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韓国女子ゴルフに全盛期の強さは戻らない?日本勢の“続々”米ツアー挑戦表明で勢力図は変わるか

金明昱スポーツライター
韓国ツアー賞金ランク1位のユン・イナも米ツアー最終予選会へ(写真・KLPGA)

 米女子ゴルフツアーで続々と優勝者を輩出してきた韓国女子ゴルフ界だが、その勢いは徐々に衰えつつある――。韓国のゴルフのニュースを見ていると、このような論調の記事が少しずつ増えてきた印象がある。

 というのも、ここまで米女子ツアーは26試合を消化したが、韓国人選手はまだ2勝しかしていないからだ。優勝したのは6月のメジャー「KPMG全米女子プロゴルフ選手権」で優勝したエイミー・ヤンと8月の「FM選手権」で優勝したユ・ヘランの2人。

 これを“よくやっている”と見るのか、“たった2人しかいない”と見るのかだが、韓国の論調は後者にあたる。経済紙「アジア経済」は「LPGAツアーはあと残り7試合。韓国の選手が何勝できるかは分からないが期待値は低い」と伝えている。

「韓国勢は具玉姫が1988年に(米ツアーで)初優勝し、今年のユ・ヘランの優勝でLPGAツアー通算212勝を手にした。韓国は2015、17、19年が全盛期だ。計15勝ずつを積み上げている。特に2017年には11人の優勝者を輩出した。しかし、コロナ禍となった2020年から下降線をたどった。20年、21年は7勝ずつ、22年は4勝、昨年は5勝だった。今年はさらに少ない勝利数になると予想される」

 たしかに勝利数は年々下がっている。それでもこれだけ世界各国のゴルフのレベルが向上しつづけるなか、毎年、優勝者が誕生していることのほうが称賛に値するのではないか。

 それでも“ゴルフ強国”であり続けたプライドや伝統を考えると、勢いがなくなったという声が増えるのも仕方のない部分かもしれない。

 韓国内では「選手もお腹がいっぱいで、ハングリー精神がなくなった」との批判の声も少なくないという。そうした声に対し、引退したユ・ソヨンは「選手たちは一生懸命にやっている。努力をしていないというのは間違った話だ」と指摘している。

「米ツアーでわざわざ苦労する必要がなくなった」

 なぜこうなってしまったのか。その理由を「アジア経済」は「新たな血が入れ替わらないのが問題だ」と指摘している。

「韓国選手の競争力が落ちている。国内の選手たちはLPGAを選ばない。わざわざ苦労する必要がなくなったからだ。韓国女子プロゴルフ(KLPGA)ツアーは今季、31試合、賞金総額も約332億ウォン(約36億円)規模で行われている。歴代最多の賞金総額だ。米女子ツアーでいい成績を残せるという保証もない。税金と経費などを除けば、残るものが特にない。海外進出時はスポンサーも離れることもある。国内で富と名誉を手に入れるほうがいいという判断だ」

 ただ、それだけが原因ではない。記事は「圧倒的な技術を持った選手たちの活躍が、韓国選手の優勝への壁となっている。世界ランキング1位のネリー・コルダが6勝、同3位のリディア・コもパリ五輪で金メダルのあと、メジャーの『AIG女子オープン』で優勝した」と報じており、他国の若い選手との競争に勝てなくなってきているとの見方だ。

 実際に韓国ツアーが豊かになり、米国に行かなくても国内で稼げるなら無理をする必要はないと考える選手がいてもいいだろう。ただ、近年の韓国ツアー選手にハングリーさが欠けているように見えるのは、試合数と賞金総額で韓国を上回る日本ツアーの選手たちが、続々と米ツアー挑戦を表明しているからでもある。

日本トップ選手らの米ツアー参戦表明に驚き…韓国勢は?

 驚いたのは来季の米女子ツアー出場権を争う12月の最終予選会に2年連続年間女王の山下美夢有、今季7勝している竹田麗央、岩井明愛・千怜の双子姉妹の4人が参戦を表明したことだった。

 今季の年間ポイントランキングと賞金ランキングでトップ5に入る4人が、こぞって米ツアーを目指す。韓国ツアーでは考えられないことだ。

 さらに米下部ツアーのランキングでツアー出場権を得られなかった馬場咲希、今季米ツアーメンバーでシード権獲得が厳しい状況の吉田優利も最終予選会からの出場となりそうだ。また、今月15日から始まる米女子ツアー2次予選会には原英莉花と神谷そらなども挑戦する。

 このまま順調に予選会から出場権が得られれば、現在米ツアーメンバーの畑岡奈紗、渋野日向子、笹生優花、古江彩佳、西郷真央、西村優菜、勝みなみ、稲見萌寧を含め15人ほどが、来季はアメリカで戦うことになっているかもしれない。

 かつて日本女子ツアーでは、シード選手の3分の1が韓国人選手という時代があった。4度の賞金女王となったアン・ソンジュが日本を離れ、イ・ボミやキム・ハヌルが引退するなどして、今季のシード選手は5人にまで減った。

 日米両ツアーに韓国選手が少なくなっている現状に変わりはなく、次は日本勢が米ツアーの一大勢力となるかもしれない。実際、今季は笹生優花が「全米女子オープン」、古江彩佳が「エビアン選手権」のメジャーを制し、勢力図を塗り替えつつある。

 ちなみに韓国勢で米ツアー最終予選会の参戦を表明しているのは、現在賞金ランキング1位のユン・イナくらいで、21歳のファン・ユミン(賞金ランキング4位)、20歳のパン・シンシル(賞金ランキング11位)は来年米ツアー挑戦を計画中だという。

申ジエの「もう一息で流れが続く」が現実に

 今やハングリー精神や挑戦心という言葉は、日本の選手たちにピタリとあてはまる。3年前、申ジエにインタビューしたとき、日本選手の海外挑戦への見解を求めるとこんなことを話していた。

【参照】:「日本の風潮に違和感があります」女子ゴルフ元世界1位・申ジエ独占インタビュー

「日本と韓国と少し違う点があるとすれば『恐れ』です。最初から米ツアーを『高い壁』と感じている傾向があります」

 当時はまだ畑岡奈紗が1人、米ツアーで奮闘しているときの話だ。「日本では宮里藍さんが、その壁を壊し、世界1位にまで上り詰めました。そこからどんどんいい流れが続いていけば、怖いものもなくなったと思います。今は畑岡選手ががんばっているので、あともう一息で流れが続くと思います。年齢が若く、ゴルフに飢えている選手が多いのも感じますから、これから成長していくことでしょう。どんな壁も力を合わせれば壊せるし、越えていけます」。

 今まさに申ジエの“もう一息で流れが続く”との言葉が現実になった。挑戦を続けた日本の選手たちが道を作り、壁を壊して、着実に結果を残している。あとに続く選手が次々と現れ、この流れはこれからも続くだろう。

 この状況に韓国女子ゴルフ界もうかうかしていられない。新たな選手の台頭を期待したいところだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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