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井上尚弥の共同興行主アラム氏が楽勝ムードに苦言。ドヘニー本人は大和魂をアピール

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
TJ・ドヘニー。最新のブリル・バヨゴス戦(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

果たして何ラウンドまで?

 9月3日、東京・有明アリーナでゴングが鳴るスーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)vs.挑戦者TJ・ドヘニー(アイルランド)のタイトルマッチまで間近に迫った。絶対有利を予想され、万全のコンディションでリングに上がると推測される井上に対し、1週間前に来日したドヘニーも調整の順調さを感じさせ、静かに闘志を燃やしている様子がうかがえる。

 無敵の井上に対し、「歯が立ちそうもない」という尺度で比較すると、2021年12月にIBF世界バンタム級王座の防衛戦で迎えたアラン・ディパエン(タイ)に共通するものが感じられる。この試合でディパエンは異常な頑張りを発揮し8ラウンドにTKO負けするまで生き延びたのだが、果たしてドヘニーは何ラウンドまで抵抗するか?序盤で決着がつくとみる向きも少なくない。

 海外メディアの記者のかなり詳細な予想も出ているが、そうツッコんだ勝敗予想でなくても「5から6ラウンド以内に井上がノックアウトで勝つ」というものが主流。22年12月のポール・バドラー(英)とのバンタム級4団体統一戦のオッズは30-1で井上有利。今回のドヘニー戦は50-1ともいわれ、難易度はより上昇している。バドラーを11回にストップして全ベルトを手中にした井上は、その後スティーブン・フルトン(米)、マーロン・タパレス(フィリピン)、ルイス・ネリ(メキシコ)と強豪を連破。一気に2階級で比類なきチャンピオン(4団体統一王者)に君臨し他者との距離を広げている。

来日後、練習を公開したドヘニー(写真:Naoki Fukuda)
来日後、練習を公開したドヘニー(写真:Naoki Fukuda)

ドヘニーを過小評価できない

 そんな状況の中、英国を拠点に世界中でボクシングイベントを開催するエディ・ハーン・プロモーター(マッチルーム・ボクシング)は井上vs.ドヘニーを「ひどいミスマッチだ」と斬って捨てた。これは自身が傘下に置くWBAスーパーバンタム級1位ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が井上に即挑戦できない苛立ちもあるのだろう。ハーン氏は「ボクシングファンを裏切る行為」だとも語気を荒くした。

 これに反発したのが米国大手プロモーション「トップランク」を率い、井上の米国の共同プロモーターであるボブ・アラム氏。「ドヘニーを過小評価することは禁物。とりわけ日本でファイトする時には」と発言。周囲の楽勝ムードにクギを刺す。

 「TJ・ドヘニーは決して無視することができないベテラン。これまで何度も日本でオッズを覆してきた実績がある。彼は最近3試合、本当に素晴らしい出来を披露している。稀有な才能の持ち主ナオヤ・イノウエの試合を世界中のファンが見たがる。同時にドヘニーからも目が離せない。彼はインサイドワークに秀でた危険なボクサーだ」

 御年92歳の業界の重鎮はドヘニーのこれまで培った経験が大舞台で効力を発揮する可能性を示唆する。また直にネリ戦を観戦しモンスターが初めてキャンバスに落ちたシーンを目に焼き付けていることはサウスポーの「日本人キラー」にとってまたとない体験となったはずだ。筆者が直接ドヘニーに質問した時は「この世の中に無敵の者は存在しないという現実を知るには参考になった。誰でもダメージを受けるしノックダウンを喫する。でも取り立ててショックではなかった」と答えたが、内心、勝利を導くヒントを得たのではないだろうか。

昨年、豪州で対戦したグッドマン(左)とドヘニー(写真:No Limit Boxing)
昨年、豪州で対戦したグッドマン(左)とドヘニー(写真:No Limit Boxing)

ドヘニーは食べ残し

 開始ゴングが近づいても落ち着きを失わないドヘニー。だんだん不気味な存在に思えてくる。37歳になって4団体統一戦が実現したのは井上への挑戦が有力だったIBFとWBOで1位を占めるサム・グッドマン(豪州)がひとまず見送ったことが影響した。23年3月に地域タイトル2冠戦でドヘニーに判定勝ちをマークしたグッドマンは「イノウエは俺の食べ残しと戦う」とインタビューで酷評している。

 2008年に豪州へ移住したドヘニーはルーツであるアイルランドのメディア「アイリッシュボクシング・ドットコム」に「私はウォー(戦争)を予想している」と心境を明かす。さらに「私はジャパニーズ・ファンのためにすべてを懸けて戦う。私はヤマトダマシイを持って立ち向かう」と宣言。アイリッシュ魂が日本で奇跡を呼び起こす――。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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