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NHK朝ドラ『エール』 前代未聞の幕開けを読み解く

碓井広義メディア文化評論家
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

連続ドラマの第1話。制作陣にとって、それは一種の「闘争宣言」みたいなものです。

自分たちがこれからお見せするのは、一体どんなドラマなのか。どんな人物たちが、どんんな物語を展開するのか。それを視聴者の前に提示するわけです。

まずは第1話で、見る側に興味を持ってもらえないようでは辛い。先行きは暗いと言わざるを得ません。どんな連ドラの初回も、かなり力の入ったものになります。

とはいえ、NHK朝ドラです。パターンはそう多くありません。いわゆる編年体という形で主人公が生まれるところから始めたり、逆に現在の主人公の姿を先に見せてから、一気に過去へ、つまり時代をさかのぼってみたりします。

しかし、『エール』の初回は、あらゆる予想や想像を、完全に裏切ってくれました。

前代未聞の幕開け

放送開始と同時に、画面にはいきなり「紀元前1万年」の文字。

「え、紀元前1万年って何?」と思う間もなく、男が現れる。原始人らしい。でも、窪田正孝さんだけど。

男は川で魚を採ろうとするが、上手くいかない。そこに、同じく原始人の女がやってくる。もちろん二階堂ふみさんです。葉っぱのようなものを男に食べさせ、労をねぎらう。

ここでまた画面に文字。

「古来 音楽は人とともにあった」

続けて、

「以来 人は音楽を愛した」

すると突然、背後の火山が噴火します。吹き飛ばされた噴石があたりを襲う。

またも文字。

「ずっと音楽は人のそばにある」

川にも大きな噴石が落ちてきて、水しぶきが上がる。魚が宙を舞い、2人の足元に。

思わぬ収穫を喜ぶ2人。女は流木をドラムのように叩く。男は踊り出し、つい手にしていた魚を放り投げてしまう。魚は川へと戻ります。

西部劇、テニス、吉田拓郎・・・

画面が変わって、今度は西部劇風だ。棺の中に亡くなった妻(二階堂)。カウボーイハットの夫(窪田)が悲しみをこらえている。

初めてナレーションが入ります。

「ときに音楽は、人の悲しみに寄り添ってくれます」

おお、このナレーション、なかなかいい声です。でも、「津田健次郎」って誰? と思った人も多いでしょう。『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』、『妖怪ウオッチ!』、『テニスの王子様』などのアニメで知られる、実力派の声優さんです。

そして次の場面は、テニスコート。試合中らしい。女子選手(二階堂)がベンチで息を整えている。耳にはイヤホン。音楽で集中しようとしているのだ。

そこにナレーション。

「ときに音楽は、折れかけた心に力を与えてくれます」

うーん、確かに。

さらに画面が変わって、1970年代っぽい四畳半の部屋で、青年(窪田)が、カノジョ(二階堂)との2ショットの写真を焼いている。どうやら失恋したらしい。

流れている曲は、「ガラス窓にいっぱい並んだ雨だれの・・・」という歌詞。吉田拓郎さんの『ある雨の情景』です。懐かしい。

ナレーションは、

「ときに音楽は、現実逃避の手助けをしてくれます」

その通りです。

そして、またまた新たな場面。現代です。街をゆく若いカップル(窪田・二階堂)。2人はデート中です。

ナレーションが、

「ときに音楽は、人生を賭けた一大事に、力強い武器となってくれます」

武器ときたか。

いきなり青年が躍り出す。道行く人たちも、それに加わって群舞となります。って、『ラ・ラ・ランド』か(笑)。

ここで、久しぶりの文字表示。

「いろいろやってますが、音楽はすばらしい」

さらに、

「音楽が奏でる人生の物語です」

つまり、この朝ドラのことですよね。

青年は持参した指輪を取り出し、女性にプロポーズ。本人は「決まった!」という表情ですが、彼女の返事は・・・

「わたし、カレシいるんだけど。言わなかったっけ? ごめん、これからも、いいお友達で、ね」

ジャンジャン!

怒涛の3分間の意味

というわけで、約1万2000年という長い年月を背景とした、壮大な「オムニバス的ミュージカル風コント」でした。

確かに「いろいろやって」いましたが、ここまでに要した時間は、なんと3分! たったの3分間でも、これだけのことが出来るんですね。

では、制作陣がこの3分間で描こうとしたこと、伝えようとしたことは何か。

一つ、音楽はずっと昔から人間とつながっている。二つ、音楽は素晴らしいものである。そして三つ、これからお見せするのは、そんな「人と音楽をめぐる物語」である。以上。

基本的には「人と音楽の関係」を語っているのであり、一般論です。しかし、上記のことを大がかりな仕掛けで「宣言」する必要があった。

つまり、昭和39年の東京オリンピックの入場行進曲を作った古関裕而と、その妻・金子(きんこ)をモデルとした朝ドラを作るのは、今年の夏に行われるはずだった、令和の東京オリンピックに合わせたものではない。

また昨年の『いだてん』とも無関係で、あくまでも独立した「人と音楽をめぐる物語」であることを標榜したかったのでしょう。

それは、この後の初回の展開を見ると、よくわかります。話は昭和39年10月10日、東京オリンピック開会式当日の国立競技場へと飛ぶのです。

もしも、あの3分間のミュージカルショーがなかったとしたら、『いだてん』との連続性も含め、いきなり直球の「五輪物件」であるからです。ミュージカルショーは一種の緩衝材だったわけです。

いや、「五輪物件」だからどうだ、と言うのではありません。肝心なのは、面白いドラマかどうかですから。

そして、この朝ドラ、立ち上がりの2週間を見てきましたが、かなり期待できそうなのです。

(この項、続く)

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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