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「出生」「人種」米大統領選「ハリス旋風」を巡る偽誤情報の狙いとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「ハリス旋風」を巡る偽誤情報の狙いとは?(写真:ロイター/アフロ)

「ハリス旋風」を取り巻く偽誤情報が止まらない。

米大統領選のヤマ場での突然の交代劇で「候補」として登場したハリス副大統領は、支持と資金の獲得、そして世論調査でのリードと、緒戦の追い風を受ける。

一方、ネット上では陰謀論や偽誤情報も吹き荒れる。

陰謀論・偽誤情報には、「出生」「人種」など、ハリス氏への人種差別的な内容が目立つ。

ハリス氏の副大統領就任前から続く執拗な陰謀論・偽誤情報の背景とは――。

そこには、米大統領選の混沌とした展開が浮かび上がる。

●「出生」巡る陰謀論

カマラ・ハリスは合衆国憲法の "市民権条項"で大統領に適格性なしか?

バイデン大統領の大統領選撤退表明から43分後の7月21日午後2時29分(米国東部時間)、260万人超のフォロワーを持つ保守派のインフルエンサーがXに書き込んだ投稿は、430万回の表示数を獲得した。

同様の投稿はその後も続き、別のアカウントによる同日午後3時45分の投稿は表示数110万回。さらに別のアカウントによる午後4時40分の投稿は、表示数170万回に上っている。

これは、ハリス氏にまつわる代表的な陰謀論の一つだ。

この陰謀論は2020年8月、大統領だったトランプ氏が記者会見の場で口にしたことで、注目を集めた。

この時、トランプ氏は記者の質問に答える形で、民主党の副大統領候補に指名されたハリス氏について、「彼女は(副大統領の)要件を満たしていないと今日聞いた」と述べていた。

米国憲法修正第14条は、米国で出生したすべての人に市民権を認め、第2条では、米国市民以外は大統領職の資格なし、としている。

ハリス氏はカリフォルニア州オークランド生まれで、その出生証明書も明らかにされている。数々ファクトチェックでは、ハリス氏の大統領・副大統領の適格性には疑いがない、と結論づけている。

