イーロン・マスクとドナルド・トランプ—北欧小国が揺れる二つの影
イーロン・マスク氏の影響力とノルウェーの警告
イーロン・マスク氏、テスラとXのオーナーであり、世界一の大富豪。その名はもはや産業界だけに留まらず、国際政治の舞台でも響いている。マスク氏が他国の政治に対して発する発言や行動は、民主主義国家における新たなリスクとして浮上している。
1月6日、ノルウェーのヨナス・ガール・ストーレ首相は、現地の公共局NRKの番組『Politisk kvarter』で、マスク氏をチクリと批判した。
マスク氏が極右政党を支持する動きや、他国の選挙への干渉が引き起こす影響は、ドイツやイギリスなどで波紋を呼んでいる。ノルウェー首相の言葉は国際メディアでも取り上げられた。
そこでマスク氏は「ノルウェー首相がビル・ゲイツ氏と対談し、イーロン・マスク氏の他国への干渉に警告を発した」とする投稿をXで投稿。これに対してノルウェー首相官邸はフェイクニュースだとコメントする事態に及んだ。
『Politisk kvarter』はノルウェーでは政治好きな市民の間では有名な番組だ。政治家が朝早くから出演してコメントするのが定番だが、首相はまさか世界的なニュースになるとは思いもしなかっただろう。
EV普及とノルウェーの特別な関係
実は、EV普及率が世界一のノルウェーとイーロン・マスク氏の関係は特別だ。ノルウェーの道路と気候政策にはEV普及、つまりテスラ普及の貢献もあったので、互いにとっては重要なビジネスパートナー。
マスク氏がノルウェーに来ると、ノルウェー政界のトップレベルが会合するほどだ。問題行動はあるが、大事なパートナーでもあるマスク氏に対して、ノルウェー首相がチクリと批判をするのは珍しい(というよりも、国際ニュースになると想定していたら抑えていたかもしれない)。
グリーンランドをめぐるトランプ氏の野心
こうした中、デンマークと自治領グリーンランドでは、別の形で国際的な緊張が高まっている。トランプ次期米大統領は、グリーンランドの地政学的重要性に注目し、その領有を公然と主張してきた。
息子であるドナルド・トランプ・ジュニア氏が、7日に突如グリーンランドを訪問したことも、注目を集めている。米国がこの地域における影響力を強化しようとする意図は明白だ。
この土地を欲しいと感じるトランプ氏の考えは異常とは言い難い。
気候変動で氷が溶けるほど、防衛戦略的にも重要な北極圏の移動や、氷の下に眠るミネラルの可能性がちらほらするので、グリーンランドという場所は他国の権力者やエネルギーで富を得たい人びとなどにとっては魅力的なのだ。
今回のドナルド・トランプ・ジュニア氏の突然の「観光」で、数年前とは違う変化も感じる。現地メディアでも、国際メディアでも、米国がグリーンランドを買収する「アメリカンドリーム」を歓迎する市民の存在も目立って報道されたのだ。
「Make America Great Again(メイク アメリカ グレート アゲイン)」ならぬ、「MAKE GREENLAND GREAT AGAIN(メイク グリーンランド グレート アゲイン)」と今回放たれた言葉は強烈な印象を残した。
グリーンランド住民の思いと国際的な注目
植民地と差別の歴史を背負うグリーンランドの住民は、デンマークに対して複雑な思いを抱えている。そもそも「グリーンランドの住民たちはどうしたいのか」にも、今注目が集まっている。
数日間で同時発生した問題を通じて浮き彫りになるのは、北欧諸国が抱える複雑な現実である。地政学的に小国でありながら、豊富なエネルギー資源と戦略的な位置から国際的な注目を集めるときがある。
トランプ氏の軍事的行動を示唆する言葉は現実味を欠いているが、グリーンランドの豊富な資源に対する権力者たちの興味は消えない。小さな北欧諸国のリーダーたちは、良好な関係は保ちつつも、圧力に対抗していかなければならない。
北欧小国の危機感
グローバルな影響力を持つ二人の個人によって揺り動かされる状況は、北欧の安定がいかに脆弱であるかを示している。
ひとつ、ここで理解しておきたいのは、北欧諸国の「スモールネス」のマインドセットだ。人口規模が限られている小国であるがゆえに、たとえ数々の世界的ランキングで上位常連でも、大国に脅かされたら敵わないという危機感と警戒心が強い。この感覚は人口規模が大きな日本に住んでいたら同じレベルで実感することは難しいだろう。
だからこそ、EUやNATO、米国などの大国と「仲良くする」スキルはリーダーシップとして必須だ。ロシアやトランプ氏率いる米国、中国などの脅威に、北欧は上手に付き合っていかなければいけない。
民主主義の価値を守るために、小国はどのように国際的な圧力と向き合っていくのか、頭を抱える時代がやってきた。
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