性の冒険・親との衝突・仕事の夢…障害ある女性のポップな成長物語「37セカンズ」
公開中の映画「37セカンズ」は、脳性まひのある女性が主人公です。性の冒険をしてみたり、仕事で夢を追ったり、過保護な母から自立しようとチャレンジします。様々な人に背中を押されて自分を探す旅の過程は、障害のある人もない人も、同じように経験していることかもしれません。
●生活を共にし、リアルを知る
主人公は、脳性まひのある23歳のユマ。生まれるときに37秒の間、息をしていなかったことで、手足が自由に動かせなくなり、過保護な母親と二人暮らしをしています。仕事は、売れっ子漫画家のゴーストライター。独立したいと思って、アダルト漫画を描き、ある編集部を訪問。そこで編集長に「作家に性体験がないのに、良い作品はできない」と言われ、体験をしてみようと冒険に出ました。そこで出会う人々に後押しされ、ルーツを探す未知の旅に出て…。
ユマを演じるのは、脳性まひのある佳山明(めい)さん。ジョージ・ルーカス監督の母校でもある南カリフォルニア大学で学んだHIKARI監督は、初めに障害のある女の子のラブストーリーを想定し、実際に障害のある人に声をかけてオーディションをしました。およそ100人の中から、この人だと思ったのが佳山さんでした。
監督は、彼女の生活を知るために、自宅を訪ねて一緒に映画を見に行ったり、入浴介助をしたり、生活を2週間ぐらい共にして、お母さんにもインタビューしました。彼女のバックグラウンドをもとに、ストーリーを作りかえたそうです。
母親役の女優・神野三鈴さんも、佳山さんと生活してみて、一緒に入浴し、車椅子を押して買い物に出かけるなど、親の立場を体験しました。専門家のサポートも受けて撮影したという入浴や食事の場面が、細かいところまでリアルです。介護福祉士役の大東駿介さんは、登場した時に「本物のヘルパーさん?」と思うぐらいの自然なたたずまいで、物語に溶け込んでいました。
●だれもが抱える悩みと成長
この映画の特徴は、「障害者の特別な問題」がメインテーマではなく、成長過程でどんな人も体験するとまどいや喜びが、心の段差なく描かれているところです。
利用されるのではなく、自分の力を認められて、仕事がしたい。性への興味が出て、パソコンでこっそり動画を見てみた。親に生活は頼っているけれど、過保護にされるのもイヤで苦しい…。そうした葛藤は、障害があるとかないとかにかかわらず、多くの人が通る道です。そして、いろいろな場面で、拒絶されたり、ばかにされたり、みじめな思いを味わうという経験も、だれしもあるのではないでしょうか。
●親として同じ気持ちに
主人公のユマは、一見怪しげだけれど心ある大人と出会い、背中を押され、心からの笑顔が増えていきます。おしゃれやメイクをするようになり、お酒を飲んではめを外し、大事に育ててきた母親からすれば、信じられない冒険に出ます。ユマのトライ&エラーに共感する若い世代は多いと思いますが、筆者は親の立場で、ユマの母親に気持ちが入ってしまいました。
子育ては、心配の連続です。赤ちゃんの頃は、抱っこしておむつを替えて、24時間のお世話が必要です。保育園に行くようになれば、乳幼児とはいっても「社会に出る」ということで、病気やケガの心配がありました。小学校に入ると、自分で登下校できて手がかからなくなる反面、義務教育のルールを守るための身支度や勉強、人間関係、習い事に受験と、目の前の課題が複雑になっていきます。
●探り合う親離れ・子離れ
さらに成長すると、性に目覚めたり、反抗期に入ったり、近年はSNSやゲームの使い方も難しいですし、違う心配が出てきます。子どもは、成長したと思っても、心身共に親のサポートが必要な部分があります。特に、衣食住の整備です。自分で身の回りのことができるようになって自立するまでは、「反抗してくる子どもにムカついても、食事を用意し、洗濯はしてあげる」という親たちの忍耐を目にします。
ユマも、先回りして何でもやってしまう母親がうっとうしいと思う反面、手を借りないとできないこともあります。衝突した後、母親がユマをほったらかしにすることはなく、できないところだけスッと手を貸す場面に、肉親の深い愛情が見えました。母と娘がお互いを決して見放さず、親離れ・子離れを探っていく過程は、もちろん障害者ならではの大変さはあるものの、普遍的なテーマだと思いました。最後には、双方が自立しつつも思いやる姿がすがすがしく、「こういう親子関係になれたらいいな」と共感しました。
●広がるポジティブアクション
作品は、世界中の映画祭で上映され、第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で最高賞(観客賞)と国際アートシアター連盟賞を受賞。監督は「ドイツでは障害者もたくさん見に来ました。自分たちが性のことで悩んでいるのが、ありのままに描かれていて良かったと言われました」と語っています。「障害者の性といっても、主に男性の話でしょ」と思いがちですが、監督は女性を主人公に脚本を作り、それを体当たりで演技する佳山さんが素敵です。
障害者をありのままに描きつつも、豪華な俳優陣と、人気のバンド「CHAI」によるポップな主題歌が、作品をバリアなく見られるエンターテインメントにしています。映画に関連した、ポジティブな行動も広がっています。「エイブルアート・カンパニー」所属の障害者アーティストたちを中心に、映画のポスターコンペが行われ、1月に開かれた試写イベントで、監督や佳山さんとアーティストが交流しました。イベントを開催した化粧品会社「ハーバー研究所」は、日ごろから障害者の身だしなみ・メイク講座を開いていて、前向きな社会参加を支援しています。