なぜ美術展フレンチは生まれたのか? 帝国ホテル 東京の「食欲の秋」と「芸術の秋」
食欲の秋
東京の最高気温もようやく25度を下回るようになり、だいぶ過ごしやすくなってきました。厳しい暑さも終えて、やっと秋を迎えたという感じではないでしょうか。
秋のイメージといえば「食欲の秋」。そこから食べ物を真っ先に思い浮かべる人もいるでしょう。夏バテで落ちていた食欲も回復し、米、芋、栗、カボチャ、サンマ、マツタケ、柿、梨、ブドウなど、日本でよく食べられる多くの食材が秋に旬を迎えます。
他にも「読書の秋」「スポーツの秋」と表現されたり、心にゆとりができ、環境もよいことから「芸術の秋」といわれたりもします。
色々な「秋」がありますが、「食欲の秋」と「芸術の秋」は全く結びつかないようなイメージがあるかと思います。
しかし実際には、そうでもありません。
美術展とのコラボレーション
最近ホテルのレストランではよく、美術展とのコラボレーションが行われており、展示されているアートやアーティストにまつわる料理を提供しています。
さらには、ホテルで食事すると入館料が割引されたり、反対にチケットの半券を持っていけば食事が割引になったりする試みも行われているのです。
こういった状況の中で特に美術展とのコラボレーションに力を入れているのが、帝国ホテル 東京「ラ ブラスリー」。
これまでのところ、以下の通り、多くの有名な美術展とコラボレーションを行ってきました。
「ラ ブラスリー」と美術展とのコラボレーション
- 2017年2月
ミュシャ展(国立美術館)
- 2018年8月~9月
藤田嗣治展(東京都美術館)
- 2019年8月~9月
みんなのミュシャ展(東急BUNKAMURA)
- 2019年9月~11月
コートールド展(東京都美術館)
2017年から毎年コラボレーションが行われているので、「ラ ブラスリー」では美術展とのコラボレーションが楽しめるというというイメージが持たれつつあります。
コートールド展とコラボレーションしたコース
この2019年9月5日から11月6日にかけて開催されているのが、コートールド展とのコラボレーション。
ロンドンにあるコートールド美術館のコレクションから、印象派やポスト派の選りすぐりの作品が展示される「コートールド美術館展 魅惑の印象派」開催に合わせ、それぞれの展示作品をイメージしたコースを用意しているのです。
そのコース内容は次の通り。
コートールド展とのコラボレーション
- テムズ川の畔にて
スコティッシュサーモンのカナッペ
- ゴーギャンの黄色とタヒチでの生活
蟹のタルト ココナッツクリームとマンゴーのヴィネガー風味
- 日本に強く憧れたゴッホ
帆立貝のリソレと優しいクリームスープ ページュ・ドゥ・ヴィーニュのアクセント
- セザンヌからモネへ
真鱈のブイヤベース風(セザンヌ)
- ルノワール 女性の美への追求
ほろほろ鳥の赤ワインブレゼとフォワグラの取り合わせ ジロル茸を添えて
- マネの描くバーテンダーより
ブラマンジェの柑橘風味とシャンパーニュのグラニテ クープ仕立て
- コーヒー
どのメニューも展示作品からインスピレーションを得て仕上げられたモダンなフランス料理となっており、食べるのが楽しみになります。
冷前菜、温前菜、魚料理、肉料理、デザートという流れになっているので、フランス料理のコースとしてはフルコースであるといってよいでしょう。
注目料理
料理を詳しく紹介します。
「スコティッシュサーモンのカナッペ」はテムズ川の畔をイメージしたアミューズ ブーシュ。脂がのったスコットランド産のスモークサーモンをライブレッドのカナッペに載せており、シャンパーニュとの相性も抜群です。
「蟹のタルト ココナッツクリームとマンゴーのヴィネガー風味」は、ゴーガンの作品に思いを馳せ、タヒチで古くから豊潤の象徴といわれるマンゴーを用いた蟹のタルト。黄色の彩りが美しく、マンゴーの優美な香りが印象に残ります。オカヒジキはシャキシャキとよい食感で、ココナッツクリームは優しい甘味。
「帆立貝のリソレと優しいクリームスープ ページュ・ドゥ・ヴィーニュのアクセント」は「日本に強く憧れたゴッホ」がテーマ。日本の帆立貝とフランスの桃「ペーシュ・ドゥ・ヴィーニュ」をマリアージュさせた一皿で、帆立貝の潮の香りを桃のふくよかな風味が包み込んでいます。赤水菜を加えて、メリハリのあるテクスチャに。
「真鱈のブイヤベース風(セザンヌ)」は、料理が好きであったモネが残したレシピを参考にした南仏の伝統料理。濃厚な旨味のあるブイヤベースと合わせても、真鱈の繊細な味わいがしっかりと感じられます。
「ほろほろ鳥の赤ワインブレゼとフォワグラの取り合わせ ジロル茸を添えて」はヨーロッパで「食鳥の女王」と呼ばれるほろほろ鳥を赤ワインで優しく火を入れしたメインディッシュ。ほろほろ鳥のジューシーな旨味を、赤ワインがさらに引き出しています。胸肉と腿肉が使われているので、それぞれの味わいと食感の違いを楽しむとよいでしょう。
