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【体操】リオ五輪団体金メダルから1年、加藤凌平は今

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2016年夏、リオデジャネイロ五輪でMVP級の活躍をした加藤凌平(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 体操ニッポンがリオデジャネイロ五輪団体金メダルに輝いてから8月9日でちょうど1年。2020年東京五輪に向け、新たなメンバー構成で10月の世界選手権(カナダ・モントリオール)に臨もうとしている中、リオの団体決勝でMVP級の活躍を見せた加藤凌平(コナミスポーツ)は今年4、5、6月の代表選考会シリーズで成績が及ばず、世界舞台の出場権を逃した。

 18歳で初出場した12年ロンドン五輪以来、リオ五輪までの5年間、毎年日の丸を背負い続けてきた男子体操の中心選手、加藤。今、どんな思いを抱きながら日々を過ごしているのだろうか。

リオ五輪から1年、現在の心境を語った加藤凌平(撮影:矢内由美子)
リオ五輪から1年、現在の心境を語った加藤凌平(撮影:矢内由美子)

■体づくりに専心

「リオの団体から1年ですか。全然気づいていませんでした」

 8月8日、埼玉県草加市にあるコナミスポーツ体操競技部の体育館。練習後の加藤はリラックスした様子でそう言い、微笑んだ。

「今やっているのは体づくり。ロープをひたすら上ったり、おしりの筋肉を鍛えるメニューをやったり。技術練習よりも体作りの補強メニューに取り組んでいます」

 10メートル近い高さからつり下げられたロープを2往復1本、1往復1~3本。これだけやるのは高校生の時以来だという。「2往復目は相当きついです」と顔をしかめてみせたが、その表情には爽快感も見える。

「ロープは弱かった肩周りの筋肉を鍛えるため。おしりの筋力強化は(15年8月に)左足首をけがしてから筋肉が落ちて、以前の状態に戻っていないから。筋力を上げればケガも少なくなるし、年齢が高くなるにつれて筋力をつけなければカバーできないことが増えてきますからね」

所属するコナミのイベントに参加し、楽しそうな加藤凌平(撮影:矢内由美子)
所属するコナミのイベントに参加し、楽しそうな加藤凌平(撮影:矢内由美子)

■リオ五輪団体金メダル“陰のMVP”

 昨夏のリオ五輪。加藤は団体総合予選の6種目中5種目で重圧がかかる1番手に起用された。団体決勝では内村航平の6種目に次いで2番目に多い5種目を任され、すべてノーミスの会心の演技で、団体金メダルに大きく貢献した。

 狙った試合で必ずピンポイントで100%の力を発揮できる調整能力と、どんな大舞台でも揺らぐことのない強靱なメンタルは、体操ニッポンをアテネ五輪以来の頂点に押し上げるのに不可欠だった。

 切望し続けた団体金メダルを5人のメンバーで手にしたとき、内村はうれしさのあまり加藤のおしりをうれしそうに蹴り上げながら「凌平、お前はやっぱりさすがだよ。凌平がMVPだな」とはしゃいだ。エースに褒められ、加藤も至福の思いに包まれた。

 しかし、最大の目標を手にした後は、苦しんだ。金メダルの2日後に出場した個人総合では、予選6位通過ながら決勝で崩れて11位。狙っていたメダルからほど遠い結果に終わり、唇をかみしめた。

 このときに感じたのが、「ロンドンからの4年間を団体に懸けすぎた。(個人のトップ争いから)取り残されてしまった」という思いだ。

 個人のミスがチーム全体に影響を及ぼす団体では、ミスをしない演技構成が求められる。代表に毎年入り続けていた加藤は、確実性に軸足を置くことにより、個人の争いになったときに演技構成の難度が足りていない状態になっていた。そのことに気づいたのが、リオの舞台だった。

苦手種目がないのは加藤の強み(撮影:矢内由美子))
苦手種目がないのは加藤の強み(撮影:矢内由美子))

