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軍事研究と科学者~どう向き合うか?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
軍事研究に科学者はどう向き合うべきか(写真はマンハッタン計画に関する秘密文書)(提供:アフロ)

衆院選アンケート結果分かれる

 先の衆議院議員総選挙で、私は仲間とともに、各政党にアンケートを送付した。

 その際、軍事研究に関する質問を行った。質問は以下のようなものだった。

 「大学等の研究者への国防・軍事研究予算の配分について、今後どのようにしていくべきだと思いますか?」

 それに対する各政党の返答は以下のようなものだった。

自由民主党 回答「その他」

わが国の高い技術力は防衛力の基盤であり、安全保障環境が一層厳しさを増す中、安全保障に関わる技術の優位性を維持・向上していくことは、将来にわたって、国民の命と平和な暮らしを守るために不可欠です。防衛省の「安全保障技術研究推進制度」は、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募するものです。従って、公募制であることから、政府が特定の研究を強制するなどというものではなく、研究自体は研究者の自由に委ねられ、政府の関与は他省庁同様の進捗管理程度となっており、研究成果の公開性や研究の自主性や自律性が明確に担保されていることを確認しています。その一方で、当該制度について、一部の方から懸念が示されています。

自民党としては、これらを踏まえ、同制度の健全な発展と、それを通じた安全保障と科学技術の健全な関係構築のために、より一層の努力を政府に求めていく考えです。

公明党 回答「現状維持」

立憲民主党 回答「その他」

政府からの研究助成金提供が理由で、大学が実質的に防衛技術の研究を強いられることがあってはならないと考えます。

幸福実現党 回答「増やす」

日本の防衛産業力の強化の必要性から、防衛技術への投資を積極的に実施すべきと考えるから。

日本維新の会 回答「増やす」

我が国の国民の生命、財産を守るために、学術界の英知を活用することが非常に有効であるため。

日本共産党 回答「廃止する」

大学・研究機関の防衛省との軍事協力を強めていることは、「海外で戦争する国づくり」のために科学・技術を軍事利用し、学問研究の自由を脅かすものです。とりわけ防衛省の「安全保障技術研究推進制度」は、大学等を軍事研究の下請け機関へ変質させ、「学問の自由」をじゅうりんする、極めて危険な制度であり、廃止すべきです。

 上記のように、各党の回答は分かれた。与党および維新、幸福実現党が積極的(もしくは現状維持)、立憲民主党、共産党が反対を示している。

大学と軍事研究の現状

 選挙アンケートにおける軍事研究に関する質問は、2014年の総選挙から行っている(科学技術を重視する党は?公開質問状に対する各党の回答)。この時点では、軍事研究という直接的な言葉で質問することすら、思い切ったことをするな、と思われるくらいだった。

 大阪大学の平川秀幸教授は、朝日新聞の論壇時評「論壇委員が選ぶ今月の3点」のなかで、上記記事を選んでくださっている(2014年12月25日付朝日新聞朝刊)。

 それから3年たった。もはや軍事研究に関する意見を口にすることがタブーではなくなったくらい状況が変化している。

 現在防衛省は、2015年から「安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度)」を設けている。

 我が国の高い技術力は、防衛力の基盤であり、我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、安全保障に関わる技術の優位性を維持・向上していくことは、将来にわたって、国民の命と平和な暮らしを守るために不可欠です。とりわけ、近年の技術革新の急速な進展は、防衛技術と民生技術のボーダレス化をもたらしており、防衛技術にも応用可能な先進的な民生技術、いわゆるデュアル・ユース技術を積極的に活用することが重要となっています。

 安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度※)は、こうした状況を踏まえ、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募するものです。

出典:防衛省ウェブサイト

 2017年度には104件の応募があり、14件の課題が採択された(防衛施設庁ウェブサイトより)。

 大規模研究課題で採択された6件は以下の通り。

  • 極超音速飛行に向けた、流体・燃焼の基盤的研究(宇宙航空研究開発機構)
  • フォトニック結晶による高ビーム品質中赤外量子カスケードレーザの開発(物質・材料研究機構)
  • 無冷却タービンを成立させる革新的材料技術に関する研究(株式会社IHI)
  • 共鳴ラマン効果による大気中微量有害物質遠隔計測技術の開発(株式会社四国総合研究所)
  • 極限量子閉じ込め効果を利用した革新的高出力・高周波デバイス(富士通株式会社)
  • 複合材構造における接着信頼性管理技術の向上に関する研究(三菱重工業株式会社)

 また、小規模研究課題で採択された8件は以下の通り。

  • マルチアングル3次元ホログラフィックGB-SARによる不均質媒質内埋設物の高分解能な立体形状推定に関する研究(宇宙航空研究開発機構)
  • 電気化学的手法によるCFRP接着界面域におけるエポキシ当量測定(宇宙航空研究開発機構)
  • 海水の微視的電磁場応答の研究と海底下センシングへの応用(情報通信研究機構)
  • 半導体の捕獲準位に電子を蓄積する固体電池の研究開発(東芝マテリアル株式会社)
  • 超広帯域透過光学材料・レンズに関する研究開発(パナソニック株式会社)
  • 不揮発性高エネルギー密度二次電池の開発(株式会社日立製作所)
  • MUT型音響メタマテリアルによる音響インピーダンスのアクティブ制御の研究(株式会社日立製作所)
  • 超高温遮熱コーティングシステムの開発(一般財団法人ファインセラミックスセンター)

