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悪質ドライバーを生まないために、中学・高校から “超リアル”な授業の導入を!

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
悪質ドライバーによる悲惨な事故を減らすには免許取得前のリアルな交通教育が必要だ(写真:アフロ)

 東名高速で起きた妨害運転による死傷事故の後も、悪質運転による痛ましい事故の報道が相次いでいます。

 NHKの報道によると、10月16日午後11時半ごろ、恵庭市盤尻の国道453号線で、軽自動車が乗用車に追突されて横転。この事故で、軽自動車を運転していた札幌市南区の理容師、小西誠さん(38歳)が死亡。乗用車を運転していた専門学校に通う19歳の男性は頭に軽いけがをしたそうです。

 また、10月16日の毎日放送によれば、大阪のユニバーサルスタジオ裏の道でドリフト暴走をしていた10人が逮捕。彼らは一般道にもかかわらず、この場所をサーキットに見立てて、高速度での危険運転を繰り返していたそうです。

 違法な運転でドライバー本人が犠牲になるのは自業自得でしょう。しかし、ルールを守っていた方が亡くなったり、重い障害を負わされたりしたら、たまったものではありません

オーストラリアの高校で使われるテキストの裏面に印刷された生々しい事故車の写真
オーストラリアの高校で使われるテキストの裏面に印刷された生々しい事故車の写真

豪州の”超リアル”な交通事故授業

 なぜ、こうした悪質ドライバーが次から次へと出てくるのでしょうか?

 彼らがハンドルを握る年齢になる前に、何とか「教育」という手段で防止できないものでしょうか?

 そんなことを考えているときに、ふと思い浮かんだのが、私の娘が留学先のオーストラリアで受けた交通事故防止プログラムです。

 娘は、高校2年生の1年間をアデレードの公立高校で過ごしたのですが、よほどインパクトがあったのでしょう、帰国後、一番詳しく語ってくれたのがこの“超リアル”な交通事故の授業についてでした。

『RAAP PROGRAM』(Road Awareness and Accident Prevetion Program)と呼ばれているこの授業は、オーストラリアの公立高校で行われている “学生による交通事故を防ぐためのプログラム”です。

 オーストラリア州政府と警察、消防の協力によって行われており、今も娘が10年前に受けた授業内容とほぼ変わっていないということです。

「事故防止プログラム」の授業で生徒全員に配られたオーストラリアのテキスト
「事故防止プログラム」の授業で生徒全員に配られたオーストラリアのテキスト

 以下は、オーストラリアの高校でこのプログラムを受けた娘の体験談です。

『その日は、1時間目から4時間目まで、全ての高校2年生を対象にプログラムが行われました。

 とにかく、衝撃的な内容でした。

 まず驚いたのは、グラウンドに本物の事故車が置かれていたことです。中からは、「ヘルプミー! ヘルプミー!」という生々しい声が聞こえてきます。事故直後の現場の臨場感を再現するため、実際の音声テープが車の中から再生されているのです。

 そこへやってくるのはレスキュー隊です。彼らはチェーンソーなどで、事故車の中に挟まれている人を救出するという想定で、ドアやルーフなど、大きな音を立てて車の解体を始めます。とにかく実際の事故現場にいるような感じがして、とても緊張しました。

 次に、実際の事故のVTRを見ました。これはあまりに衝撃的な内容なので、見るためには保護者の許可が必要です。途中で、泣き出したり気分が悪くなったりする人もたくさんいるのですが、退出は自由でした』

1件の事故が生む損失と影響を詳細に解説

『VTRを見た後は、事故が及ぼすさまざまな影響について学びました。初めに、事故を起こすことでどれくらいの数の人が、どのような流れでその事故に関与することになるかを考えていきます。

 まず、事故の目撃者、加害者または被害者が警察に通報し、警察やレスキュー隊が動き、家族に連絡が入り、その後、友達やその他大勢の人々が関与して1件の事故が処理されていきます。