※参照:米大統領選で急浮上、「ハリス氏攻撃」の焦点とは?(07/22/2024 新聞紙学的

このような出生地を疑問視する陰謀論は「バーサリズム」と呼ばれてきた。当初、その標的はオバマ元大統領だった。

ハワイ生まれのオバマ氏について、「ケニア生まれ」と根拠なく述べ、大統領の適格性がないとの陰謀論を広めた中心人物が、トランプ氏だった

このような人種的アイデンティティを標的とした陰謀論が、なおハリス氏に向けられている。

人種差別的な陰謀論はこれにとどまらない。

●「黒人ではない」「DEI副大統領」との陰謀論

カマラ・ハリスは黒人ではない。彼女はインド系米国人だ。 民主党のDEI枠で黒人のふりをしている。

100万人超のフォロワーを持つ共和党員が、7月21日午後6時36分にXに書き込んだ投稿は260万回の表示数を集めた。

ハリス氏の父親はジャマイカ出身の黒人、母親はインド出身。ハリス氏は、黒人であり、南アジア系米国人であると自認しているという

ハリス氏の人種を巡る言説も、2020年当時から流布していたものだ。

「黒人ではない」との言説のバリエーションとして、両親との写真と称して、インド系の男女とハリス氏が映った写真も出回っている

この写真も同じく2020年から流布していたもので、映っているのはハリス氏の両親ではない

このほかに、「多様性・公平性・包摂性」を示す「DEI」を、ハリス氏への人種差別的な攻撃のキーワードとして使うケースもある。

共和党のティム・バーチェット下院議員は、ハリス氏を指して「DEI副大統領」とXに投稿している

ただ、このようなハリス氏への人種差別的な攻撃には、マイク・ジョンソン下院議長ら共和党指導者も難色を示しているという。

今回の大統領選では、特に非白人票の行方が大きな焦点と見られている。

トランプ氏は、大学を卒業していない白人有権者の強い支持を受ける。これに対して、ハリス氏は非白人有権者へのアピールが期待できる。

ハリス氏への人種差別的な攻撃は、共和党にとっても非白人票を遠ざける「悪手」と映っているようだ。

●急展開に追いつかない

大統領選を巡るこの数カ月の動きは、異例尽くしの、急展開続きだ。

トランプ氏が大統領選経験者としては初めて、「不倫口止め料支払い」に関して34件の罪状で有罪判決を受けたのが5月末。

トランプ氏、バイデン氏の初のテレビ討論会で、バイデン氏の言い間違いなどが相次ぎ、「バイデン降ろし」が一気に表面化したのが6月末。

2020年大統領選についてトランプ氏が「選挙結果の覆し圧力」をかけたとされる裁判で、最高裁による大統領の刑事責任の免責判断が出されたのが7月1日。

そして、トランプ氏への銃撃事件が起きたのが7月13日土曜日。共和党全国大会の大統領候補指名受諾で90分にわたる演説を行ったのが7月18日木曜日。

そして、バイデン氏が大統領選撤退と、ハリス氏支持を表明したのが7月21日日曜日。

ハリス氏への陰謀論、偽誤情報の攻撃は、この息もつかせぬ急展開続きに追いついていない、という一面もうかがわせる。

今回の選挙期間中、現実のニュースとの競争に精を出す外国の偽情報・情報工作担当者の身にもなってみてほしい。

グーグルの脅威分析グループのシニアディレクター、シェーン・ハントリー氏は、そんなジョークをXに投稿している。

実際に、国内外で広まる陰謀論、偽誤情報は、ほとんどが過去に流通したものの再利用に終始している。

「明日は明日の今日」などとハリス氏が無意味な内容を繰り返しているかのような改ざん動画が出回るが、これも2023年5月から何度もファクトチェックされてきたものだ。

「嘘つきカマラ・ハリスは触れるものすべてを破壊する!」。トランプ氏自身によるハリス氏攻撃も、おなじみの"トランプ節"にとどまる

●「検事対重罪犯」のミーム

ハリス氏からトランプ氏への攻撃の論点は、「検事対犯罪者」だ。

(検事として)私はあらゆる種類の加害者を相手にした。女性を虐待する略奪者、消費者から金をむしり取る詐欺師、自分の利益のためにルールを破るペテン師。だから、ドナルド・トランプのタイプを私は知っている。

ハリス氏は、バイデン氏の撤退表明から2日後の7月23日、激戦州ウィスコンシンでの初めての選挙集会で、聴衆にこう訴えたという

ハリス氏が掲げるポイントは、すでに「検事対重罪犯」というキーワードで、ネット上のミームとしても出回る。

ただ、「重罪犯」の強調には、異論もある。

刑務所出所者の社会復帰に取り組む「フロリダ権利回復連合(FRRC)」代表のデズモンド・ミード氏は、タイムへの寄稿で、「その(重罪犯という)レッテルはトランプ氏を傷つけるのではなく、重罪で有罪判決を受けた何百万人もの他の人々を傷つけるということだ」と指摘する。

●インパクトの後押し

ハリス氏は、バイデン氏撤退表明から36時間で1億ドル(約154億円)超の資金を調達したという

さらに、ロイターとイプソスがバイデン氏撤退表明後の7月22、23の両日に実施した世論調査では、ハリス氏の支持率は44%で、42%のトランプ氏をリード。誤差(3ポイント)の範囲内ながら、勢いを示した。

ハリス氏急浮上のインパクトは、これらの数字にも表れている。

20世紀以降で、現職の米大統領が大統領選を撤退した例は、3件しかない。

1952年のトルーマン元大統領、1968年のジョンソン元大統領、そして今回のバイデン大統領だ。20世紀中の2人の元大統領の撤退表明はいずれも3月末で、11月の投開票日まで200日以上あった。

今回のバイデン大統領の撤退表明(7月21日)は、すでに8月19日からの民主党全国大会まで1カ月を切り、11月5日の投開票日まで107日という、前代未聞の事態だ。

前代未聞の事態は、トランプ陣営にとっても対バイデン氏で展開してきた「高齢批判」戦略の転換を迫る。

ハリス氏への追い風は、バイデン氏撤退のインパクトとそれに伴うニュースの氾濫による"ご祝儀"のステージだ。

ハリス氏の100日選挙が、逆風と追い風の中で急速に動き出している。

(※2024年7月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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