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悪質クレームが売り場を壊す ~ お客様は神様なんかじゃない

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・悪質クレームが求人不足に拍車をかける

 「だから、上の人を出せと言ってるやろ。お前みたいなやつと話していても、しかたないんや!」

 

 関西のあるスーパーのレジで怒声が響き、思わず振り返った。買い物客が台をこぶしで叩きながら、レジにいる店員に罵声を浴びせかけている。

 「なにかミスがあるというよりも、態度が悪いとか、自分の思ったものがないとか、些細なことで激高するお客が増えている。こうしたことが増えるにしたがって、アルバイトやパートなどの募集に影響しつつある。」

 あるスーパーの関係者は言う。また、コンビニチェーン店をフランチャイズ経営する中小企業経営者は、次のように話す。

 「男性だとあまりないのですが、女性、それも留学生とかだと、ミスもしていないのに、くどくどと嫌がらせを言い続けるお客さんがいる。せっかく来てもらうようになったアルバイトなのに、あんたの憂さ晴らしにこっちは高い時給を払ってるんじゃないと怒鳴りたい時がある。」

・迷惑行為を受けたことのある従業員は全体の7割も

 問題になっているのは、金銭の要求や物品の交換といったものではなく、ただ困らせたり、嫌がらせ行為を行うハラスメントになっている「悪質クレーム」が増加している点である。

 流通業界の労働組合で作るUA ゼンセンが、昨年(2017年)11月に発表した悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケートには、約5万人超からの回答が寄せられている。これを見ると、顧客による「悪質クレーム」が「珍しいこと」ではなくなっている状況が明らかになっている。

 「客からクレームなどの迷惑行為を受けたことがある」は、回答者の実に74%に上っている。

 内訳でトップは「暴言」27.5%、次いで「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」16.3%、「権威的(説教)態度」15.2%、

「威嚇・脅迫」14.8%、「長時間拘束」が11.1%と続く。

 さらに、「セクハラ行為」5.7%、「金品の要求」3.4%、「暴力行為」2.0%、「土下座の強要」1.8%、「SNS・インターネット上での誹謗中傷」0.5%となっている。

 こうした顧客の行為に対しては、全体の90%超の回答者がストレスを感じており、精神疾患になったという回答者も1%いることが、このアンケートから明らかになっている。

・世直し・説教型クレームの迷惑

  UAゼンセンのアンケートでも、ほぼ半分の回答者が近年、こうした「嫌がらせ行為」が増加していると回答している。

 「突然、お前みたいなやつがここで働いているのは気に食わない。こんな奴はクビにしろと男性客に怒鳴られた。その日から、毎回のように来店しては、まだいるのか、早く辞めさせろと言われ続けた。店長は、ちゃんと守るからとその客に注意もしてくれたが、怖くなって辞めた。もう接客業はこりごり。」

 ある女子学生の体験である。他の学生たちも、「意味不明なクレームを受けたことがある」と話す者が多い。

 あるスーパーの関係者は、「最近は、教育制度がなってないとか、日本の流通業はおかしいとか、店員の対応や商品へのクレームではないことを延々と話し続け、激高して怒鳴るタイプが増えている。挙句に、自分がお前の会社の研修に行って教えてやるなどと言い出す人までいる。」と言う。

 こうしたタイプのクレーマーを世直し・説教型クレームと呼んでいる。しかし、「クレーマーとか、クレームと呼ぶべきではない。これらは、れっきとした嫌がらせや脅迫行為であり、ハラスメントと呼ぶべきだ」とこの関係者は指摘する。

・まあ、俺の話を聞け

 ある企業のお客様窓口の責任者は、「うちでは、まあ俺の話を聞け型と言っています。」と苦笑いする。以前は、製品の不具合についての苦情や交換の要求だったが、これらは手続きを踏めば解決する。しかし、最近では、なにを要求するわけでもなく、ただひたすら「まあ、俺の話を聞け」と話し続け、「挙句に、お前では相手にならない。上の者を出せと怒鳴り声を挙げ、今から会社に行ってやると言うような電話が多くなっている」と言う。

 こうした電話は、通常のクレーム対応に比較すると長時間に及び、さらに毎日のように繰り返し電話がかかるなど、経費的に大きな負担になってきていると言う。人件費が上昇し、従業員の確保が難しくなっている中で、悪質クレームをする人たちは経営者側から見ても、大きな問題になっている。

・企業側の対応だけでは限界も

 企業側が毅然とした対応を行うことが重要であることは当然である。また、こうした悪質クレーム対策を講ずることや、従業員に対しての研修、マニュアルの整備なども重要である。しかし、こうした企業側の対応だけでは限界だという意見も多い。

 UAゼンセンのアンケート結果でも、「迷惑行為への対応を円滑にする組織体制の整備」、「企業のクレーム対策の教育」、「企業のマニュアルの整備」などに合わせて、「法律による防止」や「消費者への啓発活動」も20%超となっている。

 いくつかの企業の顧客担当部署の関係者に話を聞く機会があったが、いずれもすでに一企業の努力だけでは改善できないと言う。また、ここ数年では、流通業界全体のイメージダウンを引き起こしている原因だとして、危機感を持つ関係者も増加している。

・なにが原因なのか

 こうした悪質クレーム(ハラスメント)が横行するようになっている原因はどこにあるのだろうか。高齢者の増加も一つの原因だとされている。特に説教型は、高齢者が自分の所属するコミュニティを失い、繋がりを求めて、「教えてやろう」と間違った方向に進んだ結果だと指摘する人もいる。世直し型は、やはり高齢者が多いが、最近では中年や若年でも「今の世の中はおかしい」だとか、「一言言ってやらないといけない」という人が増えているからではないかと指摘される。さらに、こうした行為を持て囃すような風潮も影響しているだろう。筆者も、中小企業経営者が規則通りで何の過失もない店員を、自分を特別扱いしないという理由で恫喝したとネット上に自慢げに書き込み、さらにそれを称賛する人たちの書き込みをみて暗然としたことがある。

 自分たちのストレスを、より弱い立場の人間にぶつけて発散させるという行為が、周り回って流通業界のイメージダウンを引き起こし、求人をより一層に困難に直面させている。法制度を整備し、罰則強化なども重要であるが、暴言や恫喝を持て囃すかのような最近の風潮を我々一人一人が反省すべき時期に来ているのではないだろうか。

 

※参考  「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果」 UAゼンセン流通部門調査 2017 年 10 月 PDF

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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