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今年のアカデミー賞で唯一の謎は、主演男優賞がケイシーかデンゼルかということ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
主演男優部門に候補入りしているデンゼル・ワシントン(写真:REX FEATURES/アフロ)

オスカーが2日後に迫った。投票は、西海岸時間21日(火)に締め切られている。

毎年この時期に、筆者は主要部門の結果予想記事を書くのだが、「ラ・ラ・ランド」がタイとはいえ史上最高数14のノミネーションを達成した今年は、あまりにわかりきっていて、今さら言うまでもないと感じた。主演女優部門のエマ・ストーン(『ラ・ラ・ランド』)、助演男優部門のマハーシャラ・アリ(『ムーンライト』)、助演女優部門のヴィオラ・デイヴィス(『Fences』、監督部門のデイミアン・チャゼル(『ラ・ラ・ランド』)も、ほぼ決まりの状態だ。

そんな中、唯一の謎が、主演男優部門である。

先月末まで、この部門は、ケイシー・アフレック(『マンチェスター・バイ・ザ・シー』)のひとり勝ちで、オスカーも間違いないと思われていた。そこに大きなショックを与えたのが、映画俳優組合(SAG)賞である。オスカー予測上、非常に重要であるこの賞を受賞したのは、「Fences」のデンゼル・ワシントンだったのだ。

自分の名前が呼ばれた時、ワシントン本人も相当びっくりした表情を見せたが、よくよく考えれば、驚きではない。「Fences」はもともと舞台劇で、ワシントンはこの役でトニー賞に輝いている。映画版も、とりわけ最初のほうはいかにも舞台劇の雰囲気で、普通の人の日常会話が延々と続くのだが、飽きさせないのは、まさに、彼をはじめとする役者の力によるものだ。ワシントンの役は、欠陥だらけのがんこ親父で、怒鳴ったり、暴力的になったり、苦しい告白をするはめになったりと、見せ場もたっぷりある。サミュエル・L・ジャクソンも、最近、この映画でのワシントンの演技を、「この1年で見た最高の演技」とコメントした。ワシントンの才能がもともと同僚から非常に尊敬されているという事実も、忘れてはいけない。

「Fences」でのワシントンの演技が派手だと形容されるのと逆に、「マンチェスタ〜」のアフレックの演技は、抑えた、静かな演技だ。彼の役は、兄が亡くなり、突然にして高校生の甥の保護者にされてしまうバツイチの男性。彼の葛藤の原因は過去への罪悪感と自分自身で、それは非常に微妙な演技を要する。そこに評価が集まっているのだ。

アフレックは、SAGより後に発表された英国アカデミー賞でも主演男優賞を受賞し(ワシントンはノミネートもされていない)、あらためて勢いを見せたが、SAGが投げかけた影は大きい。ここまでの受賞数ではアフレックが数十倍でも、ワシントンは、肝心のひとつを獲ったのである。

監督、脚本家など映画関係のあらゆる職業の人が所属するアカデミーで、俳優はもっとも人数が多い。その人たちはSAGの会員でもある。昨年は、助演男優部門で、オスカーにはノミネートもされなかったイドリス・エルバ(『Beasts of No Nation』)がSAGを受賞したことから、必然的に全一致にはならなかったが、主演男優部門でオスカーとSAGの結果が違っていたことは、2003年にさかのぼるまで、一度もない(この年、SAGは『ロスト・イン・トランスレーション』のビル・マーレイ、オスカーは『ミスティック・リバー』のショーン・ペンが受賞した)。

さらに、アフレックの過去のセクハラ問題がある。

2010年、アフレックが監督したホアキン・フェニックスについてのドキュメンタリー「I’m Still Here」で仕事をした女性ふたりが、アフレックが勝手に自分のベッドに入ってきたことや、同じ部屋に泊まれと強要されたなどとして、別々に訴訟を起こした。このアワードシーズン中、この話題は、大騒ぎにはならなかったものの、ところどころで浮上してきている。本来ならばオスカーで健闘するはずだった「The Birth of a Nation」が、監督も兼任する黒人主演俳優ネイト・パーカーの過去のレイプ疑惑が再浮上したせいで(オスカー狙い作品の監督に過去のレイプ疑惑が浮上。訴えた女性は自殺)、早々と撤退を強いられただけに、パーカーがあんな扱いを受けたのにアフレックがまだ堂々と数々の賞を受賞しているのは人種差別なのではないかという声も聞かれた。

そのことが問題視された後にも、アフレックは受賞を続けたので、投票するにおいて、アカデミー会員がどこまでその事実を考慮したかはわからない。結局のところは、肝心の演技で判断したのかもしれない。

今のところ、アワードウォッチャーの予測は、L.A.TIMES、Deadline.comなどがアフレック、Entertainment Weekly、Hollywood Reporter、Thewrap.comなどがワシントンと、割れている。微妙なところだが、筆者はワシントンと予測。もしそうなれば、ワシントンは、3度オスカーを受賞した史上初めての黒人となる(2度の受賞は、音響賞でラッセル・ウィリアムズも達成している)。また、彼のほかに、デイヴィスとアリも予想どおりに受賞すれば、演技部門で黒人が3人受賞した、初めての年となる。

ここであらためて述べておきたいのだが、そうなったとしても、これは決して昨年の“白すぎるオスカー”バッシング(スパイク・リーが“百合のように白い”オスカーをボイコット宣言。黒人の間で強まる非難)への“反動”ではない。「ムーンライト」は2013年に製作が始まり、「Fences」でワシントンとデイヴィスがトニー賞を取ったのは、2010年のことである。作品部門ほか3部門でノミネートされている「Hidden Figures」も、昨年の“白すぎるオスカー”論議の時には、撮影が終わっていた。

映画を作るのにはただでさえ長い時間がかかる上、マイノリティが主人公の人間ドラマとあれば、なおさらである。バッシングされたから、さあ作りましょうと、1年以内に良作を出すことは、不可能なのだ。バッシングを受けてアカデミーも新しい顔ぶれを招待するなど努力をしたが、これはその結果でもない。長年の努力を経て、なんとか実現したこれらの作品が、たまたま、今年、いくつか公開されたのにすぎない。今年、アカデミーはただラッキーだったのだ。

過去2年のような状況が起きてしまうのは、マイノリティについての映画になかなかゴーサインが出ないから。アカデミーが、というより、ハリウッドのスタジオが努力すべきは、この部分なのである。今年、これらの作品、とくに「Hidden Figures」がアメリカで興行的に大成功したことが、スタジオに考えを変えさせる、いいきっかけになることを願うばかりだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「週刊SPA!」「Movie ぴあ」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイ、ニューズウィーク日本版などのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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