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家庭で否定されがちなゲーム 出会いのきっかけに

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
若者や子どもたちとの接点を作ろうとゲームフェスを実施「筆者撮影」

自宅でゲームばっかりやっているんです

社会とのつながりが削がれ、社会的に安全な場が自宅や自室になった若者たちの一部には、明け方までゲームをして、お昼頃まで寝る。そしてまたゲームをする、あどという人たちがいます。実際にはそこまでゲームに没頭する若者ばかりではないが、家族からの相談では「自宅でゲームばかりやっているんです」という話はとてもよく出ます。

ゲームが楽しくてやり続ける若者もいれば、いまと未来を考えることが苦しく、ゲームやネットなど、そこに意識を集中することで、ネガティブな思考のループを止める防衛行為としてやっていることもあります。

成長過程にゲームがなかった世代だけでなく、テレビの前でひたすら無言でコントローラーを動かすことがゲームであった時代でイメージが留まってしまうと、誰とも話さないまま時間が過ぎるように思え、我が子の将来の不安にしかならないのかもしれません。

しかし、音声とチャット機能を使って他者とコミュニケーションを取りながら、ときに外国のひとたちとも「協働作業」をすることもあるいまのゲーム環境は、必ずしも過去のそれとは同じではないことも事実です。

入口の目的化

若者や子どもたちに就労機会や学習環境を提供する際、課題としてあげられるのが「アウトリーチ」です。取り組みの対象となっているひとたちに、自分たちの活動やプログラムをどう認知してもらうのか。実際に接点を作り、対面であれオンラインであれ、出会いの機会を作ることができるのか。

行政やNPOなどでもさまざまな活動が行われるなかで、効果的なアウトリーチの方法を模索する動きは常に課題となっています。

一方、若者や子どもたちのなかで、就労や学習の機会を求めている場合はともかく、いまはそこに関心がなければ、少し話を聞きに見学に行ってみようかとはなりません。しかし、これまでも働くことが目的になくても、その活動が本人にとっての居場所になったり、そこで出会うさまざまなひとたちとのつながりが大切なものとなったりすることで、どこかのタイミングで就労に動き出すということはよく見られます。

最近注目されている言葉が「入口の目的化」です。大きな目的が就労や学習であっても、まずは出会うための入口を目的として、さまざまな機会やイベントを作るものです。就労や学習の機会を求めていなくても「●●だったら行ってみたい」と思ってもらえるものは何か。そんな模索が続いています。

ゲームに可能性はあるか

2020年に入り、NPO法人育て上げネットには、ゲーミングマシンが4台導入されました。さまざまなゲームに十分対応できる環境を作ることで、若者や子どもたちとつながれないかという仮説に、資金を提供してくださる寄付者が現れました。

十分なゲーム環境の構築は寄付者の方々によって実現された「筆者撮影」
十分なゲーム環境の構築は寄付者の方々によって実現された「筆者撮影」

実際、自分の自室にあるパソコンなどでは動作環境が不十分というニーズに応えられたのか、これまで接点を持てなかった若者や子どもたちが少しずつ足を運んでくれるようになりました。

地域のひとや学校の先生が、社会との接点を失い、自宅でゲームをしている若者や子どもたちに声をかけ、一緒に来てくれることもありました。当初想定していた以上に、ゲームという切り口が、接点作りに効果を発揮する可能性が見えてきました。

残念ながら、すぐに新型コロナウィルス感染症拡大防止にともなう緊急事態宣言が出され、新たな取り組みはしばらくの間、動きを止めざるを得なくなりました。

2022年5月、育て上げネットでは、若者たちのために「夜のユースセンター」と称して、夜の時間帯に居場所を作りました。食事や生活用品なども準備をしていますが、大きな機能を果たしたのがゲーミングマシンや、各種家庭用テレビゲーム、ボードゲームなどでした。

参考: 「若者たちは、今夜も帰らない」(工藤啓)

ゆっくりひとりで過ごす若者がいる一方で、自然と好きなゲームが同じ若者同士がコントローラーを握り、少しずつ関係性が育まれるようになりました。そこには就労や学習のための機能はないながら、若者たちはそれぞれ友人に「これから」について話をしたり、職員に悩みを相談し始めました。

NPOがゲームフェスをやってみた

若者や子どもたちとの接点作りとゲームの可能性が見えるなか、本日(2022年12月10日)、アリーナ立川立飛において「SD Game Fest 2022」が開催されました。

さまざまなeスポーツやオンラインゲームを設置した会場にはたくさんの若者、子どもたちが足を運んだ「筆者撮影」
さまざまなeスポーツやオンラインゲームを設置した会場にはたくさんの若者、子どもたちが足を運んだ「筆者撮影」

コロナ禍でさまざまな機会を制限された子どもや若者に、eスポーツやオンラインゲームを通じて楽しむ機会・交流機会を創出することが目的です。

正直、どれくらいの若者や子どもたちが参加するのかまったく見えないなか、アリーナという大きな会場に、10名くらいの参加者かもしれませんでした。もちろん、それでも出会いの機会になるのであればという気持ちもありましたが、少なからず失敗に終わるのではないかという不安もありました。

広報については、若者や子どもたちを支援するNPO団体、立川市近隣の学校や関係機関に声をかけました。直接の声かけは難しいため、若いひとたちとつながりのある場所に情報を届けてもらえるようお願いをしました。

私はフェスがスタートして1時間ほど経った頃、会場に到着をしましたが、会場入り口には誰もおらず、駐輪場に自転車を止めて会場受付までの間、誰一人見かけない状況でした。

しかし、音楽が聞こえ、受付からアリーナをのぞくと、そこには多くの若者や子どもたちがおり、ブースにひとだかりができ、自分でゲームを持ってきた者同士が固まって盛り上がっています。

開始時間には多くの参加者が受付に列を作りました「筆者撮影」
開始時間には多くの参加者が受付に列を作りました「筆者撮影」

しばらくすると、バラバラと若者が向こう側からやってきます。十名ほどのグループも来ます。最終的に何名が参加されたのかは現時点では把握していませんが、少なくとも100名ほどはいたと思います。小学生から20代、30代と思われる若者まで、また、京都や大阪から来たという方もいました。

観客席にある大型スクリーンに映された格闘型ゲーム、その抽選にあたった若者や子どもたちが、壇上で対戦しています。普段は自宅でひとり、またはネットなどでつないで対戦しているのかもしれませんが、真横の席にはチームメンバー、少し離れたところに対戦相手がいます。

そして、100名を越えるひとたちが見守る(見ていないひともいます)場所でのゲームは、テクニカルな技には拍手、勝負の決着がつけばインタビューなど、日常では体験できない空間がそこにはありました。

誰もが好きなゲームを好きなだけやれる空間で、それぞれが楽しんでいたように思います。ゲームに限らず、スポーツや音楽、アートなど、「入口の目的化」のコンテンツは多様にあり、公的機関でも導入可能なものが多くあると思います。例えば、政府の『就職氷河期世代に関する行動指針2020』では、新たな就労機会としてゲームやeスポーツについての記載もあります。今後のアウトリーチの重層化に期待しています。

内閣官房『就職氷河期世代支援に関する行動計画2020』より「筆者作成」
内閣官房『就職氷河期世代支援に関する行動計画2020』より「筆者作成」

※会場の写真は個人情報の観点から掲載をしておりません

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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