「ブラマンジェの柑橘風味とシャンパーニュのグラニテ クープ仕立て」は、コートールド展の見どころのひとつであるマネの大作「フォリー=ベルジュールのバー」をオマージュしたデザート。シャンパーニュと作品中にも並んでいるオレンジをクープ仕立てにし、豊かな香りと上品な口溶けを楽しめます。口中をリフレッシュさせる最後に相応しい作品です。
美術展とのコラボレーションを行う理由
コートールド展とのコラボレーションは非常に興味深いですが、そもそも、どうして美術展とのコラボレーションが行われるようになったのでしょうか。
「ラ ブラスリー」は、パリのデザイン事務所によって内装が設計されており、開店当初からミュシャの名画が飾られ、アールヌーボー時代にタイムスリップした雰囲気が楽しめる希少なダイニングとして知られていました。
パリのブラスリーやビストロには、アールヌーボー時代、ミュシャなどの芸術家が集まっていたといわれており、当時から現在に至るまで、芸術家が自作のアート作品を店内に飾り、時には飲食代と引き換えたりするなど、ブラスリーとアートとの関わりは歴史の中で育まれてきたのです。
そのため、「ラ ブラスリー」では、こうした歴史的、文化的な背景に敬意を表して、年1回はアートと料理、ワインのコラボレーションを企画するようになったのです。
コートールド展について
アートから料理を紡ぎ出すことは容易ではありませんが、どのようにしてメニューを生み出しているのでしょうか。
料理長を務める八坂繁之氏は「まず絵と向き合い、自身が見て感じた印象と他の方の印象を比較、分析することから始め、そこから、どのように料理へ昇華させるのかを考える。通常とは異なる視点で料理を組み立てているので、自分自身の料理を俯瞰的に確認できる、よい機会」とポジティブに捉えています。
今回のコートールド展については、「昨年、東京都美術館で開催された藤田嗣治展とのコラボレーションがとてもよい反響をいただき、今回は自然な流れで開催が決まった。思い返すと、お客様から『料理のコースをまるで藤田の人生を振り返る時間旅行のように楽しめた』とコメントをいただけるなど、回顧展に対する私の想いが料理を通じてお客様にお届けできたと感じてとても嬉しかった」と、大きな手応えがあったといいます。
さらには「美術展の絵の解説や山形由美氏のフルート演奏による音楽の調べと共に、料理、ワインのマリアージュを楽しめる一夜限りのガラディナーを家庭画報と共催したり、藤田の絵画のレプリカを店内に設置し、ワインのコルクで描かれた藤田嗣治を店頭に飾ったりするなど、総合的に楽しめる企画となったことも大きい」と冷静に分析。
そして、今年のコートールド展でも、10月1日に家庭画報と一夜限りのガラディナーを共催し、東京都美術館より学芸員の方による解説、今回展示の印象派の名画をイメージしたダンスパフォーマンス、料理とソムリエ厳選ワインのコラボレーションを行いました。
毎回苦労している
コートールド展については、2018年10月から打ち合わせを始め、料理は1ヶ月くらいで大枠が決まったといいます。
順調であるかのように思えますが、「イベントが始まってもなお、盛り付けはもっとこうした方がよいのではないか、塩味をもう少し抑えた方がよいのではないかと、試行錯誤を繰り返している」と語るのが、謙虚な八坂氏らしいところです。
最も苦労した点に関しては「正直いえば、毎回苦労している。全体を通じて、色使いに関しては、絵と全く同じ色使いをするのではなく、絵全体の印象をとらえて料理に取り入れるように努めている」と答えます。
具体的なことを尋ねると「例えば、全体的に淡い色使いなのか、ビビットなのか、ポイントとなっているのはどの色なのかなどを捉えた上で料理に反映させるように心がけている。苦労は伴うが、自分なりに絵を解釈して楽しみながら創作している」と述べるように、難題であればあるほど、八坂氏はその実力を発揮できるのではないでしょうか。
今後も美術展とのコラボレーションを
帝国ホテルに関する最近の話題といえば、京都市東山区にある祇園甲部歌舞練場敷地内の「弥栄会館」をリノベーションして新しいホテルをオープンすると発表したことでしょう。
1890年に開業した帝国ホテルには、食を始めとして多くの日本の文化が蓄積されています。そして、弥栄会館は1936年に竣工し、国登録有形文化財・京都市の歴史的風致形成建造物に指定されている建造物です。
ますます日本内外の文化に根ざしていこうとする帝国ホテルにとって、海外で文化の根源を形成する美術展とのコラボレーションを行う「ラ ブラスリー」は、非常に重要な役割を担うレストランではないでしょうか。
八坂氏は「来年度以降のスケジュールは未定だが、幅広く検討している」と話しますが、さらなる高みを目指して美術展とのコラボレーションが行われていくのは間違いないと私は確信しています。