父が息を引き取る瞬間までの約40日を記録。夫の世話になっていない自負のある母と父の関係を息子から見て
ドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」は、自宅での死を選んだ末期がんの高齢男性が死に至るまで約40日間の記録だ。
そう書くと、壮絶で悲痛な内容を思い浮かべるかもしれない。「見ていられないかも」と遠ざける人もいるかもしれない。
それも仕方がない。高齢化社会が進む日本では、老いること、死に関することに対して、ネガティブなワードがあふれている。
本作に記録されていることもまた決して明るいことではない。
家での最期を希望した父と、その気持ちを尊重して受け入れ看取ることを決心した母に、息子である村上浩康監督がカメラを向ける。
すでにベッドから動けなくなった父の介護はそう簡単ではない。
はじめはすべての世話を見るつもりだった母は、なかなかの重労働と心労が重なって持病を悪化させ動けなくなり、すぐにプロの手を借りることになる。
そういったひとつひとつの出来事からは老々介護はどういうものなのか、自宅で看取ることでどういうことが起こりうるのか、といったけっしてきれいごとはない死にまつわる現実が否応なく垣間見えてくる。
でも、不謹慎かもしれないのだが、本作が映し出すひとりの人間の「死」は不思議なことにこちらへ元気と笑顔と安らぎを届けてくれる。
それは、もしかしたら死を特別視していないからかもしれない。
誰もが避けられないものであり、人間の営みの日常の延長にある。必要以上に悲しむものでもなければ、忌み嫌うものではない。
当たり前と言えば当たり前なのだけれど、なかなかそうなれない。そんなスタンスでカメラが「死」を見つめている。
だからからか、作品には、「死」がまさに訪れる瞬間が記録されているが、それはどこか「生をまっとうした」瞬間に見えてくる。
なぜ、このような作品が生まれたのか？父の死とどのように向き合ったのか？
「蟹の惑星」「東京干潟」「たまねこ、たまびと」など、社会の片隅からいまの時代や現代の人々の心の在り様が見えてくる作品を発表し続けている村上浩康監督に訊く。全七回／第五回
実のところの両親の仲は？
前回（第四回はこちら）、作品に対する介護のプロの方々からの思わぬ反応を明かしてくれた村上監督。
今回は少し立ち入ったことになるがご両親についての話を訊いていく。
劇中で自身の両親について「仲がいい夫婦ではなかった」と明かしている。
両親の関係を村上監督は、子ども時代から現在に至るまでどのように見ていたのだろうか？
「ひと言で表すと、うちは母親中心の家でした。
父は教師で、母も児童福祉関連の仕事をしていました。
共働き世帯だったわけですけど、父は家事を一切やらなかった。
子どもの世話から家事全般、家のことはすべて母が担っていました。
自分で稼いでいて、家のことも自分が全部やっているわけですから、母には自分は自立している、夫の世話にはなっていないという自負があった気がします。
ゆえに家においての母の発言力が強かった気がします。母の存在感が、父を大きく上回っていました。
もともとおとなしい性格だったこともあったと思いますが、父の存在感があまりなかった。
だから、僕は父に怒られた記憶がほとんどないんですよ。
その代わりじゃないですけど、母にはしょっちゅうこっぴどく怒られていた。
悪さをしてはゲンコツをくらっていました（苦笑）。
まあ、僕がどうしようもない落ち着きのない子どもだったということもあるんですけど。
ただ、おとなしい性格ゆえに父は不平や不満をためこんでしまって……。それがたまに大爆発してしまうときがある。
そうなるともう父の怒りが止まらなくて、大変な夫婦喧嘩になってしまう。
でも、母も負けていない。『なんでこんな人と結婚したんだろう』など、父の悪口をしょっちゅう言っていました」
僕自身は、父と母が仲がとりわけいいとも思わなかったですけど、
そこまで悪いとも思っていませんでした
ただ、家族の関係がうまくいっていないということはなかったという。
「先ほどの話だけだと、かなり殺伐とした家族関係、夫婦関係に思われるかもしれません。
でも、そんなことはなくて、そこまで家族関係はギスギスしていなかったです。
僕自身は、父と母が仲がとりわけいいとも思わなかったですけど、そこまで悪いとも思っていませんでした。
それで、二人が家族思いではなかったかというとそんなことはなくて。
たぶん共働きで寂しい思いをさせている負い目みたいのがあったからか、子どもにはかなり甘かったです。僕はずいぶんと甘やかされて育って、幼いころはかなりわがままし放題でした。
両親は僕には手を焼いたと思います。僕が何かしでかして、しょっちゅう、学校に呼び出されていましたから。
二人とも恥ずかしかったと思います。教育に携わる仕事をしているのに学校から呼び出しを受けるのは、ふつうに考えてそれだけはやめてほしいですよね。
いま考えると両親には悪いことをしたなと思います。
なので、家族関係は決して悪くなかったです。僕が上京して東京で仕事をするようになってからも実家には頻繁に帰省していましたし、まだ父が元気だったころは母とも一緒に温泉に行ったりもしていました」
母とのケンカはあんなもんじゃないです（笑）
作品の中では、たびたび村上監督と母の幸子さんの意見がぶつかってケンカになるところがある。
これはけっこうあることなのだろうか？
「母とは性格が似ているからか、なんかことあるごとにケンカといいますか口論になっちゃうんですね（苦笑）。
子どものころは一方的に怒られていましたけど、もう僕もいい歳の大人ですから、ついつい言い返してしまう。
裏話になりますけど、今回の作品に入っている僕と母のケンカはかわいいものなんですよ。僕からすると小さな衝突ぐらい。実は、もっと激しいケンカがこの期間に何度か起きました。
さすがに激しすぎてその様子の映像を使うのを控えたのかというと、そうではなくて……。
実は、あまりに頭にきすぎてカメラを回すのを忘れちゃったんですよ（笑）。つまり撮れていない。だから、ほんとうに僕と母が激しく意見が対立したところは入っていないんです。
いま考えると『なんでカメラを回さなかったのか』と、惜しいことをしたなと思っています。
でも、ケンカはしてますけど、仲は悪くない、関係はきわめて良好なのでご安心ください」
（※第六回に続く）
「あなたのおみとり」
製作・監督・撮影・編集：村上浩康
出演：村上壮、村上幸子
公式サイト https://www.omitori.com/
ポレポレ東中野にて公開中、以後、全国順次公開予定
筆者撮影以外の写真はすべて(C)EIGA no MURA
