。将来は日本水泳界への恩返しも考えている(撮影・倉増崇史)

――これまでの話を聞いていると、パリ五輪で金メダルを取ればすべてが報われるような感じもしますが、実際にはどう捉えていますか?

 金メダルを取ればすべてチャラになるなんて、そんな考えはありません。そんな考えだと、以前の自分に戻ってしまうのかなっていう思いもあります。今までのストーリーを知った上で、これからの自分を見てほしいです。ダメな人間が反省して、どん底から成長していく姿を見ていただければいいと思っています。もちろんパリ五輪では金メダルを取るために人生をかけて頑張りたい。競泳人生において、もうこれ以上できないっていう状況まで頑張って、最後はやめたいっていう思いがあります。

――現役を終えたあとの将来について考えたりしますか?

 具体的な将来が描けているわけではありませんが、競泳で有名になって、競技じゃないことでも有名になってしまったけれど、競泳があったから今の自分があります。そういう意味では、世界での経験を踏まえて日本の水泳界に恩返ししたい。それに、これからは堂々と公の場に立てるようになりたいです。

――最後に、この3年間は瀬戸選手にとってどのような期間でしたか?

 人間的には大きく成長できました。ただ、競泳に関しては全く成長ができなかった空白の3年間です。それでも自分の人間性を見つめ直し、これからの人生においては、正しい生き方や幸せになれる教えがあった3年間だと感じています。

パリ五輪まで2年。瀬戸を指導する加藤コーチは「壮絶な挑戦が始まっている」と語る(撮影・倉増崇史)
パリ五輪まで2年。瀬戸を指導する加藤コーチは「壮絶な挑戦が始まっている」と語る(撮影・倉増崇史)

■瀬戸大也(せと・だいや)

1994年5月24日生まれ。埼玉県出身。2013年、2015年世界選手権で男子400メートル個人メドレー2連覇。2016年リオ五輪男子400メートル個人メドレーで銅メダル獲得。2019年世界選手権で200メートルと400メートルの男子個人メドレーで2冠を達成。2020年9月、女性スキャンダルが報じられて、活動停止処分を受けた。2021年東京五輪は出場した3種目全てでメダルなし。2022年世界選手権の男子200メートル個人メドレーで銅メダル獲得。プライベートでは2017年に飛び込み選手の馬淵優佳と結婚、2018年に第一子、2020年に第二子が誕生。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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