■燃え尽き、揺れ、緩み

「2017年は、代表を狙っていくのか、1年をレベルアップのために費やすのか、悩んでいます」

 こう話していたのは昨年12月の豊田国際のときだった。悩みとは、ミスするリスクの少ない構成で手堅くまとめるか、新しい技を取り入れて大幅な飛躍を狙うかということである。しかし、今年に入ってからも気持ちが定まらず、試合が近づくにつれ、「代表に入りたい」という思いが強くなっていった。

「揺れる気持ちと、リオで少し燃え尽きた部分もあった。今年になってからも精神的に少し緩んでいる部分がまだあった」

 その結果、3月のアメリカンカップで思うような演技ができず、4月の全日本個人総合で9位、5月のNHK杯で8位。最後の望みだった6月の全日本種目別ゆかでは、演技としては良かったが、2位の谷川航に0・1点及ばず、代表候補入りを逃した。

会見ではつねに淡々としていたが、重圧はあった(撮影:矢内由美子)
会見ではつねに淡々としていたが、重圧はあった(撮影:矢内由美子)

■代表落ちも「肩の荷が下りて、ほっとしている」

 悔しい思いは当然あった。しかし、一方で解放されたという思いも沸いてきた。

「ずっと代表に入り続けたことで、いろいろと疲労してきていた。ですから今は良い機会だと思っています。正直、ほっとしています。もちろん、代表に入れてそこで活躍できれば良いのですが、代表の試合があれば、おそらく自分の性格的には絶対にミスをしない構成を組んで取り組むと思う。今は、しっかり時間をつくって、構成を練り直したりする期間があって良かったと思っています」

 順天堂大1年生で出たロンドン五輪から、つねにプレッシャーにさらされながら突き進んできた。能力と若さではねのけていた加藤ではあるが、やはり過酷な面があったのだ。

「代表から外れたくない、外れてはいけないという感じで練習していたので、少し苦しい部分もあって。会場に入れば試合を楽しむという良いモチベーションでできるのですが、試合まで時間があるときの練習では気持ちが難しいこともありました。今はまた来年からしっかり代表に入りたいという新たなスタートができる気持ち。一回、肩の荷が下りてほっとしています」

 ロンドン五輪の後は4年間で演技構成の難度を示すDスコアを何点上げるという目標を立てていた。年ごとの6種目の合計スコアの目標、1種目ごとの目標も立てた。鉄棒と跳馬は目標をクリアできたが、ゆかとつり輪はできなかったという。

「全種目ともDスコアを上げたい」と語る加藤(撮影:矢内由美子)
「全種目ともDスコアを上げたい」と語る加藤(撮影:矢内由美子)

■「自分に期待を持てる。殻を破れる」

 3年後の東京五輪に向けて現在考えているのは、まず、団体戦が再開する来年の世界選手権の団体メンバーに入ることだ。(※体操の世界選手権は五輪翌年は個人総合と種目別のみの開催で、団体は五輪2年前と前年に開催)演技構成の難度を上げることももちろん考えている。

「来年からしっかりと代表に入り続ければ、東京五輪でも代表に入れると思います。ただ、今までは(選出ラインの)3番以内に入ればと思っていましたが、今後はそういう甘えを捨てていきます。トップを目指して代表入りしたい」

 今年の世界選手権の個人総合には内村と白井健三が出る。今年、白井には追い越された形になったが「しっかりやれば、競っていたとしても遅れをとることはないと思う」と自信を覗かせる。内村を抜くのは自分だという気持ちもあるはずだ。

 18歳から5年間、日の丸を背負い続けた。大けがをして苦しいときも決して弱音を吐かず、抜群の精神力で体操ニッポンの栄光を刻み続けた。今は一度ペースを落として次の栄光に向かい、土台を固めていくとき。

「自分に期待を持てる。殻を破れそうだという気持ちがあります」

 再び浮かべた穏やかな笑みの上に、力強い意志が重なっていた。

「殻を破れそうです」と表情も明るい(撮影:矢内由美子)
「殻を破れそうです」と表情も明るい(撮影:矢内由美子)
子どもを見つめる目は優しい(撮影:矢内由美子)
子どもを見つめる目は優しい(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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