ノルウェーFMラジオ全廃へ 着々と進むデジタル化 オスロ電波塔でスイッチがOFFになった日
9月20日、11時11分11秒。
首都オスロを含むノルウェー南部でFM放送のスイッチが切られた。
オスロ郊外にある電波塔では、国営放送局NRKや他のラジオ局の関係者が集まり、電波塔のスイッチが切られる瞬間を共に見届けた。
この瞬間、一部の家庭や車の中では、今まで聴いていたFM局から、ザーッという音だけが流れた。
ノルウェーのラジオのデジタル化は、今年の1月に始まり、次々と地域ごとにFM放送を廃止している。
北部から南部へ、首都オスロでFM放送が終わる最初の日
年内にFM放送が「全廃」となるわけではない。まずは最も経営に余裕のある国営放送局と大手民間局から。予算や人手に限りがある地方局には完全移行までに数年間の余裕が与えられる。
北部からFM放送が廃止されていたが、距離が遠すぎて、FM放送のスイッチをOFFにするという現場には筆者はまだ立ち会っていなかった。
オスロ大学と大学院のメディア学科で、メディアのデジタル化を学んできた立場としては、どうしてもこの歴史的な場の写真を撮りたい! 首都オスロの番がやっとやってきた。
オスロにある電波塔の内部は、一般人や報道関係者も普段は全く立ち寄らない場所だ。森の中にある隠し扉のような場所から、トンネルを歩き(!)、電波塔にたどり着いた。
AMからFM放送、そしてデジタルへ
ノルウェーにはAM放送は、「ほぼない」。まだ1局ほどAM放送をしているようだが、AMはほぼ化石化している。
FM放送が始まったのは1954年。「FMになってから、質が上がり、音楽がよりたくさん聴けるようになった。」昔を覚えている人は、誰もが「音楽」を口にした。
「FM放送に初めて切り替わった時は、私が8才の頃。わくわくしましたよ。」と、国営放送局NRKのラジオ局指揮官のぺッテル・ホックス氏は筆者に話す。
AMからFMに切り替えた時も、人々からは不満の声があがったという。そして、今、FMからデジタルDAB+への完全移行に、同じことが起きている。
リスナーから不満の声がでることは予想済み。それでも、やる
「移行により、一時的に人々から不満の声があがることは、予想していた」と、業界関係者は備えていた。
ノルウェーでは、予想外のトラブルが起きないように「事前に備える」よりも、「やってみて、何か起きたら、その時に対応策を考える」ことが多い。
今回のラジオのデジタル化でも、FM放送が廃止された区域から、「家で聴こえない」、「アンテナを買って設置したのに、聴こえない」と声が届く。その度に対応して、各局も経験を積み、次のFM廃止区域で役立てていく。
大規模な事業なので、各局には何十年も前からデジタル移行担当者がいる。デジタル化はすでに1995年から試験的に始まっていた。
経営に余裕のある国営局が先頭となり、地方局へのダメージは最小限になるように
この日にFM放送を廃止したのは、南部では国営放送局NRKのみ。P4、ラジオ・ノルゲと一部の地方局は12月8日にFM放送を廃止する。他の地方局にはさらに数年の余裕がある。
ノルウェー最大の民間ラジオ局P4の技術ディレクターであるハンス・ぺッテル・ダニエルセン氏は、その理由を筆者にこう教えてくれた。
「どの地域でも、国営放送局NRKが最初にFM放送をやめて、各局が後に続く。人はFM放送が聴こえなくなってから、やっと新しいラジオ機を購入しなきゃと思う。最初は一時的にリスナーの数は減って、苦情や問い合わせは増える。でも、3~4週間たつと落ち着いて、リスナーの数がまた戻る。その段階で民間や地方局が入り込めば、彼らはNRKほどリスナー数を落とさず、経営にも響かない。小さな地方局が最後まで時間を与えられているのは、彼らがつぶれることのないように、競争市場を意識してのことだ。」
つまり、一番損な役回りを、経営に最も余裕がある国営局が引き受けているのだ。
「ノルウェーのメディアでは、今ネガティブな報道が多いけれど、大手新聞社の記者はオスロに住んでいるからなぁ。首都は通信状態もいいから不便さをもともと感じない分、利点が実感しにくいと思うよ。地方に住んでいる人のほうが、時間がたつと違いを実感できるようになると思う。」
アフテンポステン紙がKantar TNSに依頼した調査結果によると、デジタル移行が始まった今年の1月から9月までに、ラジオのリスナー数は昨年と比較して10万7千人減少した(人口520万人)。
クラッセカンペン紙の記事によると、リスナーの半分はFM放送が廃止されてから、やっとデジタルラジオを聞くための対応に乗り出すという。
地方ラジオ連盟によると、ノルウェーの車のまだ38%しか、デジタルラジオを聴くための対応をしていない。
ダーグブラーデ紙によると、政府が強行するラジオのデジタル化に、「不満だ」と答えた人は60%に及ぶ。
デジタル移行計画に15年間携わってきた国営放送局NRKのウイヴィン・ヴァーソッセン氏。デジタルラジオの購入やアンテナ設置にお金がかかるという苦情に対し、理解は示しながらも、「一度払えば、さらに質の良くなったラジオを、これからずっと無料で聞くことができます」と説明した。
Photo&Text: Asaki Abumi