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北朝鮮国防次官の「米韓空中偵察と韓国軍の海上国境侵犯への警告」はハッタリで武力行使の可能性はゼロ?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
韓国軍が固守する北方限界線(NLL)と北朝鮮が主張する海上境界線

 北朝鮮は5月24日に約4か月ぶりに労働党政治局会議を開き、6月下旬に党中央委員会総会(第8期第10回総会)を招集することを決めたが、会議では軍総参謀部から最近の朝鮮半島の軍事情勢に関する報告があり、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は「国家の主権と安全利益を守るための当面の軍事活動課題を示した」と「朝鮮中央通信」は報道していた。

 軍参謀部の報告の中身と金総書記が提示した軍事活動課題に関しては言及されてなかったが、翌日(25日)発表されたキム・ガンイル国防次官の談話から報告の中身が理解できた。

 金次官は「国家の主権と安全・利益を強力な自衛力で守り抜くであろう」と題する談話で米韓の「軍事挑発」を以下のように列挙していた。

 ①米韓は戦略偵察機「RC135」や「U2S」、無人偵察機「RQ4B」を使って空中偵察行為を露骨に行っている。戦時状況をしのぐ水準で空中偵察行為を強行し、我が国の国家主権と安全を重大に侵害している。

 ②韓国は国境(軍事境界線)地域でビラを散布している。気球を利用したビラの散布行為は特異な軍事的目的にも利用されかねない危険な挑発である。

 ③韓国軍の海上国境侵犯回数も増えている。頻繁な海上国境侵犯行為は危険な結果を招く

 そのうえで金次官は「軍は24日に最高軍事指導部から敵の挑発的な行動に攻勢的対応せよ」と指示されたとして、次のように警告を発していた。

 1.我々はすでに主権と安全を守るために必要な軍事的措置を取ることもできるということを警告した。海上主権が今のように引き続き侵害されることを絶対に袖手傍観せず、どの瞬間に水上であれ、水中であれ自衛力を行使することもできるということを正式に警告する。もし、海上でなんらかの事件が発生する場合、全ての責任は全的に我々日の警告を無視し、共和国の海上主権を侵害した大韓民国が負うことになるであろう。

 2.国境地域での頻繁なビラとごみ散布行為に対してもやはり真っ向から対応するであろう。数多くの紙くずとごみが近く韓国の国境地域と縦深地域に散布されるであろうし、これを収去するのにどれぐらいの努力がかかるかは直接体験するようになるであろう。

 3.国家の主権と安全・利益が侵害される時、我々は即時行動するであろう。

 この「脅し」をどう読むかだが、確か、北朝鮮は昨年7月にも国防省が同じような談話を出し、米偵察機による偵察活動を牽制していた。この時は、金総書記の代理人でもある妹の与正(ヨ・ジョン)党副部長も2度(7月10日と11日)にわたって「断固たる行動で対応する」との談話を出していていた。

 また、今年2月にも朝鮮中央通信が「朝鮮半島に戦雲をもたらす空中匪賊の偵察行為」の見出しを掲げ、「嘉手納空軍基地で離陸した米空軍偵察機RC135Uが朝鮮半島の東海と西海の上空を長時間飛行しながら我々の戦略的縦深地域に対する偵察行為を働き、翌日にはRC135Wが朝鮮の南の国境に近い上空で軍事対象物に対する情報収集に熱を上げている」として、「我々は戦争の危機を高調させる敵の軍事的妄動を鋭く注視しており、少しでも蠢動するならいつでも攻撃し、壊滅させることのできる万端の臨戦態勢にある」と、威嚇していた。

 「米空軍戦略偵察機が日本海上で撃墜される衝撃的な事件が起きないとの担保はどこにもない」と、北朝鮮は迎撃の可能性まで示唆していたが、結局のところ、単なる威嚇、ハッタリに過ぎなかった。言葉だけで、行動が全く伴っていない。

 現実問題として、偵察機が北朝鮮の領空を侵犯しない限り、即ち領空の外(国際空域)から偵察活動を行う米軍機への攻撃は国際法上許されない。リベットジョイント偵察機「RC135」(全長41.5m、全幅39.9m、全高12.70m、最高速度933km)は北朝鮮の領空に入らず、約440km離れた所から北朝鮮の偵察が可能である。従って、北朝鮮としては迎撃などの対抗措置は取れない。

 但し、海域の場合は、海の軍事境界線と称される北方限界線(NLL)一帯の黄海(西海)135kmを緩衝地帯に定めた南北軍事合意がすでに昨年11月に破棄され、金総書記が今年1月に「我が国家の南の国境線が明白に引かれた以上、不法無法の『北方限界線』をはじめとするいかなる境界線も許されず、大韓民国が我々の領土、領空、領海を0.001ミリでも侵犯するならば戦争挑発と見なす」と断じていたことから北朝鮮の軍事的対応はあり得るかもしれない。

 最後にビラ散布については韓国の脱北者団体が5月10日に金正恩体制を批判するビラ30万枚とUSBメモリー2千個を大型風船を使って散布したことを問題視し、反発しているが、国防次官が対抗措置として南へのビラ散布を予告していることからビラを巡る武力行使はなさそうだ。北朝鮮は韓国からのビラ撒きを阻止するため2010年にはNLL上にある韓国の延坪島に砲弾を撃ち込み、2014年にも南側に向け発砲するなど武力行使に訴えた過去がある。

(参考資料:「北方限界線に異常あり!」 米CIA出身の北朝鮮問題専門家が「軍事衝突の可能性」を警告!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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