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アラブ・イスラエル紛争の周縁UAEで和平ムードが漂う中、イスラエルはシリアでイランの民兵を攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Fars News Agency、2020年6月19日

アラブ・イスラエル紛争の周縁で漂う和平ムード

イスラエルと米国の代表団が8月31日、国境正常化合意の署名に向けた詰めの協議を行うため、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビに入った。

代表団はイスラエルのエルアル航空が初めて就航させた直行便で現地入りし、その機体にはアラビア語、ヘブライ語、英語で「平和」という文字が書き込まれ、3カ国の国旗をあしらったマスクをする関係者の姿もあった。

イスラエル軍によるゴラン高原への放火、首都ダマスカス南方へのミサイル攻撃

しかし、アラブ・イスラエル紛争の周縁でにわかに漂う和平ムードは、イスラエルをめぐる戦争の最前線とは無縁だ。

イスラエル軍が8月31日未明にシリア領ゴラン高原のマジュダル・シャムス村東の兵力引き離し地域Aラインに沿って放火し、同日夜に首都ダマスカスの南方をミサイル攻撃したことについては、拙稿「シリア南東部のアメリカ軍基地が砲撃を受ける一方、イスラエルはダマスカス近郊をミサイル攻撃」で述べた通りだが、攻撃はその後も続いた。

T4航空基地へのミサイル攻撃

シリア軍筋は声明を出し、9月2日午後10時23分にイスラエル軍戦闘機複数機がヒムス県東部のT4航空基地(別名タイフール航空基地、ティヤース航空基地)に向かってミサイル複数発を発射したが、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、そのほとんどを撃破したと発表した。

この攻撃に関して、アラブの複数のメディアは、イスラエル軍諜報局報道官が、イスラエル空軍のF-35ステルス多用途戦闘機3機によってイランの武器庫複数棟を爆撃し、これを完全に破壊したと発表したと伝えた。

また、反体制系サイトの一つであるEldorarは、これにより、イラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受けるイラク人民動員隊所属のズー・フィカール旅団の士官1人が死亡したと伝えた。

ズー・フィカール旅団は、イラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受けるいわゆる「イランの民兵」の一つ。2013年6月に結成され、イラク人のほか、レバノン人、イラン人が参加している。なお、同旅団が所属するイラク人民動員隊は、イスラーム国が2014年以降にイラク領内で勢力を伸張したことを受け、2015年に結成されたシーア派民兵の総称。2016年11月26日にイラク国民議会が「人民動員評議会法」を賛成多数で承認し、イラク軍武装部隊総司令官(首相)の指揮下で正式に発足した。

Eldorarはまた、未確認情報だとしつつ、航空基地のミサイル・システムの管理にあたっていたイラン人軍事技術者10人が死亡したと付言した。

ダイル・ザウル県南東部への爆撃

9月3日になると、ダイル・ザウル県南東部が爆撃を受けた。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団やEldorarなどによると、シリア政府の支配下にあるユーフラテス川西岸のブーカマール市近郊およびマヤーディーン市近郊の砂漠地帯に展開する「イランの民兵」の拠点複数カ所が標的となったのである。

爆撃を行った戦闘機はイスラエル軍所属と思われ、ブーカマール市近郊では「イランの民兵」9人が死亡、6人以上が負傷した。また、マヤーディーン市近郊では、アラバ(ラフバ)の城塞から5キロ離れたイラク人民動員隊所属のヒズブッラー大隊の拠点が被弾し、ヒズブッラー大隊のメンバー7人が死亡し、10人が負傷したという。

ヒズブッラー大隊は、2003年のサッダーム・フセイン政権崩壊直後から活動を開始し、2013年からシリアに戦闘員を派遣している組織。レバノンのヒズブッラーとは別組織。

イラン国産のミサイル防空システム配備

イスラエルが8月末からシリアへの攻撃を激化させている理由は定かではない。だが、時を前後して、シリア領内にイラン製のミサイル防空システムが配備されたとの報道が散見されるようになっている。

ロシアのAvia.proニュースは8月29日、シリア・レバノン国境地帯にイラン国産のホルダード3地対空ミサイル防空システム少なくとも3基が配備していることが確認されたと伝えた。

Avia.pro News、2020年8月29日
Avia.pro News、2020年8月29日

同ニュース・サイトによると、射程距離75~105キロのホルダード3の配備は、主にF-16戦闘機によって行われるイスラエル軍の爆撃を阻止することが目的だという。

ホルダード3は、イスラエルによるシリア領内への爆撃やミサイル攻撃が頻発した2019年にも一度配備されたというが、イスラエル軍がF-16ではなく、F-35によってミサイル攻撃を行うようになっていることは留意しておくべきだろう。

イスラエルとUAEの和平合意に向けた動きをめぐっては、日本でも賛否両論の声が上がっている。だが、和平ムードの影で続いている戦争への関心は驚くほど低く、日本では中東における紛争が全体像として捉えられていないと実感せざるを得ない。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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