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麻生財務相の「金は出せない」発言が暗示する警告とは

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
麻生財務大臣(画像は2016年撮影)(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

・三人のドクター

 大怪我をした患者が病院に運び込まれる。ドクターAは、「輸血をすれば、感染症や後遺症が出る可能性があるから、輸血をしないで手術だ」と主張する。ドクターBは、「怪我の程度が重い。感染症や後遺症の心配はあるが、今、輸血をすべきだ」と主張する。

 これまでなら、この二人が相談すればよかったのだが、ここに三人目のドクターCが現れて、「二人とも何を言っているのか。いくら輸血しても、感染症や後遺症なんか起こらない。何をためらっている、どんどん輸血しろ」と話に割り込んできた。ドクターAは耳を傾けないし、輸血すべきだと主張しているドクターBも「それはない」と一蹴する。

 ドクターAを財務省、ドクターBを一般的な経済学者や行政学者、そしてドクターCをいわゆるMMT理論支持者だとすれば、理解しやすいだろう。

・MMT理論が盛り上がったが

 新型コロナ以前から、「自国通貨建てでの財政赤字を拡大させても、問題は発生しない。政府債務の拡大に懸念は不要で、大幅な財政支出を行えば、経済の長期停滞を解決できる」というMMT理論は、公共工事や政府債務拡大を主張する一部の人たちからの熱烈な支持を受けてきた。

 コロナ禍が拡大してきた昨年春頃には、なぜかテレビの情報番組に登場する芸能人がMMT理論をしきりに主張していたのも記憶に新しい。現在でも多くの人が、積極的な財政出動を認めない財務省の方針をMMT理論から批判している。しかし、残念ながら、MMT理論が日本の政府によって受け入れられる可能性は少ない。

・「金は出せない」麻生財務相がダメ押し

 麻生太郎財務大臣は、2月24日の衆議院財務金融委員会で、「これだけバラマキしていても目標インフレに達していないのは事実」だとした一方で、2025年までは赤字国債(特例公債)の発行を継続せざるを得ず、国債発行額が巨額になっており、日本の財政運営への信認が失われる恐れを指摘した。国債や円への信認が消失すれば、インフレを含め、国民生活に多大な影響が及ぶことを懸念しているとした。

 その上で、2021年1月~3月の経済情勢は、「昨年10月~12月よりも下がることは間違いない」が、追加対策については「(現状で新たに)何か考えているわけでない」と述べた。

 麻生大臣は、改めてインフレへの懸念を指摘し、これ以上の赤字国債による財政出動は危険だとの認識を表明したことになる。

・「戦時下」の意味

 戦争が起これば、政府は軍事費を調達するために通貨を発行し、軍備を整える。一時的に好景気となるが、植民地を得たり、巨額の補償金を得られるというのであれば別だが、終戦後にそれに見合う戦果が得られなければ極度のインフレとなる。

 ヨーロッパの各国が、コロナ禍を「戦時下」だと例えているのは、そうした意味も含まれている。しばしば、ヨーロッパ各国の休業補償などを引き合いに出して、日本の財政出動が不充分だと批判されるが、要するに「事が終わった後のインフレ」も覚悟の上かどうかだと言える。

・富裕層はインフレを懸念

 世界的にも金やプラチナなどの貴金属、トウモロコシなどの穀物といったコモディティ市場の高騰が起きている。日本国内でも、コロナ禍で下落するのではと言われた不動産市場も、都市部や都市近郊部の住宅地で価格の上昇傾向がみられる。

 金融機関の職員は、「特に富裕層を中心に、政府や地方自治体の給付金や補助金などの支給に、将来のインフレを懸念する声が多い。そのため、資金を不動産や株式などに振り向ける傾向が出ている」と言う。こうした動きが、日本国内だけではなく世界的に起きているとも指摘する。

 ある中小企業経営者は「一時期、仲間の中小企業経営者の間でもMMT理論が流行った。しかし、海外からの原材料などの価格が上昇する状況をみて、不安になった」と話す。そして、「コロナ禍もそろそろ終わりそうだし、その後のインフレに備えて、不動産や株式に少しずつだが投資を移している」と言う。

●穀物価格は、2020年後半から価格が高騰している。
●穀物価格は、2020年後半から価格が高騰している。

・政府が日銀に「金塊」を売却したことも

 別の金融機関の職員は、「一般にはあまり話題にならなかったが、昨年12月に日本政府が保有する金塊約80トンを、日本銀行が約6,000億円で買い取るとの発表がインフレ懸念を強めたことは確かだ」と言う。

 政府が金塊を売却することで財源を確保するということもある。しかし、日本銀行が保有する金を積み増すことによって、国際的な信認を確保しておく意味があると考える。つまり、政府、通貨当局が今後の財政悪化からのインフレ懸念を持っていることを暗に認めたとも理解できる。それだけに12月の政府の日銀への金塊売却は、注目されているのだ。

・地方経済の悪化

 地方自治体は、すでにコロナ対策に多くの資金を投入し、貯金にあたる財政調整基金は底を尽きつつある。地方自治体が実施するコロナ対策に対しては、政府が地方創生臨時交付金を充当することができる。2020年度の第3次補正予算では1兆5000億円が計上された。

 しかし、コロナ禍による税収減が大幅になると見込まれている。地方自治体に対する政府の財政支援は、今後も避けられない。島根の乱と騒がれているが、背景にあるのは緊急事態宣言が発出されていない地方部での経済活動の低迷の厳しさである。今後、地方自治体から一層の財政支援の要求が強まるのは間違いない。

 ある保守系地方議員は「国会議員を通して、地方への積極的な財政支援を要望したが、麻生財務大臣は非常に渋い。財務省官僚と同じだ」と言う。さらに、「インバウンドのみならず国内観光客も消失してしまった状況で、地方経済は危機的状況だ。製造業も今は堅調だが、自動車の電動化など産業構造が急変する可能性もあり、今後、より積極的な財政支援が不可欠になるだろう」と言う。

・なんらかの対策を講じてリスクヘッジしておくことが重要な段階

 麻生財務大臣の発言は、裏を返せば財務省は、今後のインフレ懸念を持っていることを示している。現在の状況からみれば、依然としてインフレ覚悟の財政出動の必要な状況、ヨーロッパ各国が指摘するコロナ「戦時下」に日本もあると考えるべきだ。

 MMT理論支持者の主張するように、大幅な財政出動をしても国債や円の信認の消失もインフレも起きないと信じるならば、杞憂だと笑い、なんらリスクヘッジを行う必要はない。

 しかし、麻生財務大臣の発言をある種の警告と捉えるならば、行動は変わってくる。中小企業経営者はもちろんのこと、一人一人がコロナ「戦後」のある程度のインフレや経済不安が起きるリスクを想定し、なんらかのリスクヘッジに取り組むべきだろう。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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