 上記の研究は、研究代表者に大学所属の研究者がなっている例はないが(理由は後述)、大学も分担機関となっている課題もある。

大学、日本学術会議の対応

 こうした状況のなか、大学に所属する研究者の間からは懸念の声があがっている。太平洋戦争時、大学が軍に協力した歴史を踏まえ、軍事研究を行わなない旨の宣言などをしている大学が多い(日本科学者会議 軍事研究と大学参照)。

 一方、東京大学などでは、軍事研究に関して微妙な姿勢をみせている。

 軍事研究の意味合いは曖昧であり、防御目的であれば許容されるべきであるという考え方や、攻撃目的と防御目的との区別は困難であるとの考え方もありうる。また、過去の評議会での議論でも出されているように、学問研究はその扱い方によって平和目的にも軍事目的にも利用される可能性(両義性:デュアル・ユース)が、本質的に存在する。実際に、現代において、東京大学での研究成果について、デュアル・ユースの可能性は高まっていると考えられる。

 このような状況を考慮すれば、東京大学における軍事研究の禁止の原則について一般的に論じるだけでなく、世界の知との自由闊達な交流こそがもっとも国民の安心と安全に寄与しうるという基本認識を前提とし、そのために研究成果の公開性が大学の学術の根幹をなすことを踏まえつつ、具体的な個々の場面での適切なデュアル・ユースのあり方を丁寧に議論し対応していくことが必要であると考える。

出典:東京大学における軍事研究の禁止について

 「科学者の国会」と言われる日本学術会議では、先ほど終了した第23期まで、「安全保障と学術に関する検討委員会」にて議論を続け、声明および報告書を公表した。

 声明は以下のように述べる。

 防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(平成 27 年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い。学術の健全な発展という見地から、むしろ必要なのは、科学者の研究の自主性・自律性、研究成果の公開性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である。

 研究成果は、時に科学者の意図を離れて軍事目的に転用され、攻撃的な目的のためにも使用されうるため、まずは研究の入り口で研究資金の出所等に関する慎重な判断が求められる。大学等の各研究機関は、施設・情報・知的財産等の管理責任を有し、国内外に開かれた自由な研究・教育環境を維持する責任を負うことから、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。学協会等において、それぞれの学術分野の性格に応じて、ガイドライン等を設定することも求められる。

出典:声明「軍事的安全保障研究に関する声明」

 この声明は国会でも議論され、声明を受けていくつかの大学がこの声明に沿った対応を表明している。防衛施設庁も先に述べた研究費の要件を変えた。そして前述のように、2017年度の採択課題の研究代表者には、大学所属の研究者はいなくなった(安全保障と学術に関する検討委員会(声明)「軍事的安全保障研究に関する声明」インパクト・レポート(改訂版))。

学問の自由を侵す?

 この日本学術会議の声明に対しては批判もある。

 日本は北朝鮮の核に対して核で対抗することはできないが、核の知識がなければそれへの対抗策を施すことはできない。サリンを大量に持つべきではないが、サリンの性質を知り、効果的な対策を練る研究は絶対に必要だ。サイバー攻撃から守るには、その仕組みを研究しなければならない。これらの研究の倫理性を疑うのは的外れである。

 大学の研究者の中には、自国の平和と安全を願い、防衛技術の向上に貢献したいとの意欲を持つ人がいる。日本学術会議の声明はそういう研究者の「学問の自由」を奪い、結果として日本の防衛の弱体化に貢献している。

出典:【正論】 自らに時代遅れの制約課す日本学術会議 軍事研究禁止は国を弱体化させる 平和安全保障研究所 理事長・西原正

 研究者のなかにも、日本学術会議の声明や各大学の対応が学問の自由を侵しているという意見を持つものもある。

 また、若手研究者の置かれた環境が厳しい状況になっているなか、こうした研究費を禁止するのは問題があるという声も聴かれる。

対話をしよう

 選挙の結果は皆さんがご存知のとおり、与党が圧勝した。維新もあわせれば、軍事研究に前向きな党が過半数を占める。この民意は重く受け止める必要がある。

 北朝鮮情勢の緊迫化などもあり、軍事・国防研究をきっちりとやれ、という意見は多い。ウイルスの研究など、悪用されれば危険な研究もあり、軍事・国防研究との境界があいまいな研究もある。一方で、軍事・国防研究の必要性は認めつつも、それは専門の研究所でやってほしいという意見もある。

 軍事・国防研究に関しては、イデオロギーで相手にレッテルを張るのではなく、お互いの意見を尊重しつつ丹念に対話していくことが重要なのではないかと思う。世論が分かれる問題で対話していくというのはなかなか難しいが、それでも対話こそが問題解決のカギだと信じている。

 私も対話の場を積極的に設けていきたいと思っている。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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