 また、事故を処理することでかかるコストや、賠償金の問題、被害者、その家族、自分の両親や友人、さらにたくさんの人に心配や迷惑をかけ、人生において取り返しのつかない事態が起こることなどを勉強するのです』

授業で使用された、1件の事故がもたらす損害や影響の大きさを解説する相関図
授業で使用された、1件の事故がもたらす損害や影響の大きさを解説する相関図

『その後は、事故防止を目的にした短いCMの鑑賞です。

 1本目は、シートベルト無着用の時の事故の再現VTR。若い学生4人が車に乗っていて、1人だけが着用していなかったため、衝突の衝撃を受けて車の中で飛び回り、頭や体が激突しあって、結局、4人全員が死んでしまうという悲惨な内容でした。

 もう1本は、飲酒運転事故の再現VTRでした。小さな男の子が庭でサッカーをしているのですが、そこに飲酒運転をした車が突っ込み、男の子が一瞬にして下敷きになってしまいます。即死した男の子が描いていた、サッカー選手への夢は一瞬にして消えてしまう、そんな内容でした。

 どちらもかなり衝撃的でしたが、これから免許を取り、ハンドルを握る人にとっては、知っておかなければいけない現実だと思いました

 私はこの授業を受けて、少なくともこのプログラムで防げる事故はたくさんあるのではないかと感じました。そして、交通事故を起こすと、どれほど大変なことが待っているかを知らない人もいるため、危険な運転をするドライバーが後を絶たないのだと思いました』

 日本では16歳からバイクの免許を、18歳で車の免許を取得できます。早い人は、高校在学中に自動車の運転免許を取得する人もいます。

「信号を守り、右左見て横断歩道を渡りましょう」

 そんな交通教育を受けてきた子どもたちも、数年後にはハンドルを握って「交通事故を起こす」側の、危険の中に飛び込んでいくのです。

 私は、娘が高校時代にこのような授業を受けられたことを、親としてとてもありがたいと思っています。

日本でも免許取得前の「加害者目線」による教育を

 下記のグラフをご覧ください。

年齢層別人口10万人当たり負傷者数の推移(h28・警察庁調べ)
年齢層別人口10万人当たり負傷者数の推移(h28・警察庁調べ)

 これを見ても分かるとおり、人口10万人当たりの交通事故負傷者数は、高齢者よりも20代の若者のほうが断然多いことがわかります。

 初心者の若者たちが事故を起こす、また事故に遭う前に、何とかそれを食い止めたいところです。

 そのひとつとして、ハンドルを握る前の、学校での交通教育が必要ではないでしょうか。

 日本の高校の中には、教習所とタイアップしての実習訓練を行っているところもあるようですが、国としてはオーストラリアのような、加害者目線のリアルなプログラムは実施されていません。

 ですから、交通事故の悲惨さや、被害者の苦しみがなかなかイメージできず、事故を起こしてもその結果の重みがすぐにはわからないのではないかと思います。

 車やバイクは便利で楽しい乗り物です。

 しかし、いざ事故を起こすと、被害者も加害者も、ときに社会復帰できないほどの大きなダメージを受けてしまいます。

 まさに、一瞬で人生が破壊されてしまいます。

 万一、日本国内で事故を起こして他人を傷つけたとき、刑事、民事、行政という3つの責任を、具体的にどのようなかたちで負わなければならないのか正しくイメージできているでしょうか。

 自賠責保険と任意保険の違いや、無保険車が事故を起こした場合の保障についてきちんと説明できる人はどのくらいいるでしょうか。

 「加害者になったとき、被害者への損害賠償はどうなる?」

 「交通事故による経済的な損失はどのくらい?」

 「当事者や家族に及ぼす、肉体的、精神的なダメージは?」

  

 悪質ドライバーを生まないためには、海外で行われているような、「加害者」目線での、リアルな交通教育導入も検討されるべきではないでしょうか。

 ご家庭でも、免許を取得する前、つまり高校生や中学生のときから『交通事故の過酷な現実』について語り合い、学んでおくことが大切です。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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